号令
後ろ手に扉を閉めた。
モヤモヤとした感情を抱いたまま、高田さんを部屋に置いていく。
ミカエルがじろりと僕を見た。
「スサノオ、話終わったの?」
「ああ。協力は得られそうにない」
ふーん、そう。興味無さげに返したミカエルは、天井から吊るされた藤高を横目に背伸びした。
「じゃあさ、そろそろノア様に報告行かなきゃなんじゃない? 次の作戦決まったって言ってたし」
「分かってる」
簡素な部屋だ。藤高とミカエルと僕。それから幾つかの椅子以外は何も無い。
扉に背を預けながら、僕も藤高を睨んだ。それが気に食わなかったのか、相手も僕を睨み返す。
怖くはなかった。
「この子どうすんの。トビラまで送る?」
「いや……」そんなことをすれば高田さんが悲しむ。「……後で決める」
遅かれ早かれ、彼らの魂だって方舟に来るんだ。いつ殺すのかは大した問題ではない。
「処遇も含めてゼウスに頼るさ。俺の手に余る」
「知ってる。そういうの無能って言われるよ」
「構わんさ。実際、戦うこと以外興味ないんだから」
猿轡を噛まされた藤高は不満そうに息を漏らす。何か言っているようだが、呻き声にしかならず聞き取ることはできない。
「しばらく遊ぶ。ストレスだってあるからな」
数歩歩み寄る。
「こいつのことは前から気に食わん」
脈絡もなく、自分の拳を藤高の横っ面に叩き込んだ。
手が痛む。魔力で強化しておけばよかった。
「じゃあ行ってくる。くれぐれも壊すなよ」
反対側にあるドアから外へ。玉座を強くイメージして、一歩外へ踏み出した。
◆ ◆ ◆ ◆
方舟を歩く感覚にも随分慣れてしまった。大抵の場所に一息にたどり着けるようになってから、方舟にも明確な地理があるらしいことを知った。
今向かっているのは表層の玉座。そこにいるであろうノア様に謁見するために進んでいる。
中々着かないのはいつものことだ。ゼウスやミカエル、それからルシフェルにも聞いたことだが、玉座への道のりは縮めることが出来ないのだと言う。
少しだけ長く感じる道のりを、玉座をイメージして一心に歩く。空気がまとわりつくように重い。
隈の目立つ目を擦った。
最近余り眠れていない。決まって悪夢を見るからだ。
屍に追われる夢。
心底下らない。
鬱屈としたまま歩き続けると、目の前にぽつんと玉座が見えた。思わず駆け出す。どうしようもない不安と言うか、あの大きな存在に早く触れたかった。
「ノア様!」
「待ちかねたぞ、スサノオ」
「ただいま馳せ参じてございます! 確かにここに!」
玉座の前には数名の神官。相も変わらず冷たく僕を見つめる。
ノアは大きな本を閉じ、肘掛けに腕を置いた。
「こうして、ここに座るようになってもう数千年が経つ」
その口調は静かで厳かだ。
「終わりが近い。歴史は明確に、魔導石の場所を示した」
声はベールのように頭上を覆う。導くような力強い語りに、神官達も僕も、皆ノアへ視線を集めた。
「既に我が手中に在ると声高に叫んでも良いのだが、それは赤子のやることだ。我は確実な実物にこそ価値を感じる。イシは目を覚まし、静かに時を待ってくれておる。故に次は、我らが動く」
頬杖を突き、静かに僕らを見渡して。
黄金の目で、ゼウスを見つめた。
「ゼウス」
「おう」
「貴様の作戦は却下する。十年と少し前の失態を、我は忘れた訳ではないぞ」
「そうかい。好きにしてくれ」
「おや、存外に素直だな。貴様は未だ駄々っ子だと思っていたが」
「帰れっつぅならさっさと帰るぜ」
「そうは言わんよ。愛いやつめ」
口元に手を置いて、ノアは上品に笑った。
続いて、黄金の眸が僕を見た。
「スサノオ。此度の働きご苦労であった。魔導石の起動に魂を使うという妙案、成果を出したようで何よりだ」
「勿体なきお言葉です。ノア様のためならなんなり――」
「そこで、だ。君の冷酷な心を再び使おうと思うのだ」
薄らと、端正な顔立ちが微笑んだ。
「目をつけられると面倒だ。貴様には暴れてもらうぞ」
「どのように?」
「なんでも良い。軍、警察、法律。民。目という目を可能な限り集めてみせよ。貴様の持つ、その暴力でな」
お易い御用だ。期待を込めた眼差しに、自信をたっぷり込めて返す。
ノアは満足したように目を瞑り、今度は一転、ゆったりとした口調で語る。
「二千年だ………。……この時を二千年待ったのだ。石を揃え。器を移し……全てが整うのを、能動的に、二千年待った」
目を開けて、手を前に出し、虚空を指さす。
「どうかしくじってくれるな。成功を納めよ。兵は全てをくれてやる。何百、何千、何万でもな」
「意志のままに」
確かに答える。幾人かは膝を着き、何人かは軽く頭を下げ。それでも、答える声は同じだった。
「では往くが良い。決行は明日。段取りは決めてある。指揮は……そうだな。マステマ君に任せよう」
指名されたその神官は、手櫛で髪を乱して項垂れた。反論するかに思われたが、しかしすんなりと認めて「御意に」とだけ返す。
僕の記憶が確かなら、彼女は戦世を管轄していたはずだ。
別世界の――それも戦争に特化した世界の――神官を選ぶとは。どうやらノアは本気らしい。
ノアは満足気な笑みを見せ、手で僕らに散るよう促した。それから立ち上がり、階段を一歩降りると――
「相っ変わらず、お早い退散だぜェまったく」
――たちまち姿が見えなくなった。
全員が気の抜けた吐息を吐いて、緊張した姿勢を解いた。伸びをして欠伸をするものまで居る。
僕がそのまま去ろうとすると、いつの間にか後ろにいたゼウスが肩を掴んだ。
「よぅよぅ。部屋で茶でもしばこうや?」
茶は叩けないと思う。
◆ ◆ ◆ ◆
「そういえば、なんでいつもルシフェルは居ないんだ?」
「あー、アイツはノアの前にゃ立てねんだよ」
戸を閉めながら、ゼウスが言った。
パチリと音がして、部屋の明かりがつく。
「さて……お前、魚は好きかね?」




