反省してまぁす
「馬鹿ですか貴方は!!」
「うるさいな……反省してまぁす」
「この……! なんですその態度は! こっちは結構心配したんですからね!」
「死体で見つかるとでも思ったのかお前は。俺を甘く見すぎかお前は」
「ついさっき魔力を覚えたばかりでしょうが!」
脱衣場にて、僕はユダから説教を食らっていた。
僕は無事ドクトルの拠点に戻れた。方舟をさ迷っていると、突然目の前にトビラのようなものが出現して、そこからユダが現れたのだ。
血相を変えて、とはまさにああいうのを指すんだろう。両親にもあれほど心配されたことなど滅多になかったから、僕は内心少し嬉しかった。……というのは秘密にしておこう。
「全く……貴方といると命が幾つあっても足りない! 私の方も危ない場面はあったんですからね!?」
「お前はお前で切り抜けただろうが。それで手打ちにしておけよ」
「結果論で話さないでいただきたい!」
中々終わらないな、などと思いながら、僕は一向に痺れる気配のない足をさする。
するとユダの方は、どうやら長く叱りすぎたと思ったらしい。急に怒りの矛を収めて目を逸らした。
「……もう良いです。生きていましたからね。これで晴れて報告できるというもの」
ドクトルが僕の命に興味を持つとは思えないが。
それに、僕達を脱衣所に追い出したのはドクトルだ。なんでも騒がしいのは好きじゃないらしい。
報告の前に説教を済ませてこいとは、それを食らう僕の身にもなって欲しいものだ。
「終わりでいいか?」
「ああ……はい。これ以上言っても仕方ありません」
よし、ならさっさと戻って外に出よう。いつまでも屋内にいるのは退屈極まる。
「さっさと済ませるぞ。まだ何も始まってないんだ」
「痺れていたのでは?」
「慣れてるんだ。何時間だって正座でいられる」
ユダがため息をついた。
「叱られ慣れてますね……」
そんなことはないと思う。
確かに、父さんから説教されることは多かったが。
「貴方はもっと真面目な方だと思っていた」
「真面目だろ」少なくとも、戦うことに関しては。
廊下を歩く。
扉越しに豆を挽く香りがした。
ドクトルめ、段々と珈琲の淹れ方が様になってきているな。
「終わったぞ」
「オッケー。じゃあ座って待ってて」
「私は――」
「懸垂用の器械用意しといたから使っていいよ」
「有り難き幸せ」
さて、今のうちに考えを整理しておこう。
まず、聞きたいことを。
一つ目はやはりルシフェルのことだ。深層に潜れる者はほとんどいないと聞いた、ならば奴は多少なりとも特殊なNSということになる。「いっ……かいめぇえ!」気になるのは奴の出自。それから能力の「に……かいめぇ!」詳細。獲物は「さんかい……めぇえ!」この目で見たわけだから、あとは戦い方がどうかという「四回、めぇ!」
「俺もやっていいか?」
「謹め筋肉の民ども。ここを汗臭くしようって言うのかい」
呆れたように言って、豆を別の器械に入れる。
その手を見た。
魔力が集まっている。
空間が歪に見えるほど。
手の向こう側が少し、近い。まるで、掌に分厚いレンズが出来たかのような。
いったい、そこで何が起こっていると言うのだろう。
「あんまり見られると恥ずかしいな」
ドクトルの言葉にハッとして、注視するのを思わず止めた。
その姿が薄く見える。目に力を込めると、その姿はさらに――「魔力を見ようとしちゃダメだよ」
「なに?」
「そのやり方じゃ、僕は見えない。目をあわせて」
消えかかっていた姿に慌てて目を合わす。
姿がくっきりと浮かび上がった。
「大丈夫?」
「あ……ああ」
不思議な男。
ドクトルは本当に、謎に包まれている。
「その様子だと、しっかり魔力を覚えみたいだ」熱湯が器械に注がれた。「何より。たったの数時間でねぇ……」
湯気が立つ。
もうすぐ珈琲が入る。
今日はどのくらい、美味い珈琲が出てくるのだろう。
「十回目ぇえ」
「ユダ。そろそろ始めるよ」
汗の匂いが混じっている気がする。
机には、珈琲カップが置かれていた。
「飲みながらでいいよ。まずはユダから」
ドクトルは空いた椅子に腰掛けて指を組んだ。
今日は、機械の箱に興味が無いようだった。
「……ふぅ。では、私から。何から話しましょうか?」
「進捗かな。どこまで分かったの」
脱いだらしいシャツに袖を通しながら「半分です」とユダは答える。
「魔力の基礎は何とか履修済み、という段階まで。スサノオの能力、その有無はまだ不明と言うところです」
「サトリは能力じゃない、と?」
「ええ」僕に目配せし。「何度か、不可解な避け方を見た。その瞬間に魔力の変動は無し……となれば」
メガネを拭いて。
「単純な――と言って良いものですかね。技術によるものと見て良いでしょう」
「オーライ、その報告はそこまで」
銀淵のメガネが掛けられた。
「では、次は?」
「…………。……犯人は?」
ユダが大きくため息をつく。
「それはあまり、良くない報せになりますが。それでも?」
ズレたメガネを治す。
そういえばメガネ率が高いなここ。
「もちろん」ドクトルがゆっくりうなずき。「その為に派遣したんだぞ君ら」
僕は珈琲を啜る。
ユダは困った様に僕を見た。
肩をすくめる。何を躊躇するのか分からない。
「……捕らえることは叶いませんでした。と言うより、捕らえることは難しいでしょう」
まず、結果から話し出す。
「遭遇したのは方舟の深層。この時点で、相手を引きずり出すのは簡単だと思っていましたしかし――」
しゃらくさいな。
「そいつは、深層を塒にする男だった」
僕から話そう。
「黒尽くめの男。俺の追っている相手。……それが盗難の犯人だ」
「なぜ深層が塒だと?」
「……」考えていなかった。「勘」
その勘は概ね正しいらしかった。ドクトルは納得したように数度頷き、言葉を紡ぐ。
「なるほど、彼か。厄介なのに絡まれたな」
「なぁ」蚊帳の外はいい加減嫌だ。「お前も知ってるのか?」
ドクトルはちょっと意外そうな顔をして。
「もちろんだとも。彼は結構有名人だ」




