瞑想
「私の部屋ってこんなに広かったんだ」
「そりゃあ、人が暮らせるスペースはあるだろ」
片付け初めて概ね一時間。
洗濯機が無いとは恐れ入った。こいつはどうやって服を洗っているのだろう。
「スサノオはいいお婿さんになるね」
「婿入りの予定はない」
下着を散乱させているのはどうかと思ったが、言わないでおこう。
どうやら方舟には虫の類はいないようで、問題になったのは積もりに積もった埃だけだった。そのおかげか、なんとか一時間で終わったのだが。
「さて、と」
「あっお前」
「なに?」
「いきなりペットボトルを捨てるな!」
「えーだってゴミ箱遠いんだもん。拾っといてよ」
「この……」袋にボトルをしまう。「もう少し意識をだな……」
今から神官を目指そうというのにこれか。気を付けないとこき使われるのが目に見えている。
「これからどうするんだ?」
「んーそうねぇ」
何度かクリックし。
「うわ、本当に接続切られてる……もういいや、私ちょっと寝るから」
「な――」何もしないというのか。「具体的な案はないのか」
椅子から立ち上がって、ミカエルがこちらを振り向いた。
「焦ったって仕方ないよ。ルシフェルは用心深い子だもん。まずはスサノオが回復しないと」
言って、スカーフを外して上を――
「脱ぐなよもう! もう! 向こう見ておくから!」
「そこらへんにあるもの適当に食べていいよ」
背を向けると、欠伸をするのが聞こえた。余程眠いのか。しかし僕の前で突然脱ぎ出すのはどうかと思うのだが。
「別に見てもいいけど。減るもんじゃないし。私二百年も生きてるんだよ?」
体は十八の女だろうが。
「シャイだなぁ」
こういうことに不慣れというのは本当だ。女性とまともに話した経験は少ない。ほとんどが妹との会話だったことも相まって、僕はどちらかと言うと女性を苦手に思うきらいがある。
「スサノオもしっかり休んで。いざって時に動けないのは困るでしょう」
言うことはもっともだが、ベッドは既にミカエルが占拠している。今しがた掃除したばかりの床に横たわる気にもなれない。
仕方がないから、冷蔵庫を漁る。
「………………菓子ばっかりだ」
生前では口にしたこともないような菓子が溢れている。部屋のどこを探しても、まともに食料と呼べるものがない。
適当に食べていいよとは言われたが、これでは。
部屋が半端に狭いせいで素振りもできない。
ミカエルが、修練とは程遠い環境で生きているのが見えた気がした。
僕も大人しくしているしかないか。
大きく息を吐いて、床で座禅を組む。
久しくゆっくりと瞑想をしていなかったことを思い出したのだ。
目を閉じて呼吸を沈める。
聞こえるのは、自分の鼓動と呼吸。それから……ミカエルの寝息。寝るのが早いな。
意識が暗闇に同調していく。矢継ぎ早に浮かんでくる映像を砕いていくイメージ。
やがて、頭の中が静かになり。
暗闇が晴れていく。
景色を見た。
よく知る景色を。
それが方舟の空だった。
僕はこの光景を、ずっと昔から知っていたのだ。
あの日……そう、何年も前のあの日から。瞑想の度、僕はこの方舟を見ていた。
今思えば、単に、ルシフェルと繋がるための手段が瞑想だったのだろう。
あいつは目を閉じるだけで。
僕は深く瞑想に入り込むことで。
互いに繋がることが出来るのだと、今になって思い知る。
僕は瞑想するのが好きだった。
だって、方舟の空が見えるから。あの時はまだ、これがルシフェルの目を通した景色だとは知らなかった。だからこそ心置き無くこの空を見ることが出来たのだ
繋がれるのはおそらく、どちらかが方舟にいる時だけ。
夢にも見たし、なんども空に思いを馳せた。この空が、故郷の空だったらどんなにいいだろうと幾度も――。
だけど今は違う。
明確な目的を持って、今なら繋がれる。
さぁ、僕に見せてくれ。お前が今、どこで何をしているのかを。
◆◆◆◆
……。
………………。
………………確認が必要だ。
装置は無事かどうか。
万が一にも、取り返されたら全てが終わる。ドクトルがここに姿を現すことはないにしても、あのユダとか言うNS……あいつが厄介だ。
どこにも属していないというのが拍車を掛けている。
あれほどの腕を持っていて、しかも頭のキレもある。もしも誰かに、ユダが見つかったら?
神官を勧められるのは目に見えている。そしておそらく奴は乗るだろう。
そうなれば不利になるのは自分だ。企みがバレれば立場を追われ、方舟にいられなくなる。
そうなれば、ここで積み上げてきた全てが台無しになってしまう。
ようやく手に入れた仲間も、安寧もだ。
避けねばならない。守護を固め、悟られないように。
盗んだ装置に触れる。
そこには、自分が殺めた三つの命……その魂が収められていた。
後一歩だ。
誰にも邪魔はさせない。
スサノオの命と、もう一つ。
逃したのならそれを利用するまで。
誰の元に飛んだのか……検討は着いている。
きっと向かって来るだろう。
もう一度、いや今度こそ、俺を殺すために。
手を打たなければ。
止まるな。動け。出来うる限り考えず。
今は仕留めることだけを。確実に仕留めることだけを。
そしてこの、玉座の裏に隠した装置を、守りきることを。
画策し、行動しなければ。
◆◆◆◆
……。
…………。
見えた。
「なるほど……」
巨大な椅子の裏側か。
誰も座っていない、玉座の裏側。
そこに、ドクトルから盗んだものがある。
まさかわざわざ確認しに戻るとは思っていなかったが、思わぬ収穫だ。
「そこに、目的のものがある……」
これでドクトルに――ガサガサッ――借りが返せる――バリ……ムシャ……――というもの――ガサッ――
「何独り言してるの?」
「……ベッドの上で菓子を食べるな」
「一時間くらいそうしてたけど、何か分かるの?」
「は?」一時間も?「そんなに……」
「うん。目をつぶってからだいたい一時間。暇だから適当に食べてた」
「それで、仮眠は足りたのか?」
「まぁね。そんなに疲れてるわけでもなかったし」
「……食べるのはやめないんだな」
「お腹は空いてるの」
振り返ると、そこには広げられた包み紙。菓子はほとんどなくなったようだ。
「黒糖好きなのか?」
「まぁまぁ。あまーいし。すぐ飽きるんだけどね」
最後の一欠片を口に放り込み、咀嚼する。
「で? どうするか決まったわけ?」
「ああ」その点は問題ない。「玉座に向かう」
「…………なんで?」
「なんでも何も。あいつは今そこにいる。繋がっていたから確かな情報だ」
「え、本当に行くわけ?」
「だから、そう言ったろう」
「えー……」
「嫌なのか?」
「嫌ですけど。すごく嫌ですけど」
「なぜ」
「いや……あのね……ちょっとね……こないだ会議サボったからさ……」
「……?」
会話が噛み合っていない。
何かを勘違いしているようだ。ここは、手に入れた情報を共有していこう。
「玉座には誰もいなかったぞ」
「ホントォ!? じゃあ行く! ササーっと済ませよ!」
「決まりだな。さっさと服を着ろ」
「了解!」




