ひとりでできるもん
目を閉じて、魔力を確かめる。
「まだ終わってない」まだ何も。始まってすらいない。「まだ進むとも」
循環させて、ゆっくりと治癒を始める。
体を起こして、ゼウスを見つめた。
「俺を見逃せ」
「交渉になってねェな」
「……ルシフェルは何か企んでる。そのために必要なのは俺の魂」
交渉か。いいだろう。
僕の存在が材料になるならば、この命、喜んで売ってやる。
「お前も勘付いているはずだ。その全容を探る手駒が要るだろう?」
「まだ甘いなァ。んなもん、こっちから何人か派遣すりゃあ済む話だ」
少し考える。
……無駄だな。話し合いは苦手だ。
「なら、俺は勝手に動くよ」
「決裂ってことでいいか?」
ゼウスの纏う空気がにわかに歪む。
「ああ。次会う時は必ず土産を用意する。だから――」
裏拳か。一度見た技とはありがたい。
躱してベッドから降りる。
ついでに剥いだシーツを投げ付けて目眩し。
近くに立て掛けられていた刀をひったくり。
「世話になった」
「オレじゃあねェよ。礼ならミカエルに」
シーツを取り払って。
「すぐに追手をかけてやる。覚悟しておくんだな」
痛む体を引き摺りながらドアから外に出た。
広い施設のような風景。長い廊下。どうやらまだ方舟に出てはいないらしい。
身体中が軋む。
回復を徐々に進める。
どのくらい寝ていたのかは分からない。ドクトルなら完璧に治してくれただろうかと思うが、頭を振って。
彼にはもう頼れないのだと独り言ちる。
一人で歩いてゆかねば。
一人で。
一人で……どこに行けばいいんだろう。
身を寄せる場所はもう、ない。逃げ出しても、次はどこにも行けない。
次はもうない。ルシフェルが退かない限り、僕は。
知ったことか。
暴いてやる。
奴の化けの皮を。
全て引き剥がしてやる。
荒い息をしながら、壁伝いに歩く。走れない。
遠くへ。もっと……遠くへ。
ふらつきながら、なんとか方舟へ出た。
そして、ゼウスの言葉をそこに見る。
「すぐさま追手をかける……か」
あまりにも、行動が早すぎる。
「通してもらうぞミカエル」
「いや、あんまり説得力ないんですけど」
ドアを潜った先にはミカエルが立っていた。
戦えるかどうかすら不安だ。
だが……とにかく。
追手がかかるなら払うまで。
「なぁーんで構えるかな!? ちょっとさぁ……話し合おうって気持ちはさぁ……」
いつになく歯切れが悪い。
言いたくないことでもあるのだろうが、今は構っているほど余裕が無い。
「あーあ! もうっなんでそうなるわけ? 本当にさぁ…………はぁ、そもそも君を運んだのは誰だと思ってるの? そういうところ気にならないわけ?」
気にならないな。
どうでもいいし、聞いて恩を着せられるのもゴメンだ。
「だからさぁ! 魔力解きなよ! 今は回復しないと不味いでしょうが……全く……」
「そういうお前は盾を下ろせ」
「…………そういえばそうだ」
言ってから、盾の裏側をまさぐる。
戦う気満々じゃないか、剣を出される前に――
「ほら。食べなよ。パンで良ければ」
「いただこう、パンは好きだ」
「意外。おにぎりじゃないとごねると思ってた」
「白米は飽きた」
魔力を解いて歩み寄る。
しまったこれが罠だったら――盾を下ろしているな、良し。
「殺す気ではないと?」
「誰も言ってないじゃん。君をわざわざ医務室まで運んであげたのに、わざわざここで殺す?」
カレーパンか、なお良しだ。
ミカエルの盾はどうなっているんだろう。
「もっともだ。そういうことは早く言え」
「聞かなかったのは誰なのさ」
袋を開けてパンを頬張る。良く知るパッケージだ、どうにかし政世で手に入れたのだろうか。
「まぁ、いいかな……今から説明するし」
言って、ミカエルがセーラー服のポケットをまさぐる。
鍵だ。金属の輪で幾つかを纏めてある。
「これは初めに言っておくけど、私はスサノオを殺そうとは思ってないよ」
「どういう心の移り変わりだ?」
「認めたの。君を殺すことは出来ないって」
盾に鍵を当てて、どこかへと収納する。いよいよ武装が無くなった。
「認めた、とは?」
「――あれはさ。いい攻撃だったよ」
目を逸らしてそういいながら、軽く頬を掻く。
「今度からはもっと優しくしてよね」
あの攻撃。……カットバシのことを言っているのか。
「仕方ないだろう。あの時は必死だった」
ルシフェルから逃げ延びて、なんとかドクトルの元へ戻る必要に駆られていた。
「本当は盾だけ飛ばすつもりで打ったんだ」
「少ない魔力でよくやるよね」
袋を畳む。
「ああ……」本当に、良くやったと思う。「中々だろう?」
少ない魔力。それは事実なのだろう。幾度もの戦いを通して痛感する。
ミカエルと戦った時もルシフェルと戦った時も。先に魔力を切らしたのは僕の方だ。
なんとか魔力量を増やすことが出来れば。
「人間って不便だね。魔力に底があるんだから」
「…………待て」聞いてないぞそんな話は。「NSにはないのか?」
「? 無いよ?」
呆気に取られた。
ドクトルめ……いつも肝心なことを話さない。
一番大事なことだろう。NSの魔力には限界がない。それでは持久戦にもつれ込むだけで不利になる。
膂力の強化に肉体の治癒。人間はそれらを限りある回数で扱わねばならないのに対して、NSにはそれがないのだ。
道理で。あの時ルシフェルが、足首を吹き飛ばしたのにも合点が行く。
いつでもすぐさま治せるのだ。
「待て」なら、どうしてもっと強化を施さない?「分からないことがあるぞ」
「ああ……えっとね」
ミカエルが僕の目を真っ直ぐに見つめる。
「なるほど。強化のことが気になるんだね?」
人と話した経験値の差か。目を見るだけで言いたいことが分かるとは。
「いくら底がないって言っても、持てる量には限りがあるよ? チャージが人間に比べて凄く短いってだけ」
「そういうことか……」
聞いたところで、先行きが暗くなるだけだ。
追々考えねばならない話だが、今はまだ、考えずにいよう。
「さてと、それじゃ……まずは私の目的かな」
纏められた鍵の中から、一本だけを選び。
「立ち話もなんだし、私の部屋に来ない?」
ミカエルはどうやら、新しい拠点を与えるつもりらしかった。




