最後の光
二刀を構え、呼吸を整え、魔力の揺らぎを抑える。
「お前に俺は倒せない。諦めろスサノオ」
だから大人しく。そう言いたいらしい。
「断る」
僕はずっと待っていた、この時を。この時をこそ。
やっと戻ってきたのだ。
もう怖くない。
何も怖くない。
震えもせず、恐れもせず、僕はルシフェルを前にしている。
あの日と同じくルシフェルは二刀。その魔力に揺らぎは見えない。僕は大きな傷を負い、そしてあの日と違って、ユダという大きな味方もいない。
あの日、あの時、あの場所で。
僕はルシフェルのことを知った。それは始め、敵に過ぎず、憎むべき存在に過ぎず。妬むことしかない相手だった。
幾度か相対するうちに、その気持ちは変わっていく。
今この時も。
憎しみは疑問へ。
疑問は答えへ。
答えは憧れへと。
僕がルシフェルに抱くのは憧れだ。
老いないことでなく。その強さではなく。
渇望に、願望に、それを感じる心に憧れた。
殺せなくとも構わない。
命など喜んで差し出そう。
ルシフェルにはそれだけの価値があり、僕は未だに空白で。
その渇望には、その命には、その覚悟には、埋めがたいほど大きな谷で隔たれていて。
そちら側の景色を知るには最早、橋を架けるか――飛び越えるしかない。
超えていこう、今この時に。
過去の自分を。
「ルシフェル。お前には負けない。今日こそ勝つ」
こちらも荒く、息を整え傷を治す。
傷を塞ぎ始めた瞬間に、ルシフェルの脚が地面を踏み砕いて、体を前へ加速させた。
治癒の瞬間を狙うか。
甘いな。
心臓で渦巻く魔力の回転を一気に引き上げ、魔力をたちまち全身へ巡らせる。両腕を切り落とすはずの二刀は空を斬り、刃が重なるのに合わせて刀を叩きつける。
崩した。
「ハッ!」
確信に刃が走る。
途端、地面に突き刺さった剣の片方が誘拐するように――元々は血液だったか――溶け、今度は盾を象った。
短い息。あるだけの力で盾に刀をぶつける。
厄介な。
血液に形を与える能力か。これほどに使い勝手がいいとは。
剣から盾へ。与えられる形状は一度に一つでは無い。
血液に戻せば形状はリセット可能、攻守一体の能力。
それに加え、赤いオーラに剣術と体術。
勝ちの目など、後から探せばいいのだが。
盾ごと相手を押さえつけながら、僕は言う。
「分かってたんだ。お前が強いことは」
僕より強いことを、僕は最初から知っていたと。
「だからこそ、分からなかった。なぜ胸を張って家に戻ってこないのか。なぜ家族を殺したのか。なぜ俺の魂を付け狙うのか」
分からないことだらけで。ルシフェルは何も話してはくれなくて。僕は自分で考えなくてはならなくて。
そして、一つの答えにたどり着いた。
「なぁルシフェル、お前はもう…………この方舟で、家族を得たんじゃないか?」
ルシフェルにとって、家族はここに居る。
ミカエルがそうだ。
ゼウスがそうだ。
そして、僕もまた、そうだ。
家族はすでにここに居る。ルシフェルはそれに気付いていて――
「やっぱり……お前、勘違いしてるよ」
――聞こえたのは、冷たい声。
「NSとは家族になれないんだ。あいつらは家族というものを知らない。必要ともしない。だから……だから、NSは、家族を求めないし、家族の形を理解していないんだ」
それはつまり、ルシフェルの理想だ。それは僕の手にあり、僕の理想はやはり、ここにある。
「信じられるか? この方舟で俺だけが! 俺だけが理解してる! 俺だけが欲してる! 家族という繋がりを! 一人で立てないと! ずっと歩き続けてやっと! やっと気付いたんだ。その頃には、もう……」
全てが手遅れだったと、ルシフェルは言う。
盾は溶け、血はルシフェルの剣を覆い、その刃を巨大な物へと変えていく。
「嘘をつけば、それで良かったんだ。そんなこと分かってるんだよ……! わかり切ってる! だけど、出来ないんだ……どうしても、できない。あの人たちの前で、俺は嘘をつきたくなかったんだ」
殺すしかなかった。真実の全てを受け入れてくれるはずがなかった。だからこれしかなかった。
心に感じるのは後悔だ。自分の行いを、ルシフェルは誰よりも悔いている。
「本当は、胸を張ってこの姿を見せたかった……! あんたの息子は生きてるって。ここにこうして立ってるって……! でも、どうしてそんなことが出来る? 俺は人殺しで……戦場にしか居場所がなくて……!!」
その言葉の一つ一つ。
どれだけ零しても、決して消えない後悔だ。
「出来ないよ…………お前達は余りに……本物は余りに、眩しすぎるから」
一瞬、その顔が皮肉に笑った。
口角を吊り上げ、眉は苦しげに曲がり。
笑うしかない表情を、強すぎる感情が食い潰そうとしている。
「だから、決めたんだ。その光をかき消そうって」
魔力が一転。
真っ赤なオーラへと裏返る。
「お前が最後の一筋だ」
ふわり、と――あまりにも軽く、ルシフェルが距離を潰した。
然して、その踏み込みは重く。
振りかざされる超速の剣もまた、重い。
「せめてもの、赤く染まって死んでいけ」




