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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
30/166

堅靱

 手が痺れる。

 腕にばかり集中していては、やはり受け切ることは出来ないようだ。

 治す必要は無いな。

 左手に持ち替える。

 また腕一本か。なんだかこればかりだな。

 痺れが消えるまでそう時間はかからないだろう。だがしかし――

「今度こそ殺しちゃうから!」

 ――それを待つような相手ではない。

 攻撃を流す。カウンター主体でなくとも取れる命と判断されたか。

 連撃をかわす。段々と、その速さにも慣れてきた。

 要は三秒前から視ていればいいのだ。

「あったらないなぁもう」

「残念だ、ここからはまた持久戦といこう」

 顔をしかめる。その表情は初めて見た。

「私さ、あの後すっごい怒られたんだよね……だからちょっと」

「なんだ、恨めしいか?」

「分かってるなら来ないでよ」

 盾で体が隠された。

 こうなればこっちのもの。あの斬撃が飛ばない限りは。

 落ち着いて深呼吸する。

 息が静まっていく。

 右手を握ってみた。

 両の手で構える。

 今回は勝てると言い聞かせ。

「じゃあ俺からも一つ。実は怒ってることがあるんだ」

「なに」

 何もクソもあるか。

「ルシフェルと言う神官を知ってるだろう」

「ああ……あの子ね。むしろ知らなかったんだ」

「なんだと?」

「てっきり関係者かと思ってたよ」

 よく分からないな。関係者と言えばそうなのだろうが。

「へぇ、ふーん。なーるほど。そういうことか」

「おい」ユダもお前も皆して。「どういうことか説明しろ」

「そのうち分かるよ」ミカエルがニンマリと笑う。「生きてればね!」

 深く腰を落とし――僕は思わず「あっ」と声を上げ――次の瞬間腕は振り抜かれていた。

 みっともない躱し方だ。

 喰らうのを嫌う余り地べたを這うなど。

「……これも躱すんだ」

「見えてるぞ、ちゃんとな」

 超速斬(アサルター)

