一線を越えろ
敢えて通学の時間をズラして、自分の家から学校へ通った。
乗り慣れた電車、歩き慣れた道。
あの時のように竹刀袋は提げていないけれど、あの時のように一人で歩いた。
閉められた校門の前で一呼吸。
よく見知った人影があった。
白衣を着た細身の幽霊。メガネを直す仕草。
なぜいるのかは分からないけど、何故だろう。いると思っていた。
何かが起こる直前には、いつもこの科学者が居る。
「久しぶりだな、ドクトル」
「おや、意外に早いね」
堂々としてる、なんて言われてから、そういえば裏口からこっそり入った方がいい事に気付いた。
今更だし直す気もないけれど、いつまでもここで話しているわけにはいかないだろう。なんせドクトルのことは僕にしか見えていないのだから。
少しでも目を離せばたちどころに見失ってしまう幽霊。視界の隅に映ってくれるならまだマシだ。
「ユダから聞いたよ。やるんだって?」
「ああその通りだ」
腕を組んで、ドクトルが息を吐いた。
「ついに来たんだね。君みたいな渡ってきた人間に、一番人気のイベントが」
「なに?」
「助けるんでしょ?」
「いや」何を言ってるんだこいつは。「助けないよ」
「え?」
「助けない」
目を大きく開いたドクトルと目が合う。よほど意外だったのか、それとも。
例えどう思われようが、決めたことには関係ないが。
「恩を売ったりしないわけか」
「何も返さないか、仇で返すかのどちらかだろ? アイツらには何も期待してない」
そうだ、何も関係ない。崇められたいわけではないし感謝がほしいわけでもない。
神に逆らうなんて以ての外だ。
これはノアから与えられた、注目を集めるための行為。復讐を乗せて行ってもいいならこんなにいいことはない。
「殺すさ。生かしていても仕方ない」
「面白いね君は」
「そうか?」
「そうとも。普通はこんなこと思わないし考えもしない。どうすれば自分をよく見せられるのか、そんなことばかり考えるやつをたくさん見てきたから」
「虚像だ」
それは虚像だ。
嘘を吐いても仕方がない。もう自分を騙すのはやめたのだ。
助けて恩を売ってもいいかもな。そんなことを考えたこともあった。だけど、巡り巡ってまた自分が傷つくかもしれないことを思うと……今やるか、それが少し遅くなるかの違いでしかないと分かる。
結局答えは単純に出来ていて、僕は彼らを許せないままでいるのだ。
心の奥がチクリと痛んだ。
身内にはとことん甘いくせに、僕はそれを蔑ろにする人間は許せない。
記憶力も学力もない頭を満たすのはいつも苦々しい過去のことで、剣を振ることでなんとか振り払ってここまで来たんだ。
でも、もういいかなと思ってしまった。
時は来たのだ。
僕を止める者はもういない。この世のどこにもいないのだから。
「俺が今欲しいものは、あいつらの感情では賄えない」
感情じゃないんだ。まして金や、他の物質的な欲求でもない。
ただ過去にあった罪から目を背け、のうのうと生きてきたあいつらに、せめて命による報いを。
身体に力を漲らせ。
「じゃあドクトル、行ってくる。ユダによろしく」
僕は境界線を飛び越える。
◆ ◆ ◆ ◆
僕は強い。呪文のようにそう唱えた。
正しいことをするんだ。魔法の言葉。
強くなるんだ。
強く在るんだ。
強く。
ただ強く。
だからもう、過去を引きずって歩くのはやめにするんだ。
怖くない。
怖くなんて。怖くないんだ。だからこれは武者震いだ。
汗はこの蒸し暑さのせいで、視界が揺らぐのは単なる寝不足だ。
はっきりしない思考に頭を振った。
いつの頃か、一つの鋼のようでありたいと願った。靱やかで、厳かで、強かな鋼のようでありたいと。
鋼には心がなく、また考えもなく、ただ人を抜き身に写すだけ。
責任には責任を。罪には罪を。償いには償いを。
そして、身勝手には身勝手を。罰には罰で以て応えるのだ。
僕は剣だ。神の持つ一振りだ。
終わらせよう、あの日の後悔を。
今この場所で、命を以て償わせてやる。
それを見せる相手はもういないけれど。それにほんの少し虚しさを覚えたりもしたけれど。でも同時に、気が楽になるのも感じた。
妹は、櫛名はひょっとして、復讐なんて望んでいないかもしれないから。
櫛名、お前が僕を見たらなんて言うかな。きっと褒めてはくれないし、僕のこと叱るかもしれないな。
それでいいんだ。お前はそういう女で、だからこそ僕を愛してくれて、僕はお前を愛したのだから。
櫛名。僕のたった一人の妹よ。
もうどこにもいないというのなら、僕の思い出になってしまったというのなら。
お前が受けた穢れは、奴らの血で雪ぐ。
「前書き後書きを使って本編の補足をする」というダサい行為は極力したくないので、今後も作者本人はあまり喋らないと思います。
いつもご覧頂きありがとうございます。
04号 専用機は皆様のPVだけに支えられて書いてるわけではありませんが、それでも凄まじい燃料になっております。
これからもゆるりと投稿・更新していきますので、どうかお付き合いください。
以上04号 専用機の中の人、01号 試作機でした。




