僕はドクトルだ
「ルシフェルが?」
「そうとも」と、ドクトルが言い。「彼は黒い服を着てたろう?」
ずっとそう言ってるじゃないか。
「彼のいる国……帝国は、普通は白い軍服を使うんだよ。なんたって雪国だ……白の方が都合いいことが多くてね」
「なのに、黒」
「そう。特殊部隊は全員黒」
特殊暗殺部隊所属。
彼はたしかに言っていた。
「目立つんだよね。昼間の戦場だと特に。だから滅多に表には出てこない」
暗殺部隊。夜に乗じて暗躍する。それがやつの本職なのだろうか。
「でも、彼一人が出てしまえば戦局が変わる。ガラリと変わるんだ。たった一人で変えてしまう。だから、彼には渾名が付いた」
「……帝国の武神」
ぽつりと呟く。
何か引っかかる。
僕がアイツの前に立った時、恐怖があった。確かに、明確な恐怖があった。
だけどそれだけではない。
どこか懐かしかった。
まるで、ずっと前から知っているかのような。
あの焦燥と恐怖が、何処か何故か、懐かしかったのだ。
「しかし、ルシフェルがねぇ」興味が失せたと言いたげに。「アイツ、まだ諦めてなかったんだ」
「何を?」
「色々さ。色々。方舟長しと言えど、彼にとっての十数年は長かったろうしね」
また濁すつもりだ。話してはくれないだろう。
つまり、自分で探すしかない。
こればかりは、力を借りたかったのだが。
ドクトルが顎を撫ぜる。
「しっかしまぁ。いいや。んじゃ、利用させてもらおう」
ドクトルは立ち上がって、「方向は決まりだね」数歩、歩き。「進捗五割か」そして、続き、機械の箱を撫でた。「思ったよりも上々だ、うん」
コンピュータが起動するような音。
「悪くない」
珈琲を半分ほど飲んでから、今度も僕から切り出すことにした。
「…………聞きたいことがたくさんある」
「いいよ。今回は話してあげる」
あっさりと許可が出た。
ならば、まずは……そうだな。
「俺の刀に何をしたんだ」
そこから始めよう。
「魔力を通した時、刀の中を見た。……気がしたんだ」
あれはなんだったのか。それは答えてもらわねば。
「ああ、あれか」
ドクトルはなおも機械の箱に触れながら。
「あれはね……魔力の記憶、及び貯蔵を行う空間」
「なんでそんなものを」
「何かと要り用かと思ってね。これから方舟で生きていくには、あった方が便利だって」
納得がいかない。
「ちゃんと言っておいてくれ。これは俺の生命線だ。不調があってはたまらんぞ」
「悪かった。何も聞かずに出てこうとするもんだから」
それを言われると弱い。
「使い方はそのうち分かるよ。期待してくれていい」
「自信があるのか?」
「僕は科学者だ。発明品には誇りを持ってる」
改造品の間違いでは?
「そういうことなら、いいんだ」
「おや? 食ってかかると思ったのに」
「実際何も支障はなかった。差し引き無しだろう」
「いい子だ」
「Good boy」
「ユダ、俺は英語出来ないんだ」
ここでは共通言語で話せ。
「さて。……他には?」
「神官は何人いる?」
「一つの世界につき四人。そこに大神官をプラスだから……関わるとして、十人と少しかな」
「そんなにいるのか?」というか僕の世界にもいるのか!?「知らなかったぞそんなの……」
「隠されてるしねぇ。でもま、基本的に、世界のお偉いさんは皆神官だと思っといていいよ」
意外な事実だ。そんな相手と関わる機会は無かったが、これから会うことになるかもしれない。
日本の総理がNSか。
「次だ。ルシフェルについて訊きたい」
まぁ、誰が人間かそうでないかなど、些細なことだ。会ったとしても関わらないだろうから。
だから、今は興味のあることを聞こう。
「奴の獲物。銀剣には魔力を打ち消す力があると言ってた。本当か?」
「それは本当。神官は、銀製の小物を持ってるやつが多いね」
厄介なことだ。
これでは魔力を身に付けてもあまり意味が無い。攻撃のその瞬間に有効なカウンターを持っているとは予想していなかった。
「ルシフェルの能力について……知っていることはあるか?」
「それは、さてね。詳しくは把握してない。ただ、血液にまつわる能力だとは聞いたことあるよ」
血液か。
傷付くほどに強くなる、ということか。だとしたら、攻撃を避ける理由がまず無いが。
目に付いたのは奴の防御。どんな攻撃が来ても落ち着いて対処出来ていたように見える。
経験の賜物か。それとも、防御を磨く理由があったのか。
いずれにせよ、勝負を長引かせるのは得策ではなさそうだ。
「…………ルシフェルの、出自については?」
「ルシフェルのことばっかだね今日は」
「それは、まぁ、そうだろ。やっと尻尾を掴んだんだぞ」逃す理由がない。「このまま追い付くつもりでいる」
ドクトルは「おお」と言って破顔した。
「不可能だ」
そう返したのはユダだ。
「何が不可能だと?」
「ルシフェルには追い付けませんよ。貴方こそ、彼を甘く見ている」
「そんなことはない」
「果たしてそうでしょうか? 彼を前にほとんど動けなかったのに?」
「それは……これからだ」
「そろそろ学んでいただきたい。戦うべきでない相手もいます」
やたらと突っかかる。何か気に食わないことがあるのか。
「そうやって戦いから逃げても強くはなれない」
「それしか頭にないのですか?」
「…………悪いか?」
「強くなって、その先は? 貴方はその強さで何をしたいのです?」
強さの果て、か。
特に興味はない。
まだ果てなど見たことが無い。あのルシフェルにしてもそうだ。強さの極地などきっと存在しない。本人が諦めなければ、きっと人間もNSも、どこまでだって強くなれるはずだ。
「ただ強くなる。今はそれだけしか考えてない」
「命を捨てることになっても?」
「遥かな強者に全てをぶつけられるなら本望だ」
「何も見えていない。本当に、何も……」
「おい」はっきりと言えばいい。「気に入らないなら、そう言え」
僕の言葉に、ユダが肩を震わせる。
ドクトルを一瞥して、彼が両手を広げたのを見ると、ユダは大きくため息をついた。
「あなたの事が気に入りません」
ユダはゆっくりと話し始めた。