 その仕掛けが見えた。

 恐ろしく単純なタネだ。剣と腕、その両方を強化して剣を振る。

 たったそれだけの技。

 たったそれだけが、ここまで脅威になるとは。

 立ち上がって即座に応える。

 距離を詰められない。無意識のうちか、体があの斬撃を怖がっていた。

「やっぱりまだまだひよっこさんだね」

「うるさいな。誰しも最初はそうだろ」

 じわりと汗をかいている。

 仕掛けが分かったのは良いものの、破る方法もないとは。

 元も子もない……は少し違うか、どうしようもないな。

 しかし、分かったことは一つある。


 魔力で強化できるのは何も、自分の体だけではないということ。

 盾だって強化できるということなのだが。

 そして……。

「お前の魔力は見やすくて助かる」

 魔力は視認できるということ。

 正確には少し違うか。相手がどんな風に魔力を使っているか、それがなんとなく、目を介して伝わる。

 実際色も何も無いのだから、見えているとは言い難いが。

「難しいな、魔力は」

「そうでもないよ。厄介だって思いすぎじゃない? ……助言してどうすんだろ、私」

 有難いことだ。

 さて、では一つ試そう。

 今一度ミカエルを見た。

 ミカエルの魔力は球を成している。

 体の周囲にパイプを巡らせ、それを天辺と足元で折り畳んでいるのか。器用なことだ。

 真似してみればいいか、球体にはならないだろうが。


 イメージを。


 パイプを長く。それを体に巻き付けるイメージを。

 要は、魔力の量だ。それを負担なく増やすことができればいい。

 なるだけ細く。なるだけ長く。なるだけ多く。

 糸のように繊細な。鋼の如く強かな。


 僕を纏う一領の、堅靭なる装束。


 皮膚が俄に熱を感じた。

 熱い。錯覚だろうか、心なしか魔力が熱を放っているように感じる。

 ぐんと魔力の循環を速めた。

 全身に力が漲って、それは先程までの比ではなく、だから、つまり。

 たった一歩で、どこまでだって行ける。

 たった一振りで、今なら地面だって切り裂ける。

 だけど。

 こんなにも、今は要らない。

 瞬時に理解したのは、ミカエルに比べ、このやり方はあまりにも……。

「…………すごく汗かいてない?」

「言うな、試合に集中しろ」

 あまりにも、維持が難しい。

 五分保てばいい方だ。

 全身に施すからそうなる。もっと簡易に、もっと粗雑に。

 いざという時、咄嗟に出来る方が良い。

 幸いにして、ミカエルは警戒して近寄って来ない。ならば。

「――加速」

「させるか!」

 視えた。

 一気に肉薄されて、目にも止まらぬ連撃を、なんとかいなし切る。

 それだけで息が上がって、再び離れることはできない。

 鍔迫り合うと、ミカエルが顔を顰める。

 次は盾か。

 押される感覚。この間合いでは、さすがにやりにくいと見えるな。

 大人しく離れるその一瞬、魔力の巡る管を編み直す。

 手と足でいい。胴体を守る必要は無い。

 攻撃など受けなければ問題ないのだ。サトリがあれば、そんなことは容易い。

 だからこそ。

 もう一つ、ものは試しだ。

 刀に管を巻き付ける。

 斬れ味が鈍るかもしれない、なんてことを思うが、頭を振って否定する。

 見えない管で斬れ味が落ちるなんてことはない。そも、今の目的は斬ることに無いのだから。

 柄を、鍔を、刀身を、魔力が滑るようにして昇っていく。

 その、管の、頂点に達した、その時だ。

 僕の意識を、何かが強く引っ張った。



 視点が暗転する。

 方舟自体からしてすでに真っ黒なはずなのに、そこには一筋の光も、果てしない荒野もない。

 ただひたすらに真っ暗な――何も無い空間。

 深層かとも思ったが、違う。窓もないし、何より、ルシフェルの気配を感じない。

 ならここは、一体。

 金属で出来ているかのように冷たく、なのにどこか懐かしく、ずっと手に持っていたかのように馴染む、この空間は、一体。

 考えるより速く、僕は気付いた。

 腕に握った刀、その柄の中身がない。

 刀身が消えている。

 そして分かった。

 消えているのでは無く。

 この空間こそが刀身なのだと。

 いや冷静に考えておかしいのだが。

 でもそうとしか言い様がない。この空間の広がりは、その始まりは、この刀身――だから、すぐにでも出られるはずだ。

 この空間の外側に、僕の魔力が続いているのだから。

 目を閉じ、意識をかき集める。

 こんなにも隙を晒しているのに、斬られていないのは奇跡だな。

 なんてことを思いながら。

 刀身の形に魔力を整えてから、僕は目を開けた。どうやら――

「せぇ!!」

 ――時間でも止まっていたようだ。

 ミカエルが一喝と共に、剣を振り下ろすのが見えた。

 加速させているな。

 落ち着けと唱え。

 正面ではなく、鎬同士を軽く合わせる。

 同様に押し切れると思うなよ。

 意気込んで、今度は僕が、刃を横薙ぎに滑らせる。

 金属が擦れる音がして、大きく体を崩したのはミカエルだった。

 さすがにうまくいなせたらしい。機だ、二歩だけ下がり。

 八相に構え。

 ぐっと手足に力を込める。


 ミカエルが迫る。


 盾を前にして。

 受け止めて、また隙を突くつもりなのか。


 ならば好都合。


 当たる面積は、大きければ大きいほどに良い。


 集中。短く息を吐いた。

 刀を強化。

 単に強度や斬れ味でなく。


 『打ち返す力』を最大限強化する。


 ミカエルが迫った。

 間合いはあと一歩。好機は一度。ミカエルが踏み出した、その瞬間を叩く。


 来い。

 来い。


 来い!


 盾の中心から魔力が渦を巻く。

 足が上がるのが見えた。

 どんな攻撃でも防ぐ気か。

 だが残念だ、僕は溜めに溜めた力を解放し――


「カットバシ!!」


 ――バットを振り抜く要領で、盾へと刀を打ち付けた。


 たった一度の衝突に、方舟の空気が震えて縮まったかのような。

「え――ちょ――な――」

 耳を劈く轟音が鼓膜を走ったかと思うと、それが何の音かミカエルが把握するより遥か速く。

「嘘ォォォオオオオ!?」


 ミカエルは吹っ飛ばされて、方舟の彼方へ呑まれていった。

30話に到達しました。

記念すべきことにここで書き溜めが無くなったので、明日からもうちょっと執筆に集中します。

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