堅靱
手が痺れる。
腕にばかり集中していては、やはり受け切ることは出来ないようだ。
治す必要は無いな。
左手に持ち替える。
また腕一本か。なんだかこればかりだな。
痺れが消えるまでそう時間はかからないだろう。だがしかし――
「今度こそ殺しちゃうから!」
――それを待つような相手ではない。
攻撃を流す。カウンター主体でなくとも取れる命と判断されたか。
連撃をかわす。段々と、その速さにも慣れてきた。
要は三秒前から視ていればいいのだ。
「あったらないなぁもう」
「残念だ、ここからはまた持久戦といこう」
顔をしかめる。その表情は初めて見た。
「私さ、あの後すっごい怒られたんだよね……だからちょっと」
「なんだ、恨めしいか?」
「分かってるなら来ないでよ」
盾で体が隠された。
こうなればこっちのもの。あの斬撃が飛ばない限りは。
落ち着いて深呼吸する。
息が静まっていく。
右手を握ってみた。
両の手で構える。
今回は勝てると言い聞かせ。
「じゃあ俺からも一つ。実は怒ってることがあるんだ」
「なに」
何もクソもあるか。
「ルシフェルと言う神官を知ってるだろう」
「ああ……あの子ね。むしろ知らなかったんだ」
「なんだと?」
「てっきり関係者かと思ってたよ」
よく分からないな。関係者と言えばそうなのだろうが。
「へぇ、ふーん。なーるほど。そういうことか」
「おい」ユダもお前も皆して。「どういうことか説明しろ」
「そのうち分かるよ」ミカエルがニンマリと笑う。「生きてればね!」
深く腰を落とし――僕は思わず「あっ」と声を上げ――次の瞬間腕は振り抜かれていた。
みっともない躱し方だ。
喰らうのを嫌う余り地べたを這うなど。
「……これも躱すんだ」
「見えてるぞ、ちゃんとな」
超速斬。
その仕掛けが見えた。
恐ろしく単純なタネだ。剣と腕、その両方を強化して剣を振る。
たったそれだけの技。
たったそれだけが、ここまで脅威になるとは。
立ち上がって即座に応える。
距離を詰められない。無意識のうちか、体があの斬撃を怖がっていた。
「やっぱりまだまだひよっこさんだね」
「うるさいな。誰しも最初はそうだろ」
じわりと汗をかいている。
仕掛けが分かったのは良いものの、破る方法もないとは。
元も子もない……は少し違うか、どうしようもないな。
しかし、分かったことは一つある。
魔力で強化できるのは何も、自分の体だけではないということ。
盾だって強化できるということなのだが。
そして……。
「お前の魔力は見やすくて助かる」
魔力は視認できるということ。
正確には少し違うか。相手がどんな風に魔力を使っているか、それがなんとなく、目を介して伝わる。
実際色も何も無いのだから、見えているとは言い難いが。
「難しいな、魔力は」
「そうでもないよ。厄介だって思いすぎじゃない? ……助言してどうすんだろ、私」
有難いことだ。
さて、では一つ試そう。
今一度ミカエルを見た。
ミカエルの魔力は球を成している。
体の周囲にパイプを巡らせ、それを天辺と足元で折り畳んでいるのか。器用なことだ。
真似してみればいいか、球体にはならないだろうが。
イメージを。
パイプを長く。それを体に巻き付けるイメージを。
要は、魔力の量だ。それを負担なく増やすことができればいい。
なるだけ細く。なるだけ長く。なるだけ多く。
糸のように繊細な。鋼の如く強かな。
僕を纏う一領の、堅靭なる装束。
皮膚が俄に熱を感じた。
熱い。錯覚だろうか、心なしか魔力が熱を放っているように感じる。
ぐんと魔力の循環を速めた。
全身に力が漲って、それは先程までの比ではなく、だから、つまり。
たった一歩で、どこまでだって行ける。
たった一振りで、今なら地面だって切り裂ける。
だけど。
こんなにも、今は要らない。
瞬時に理解したのは、ミカエルに比べ、このやり方はあまりにも……。
「…………すごく汗かいてない?」
「言うな、試合に集中しろ」
あまりにも、維持が難しい。
五分保てばいい方だ。
全身に施すからそうなる。もっと簡易に、もっと粗雑に。
いざという時、咄嗟に出来る方が良い。
幸いにして、ミカエルは警戒して近寄って来ない。ならば。
「――加速」
「させるか!」
視えた。
一気に肉薄されて、目にも止まらぬ連撃を、なんとかいなし切る。
それだけで息が上がって、再び離れることはできない。
鍔迫り合うと、ミカエルが顔を顰める。
次は盾か。
押される感覚。この間合いでは、さすがにやりにくいと見えるな。
大人しく離れるその一瞬、魔力の巡る管を編み直す。
手と足でいい。胴体を守る必要は無い。
攻撃など受けなければ問題ないのだ。サトリがあれば、そんなことは容易い。
だからこそ。
もう一つ、ものは試しだ。
刀に管を巻き付ける。
斬れ味が鈍るかもしれない、なんてことを思うが、頭を振って否定する。
見えない管で斬れ味が落ちるなんてことはない。そも、今の目的は斬ることに無いのだから。
柄を、鍔を、刀身を、魔力が滑るようにして昇っていく。
その、管の、頂点に達した、その時だ。
僕の意識を、何かが強く引っ張った。
視点が暗転する。
方舟自体からしてすでに真っ黒なはずなのに、そこには一筋の光も、果てしない荒野もない。
ただひたすらに真っ暗な――何も無い空間。
深層かとも思ったが、違う。窓もないし、何より、ルシフェルの気配を感じない。
ならここは、一体。
金属で出来ているかのように冷たく、なのにどこか懐かしく、ずっと手に持っていたかのように馴染む、この空間は、一体。
考えるより速く、僕は気付いた。
腕に握った刀、その柄の中身がない。
刀身が消えている。
そして分かった。
消えているのでは無く。
この空間こそが刀身なのだと。
いや冷静に考えておかしいのだが。
でもそうとしか言い様がない。この空間の広がりは、その始まりは、この刀身――だから、すぐにでも出られるはずだ。
この空間の外側に、僕の魔力が続いているのだから。
目を閉じ、意識をかき集める。
こんなにも隙を晒しているのに、斬られていないのは奇跡だな。
なんてことを思いながら。
刀身の形に魔力を整えてから、僕は目を開けた。どうやら――
「せぇ!!」
――時間でも止まっていたようだ。
ミカエルが一喝と共に、剣を振り下ろすのが見えた。
加速させているな。
落ち着けと唱え。
正面ではなく、鎬同士を軽く合わせる。
同様に押し切れると思うなよ。
意気込んで、今度は僕が、刃を横薙ぎに滑らせる。
金属が擦れる音がして、大きく体を崩したのはミカエルだった。
さすがにうまくいなせたらしい。機だ、二歩だけ下がり。
八相に構え。
ぐっと手足に力を込める。
ミカエルが迫る。
盾を前にして。
受け止めて、また隙を突くつもりなのか。
ならば好都合。
当たる面積は、大きければ大きいほどに良い。
集中。短く息を吐いた。
刀を強化。
単に強度や斬れ味でなく。
『打ち返す力』を最大限強化する。
ミカエルが迫った。
間合いはあと一歩。好機は一度。ミカエルが踏み出した、その瞬間を叩く。
来い。
来い。
来い!
盾の中心から魔力が渦を巻く。
足が上がるのが見えた。
どんな攻撃でも防ぐ気か。
だが残念だ、僕は溜めに溜めた力を解放し――
「カットバシ!!」
――バットを振り抜く要領で、盾へと刀を打ち付けた。
たった一度の衝突に、方舟の空気が震えて縮まったかのような。
「え――ちょ――な――」
耳を劈く轟音が鼓膜を走ったかと思うと、それが何の音かミカエルが把握するより遥か速く。
「嘘ォォォオオオオ!?」
ミカエルは吹っ飛ばされて、方舟の彼方へ呑まれていった。
30話に到達しました。
記念すべきことにここで書き溜めが無くなったので、明日からもうちょっと執筆に集中します。




