「盗むものあるのか?」
顔を上げた。そこにはいつもの笑顔がある。
前々から思っていたがこの男……どこか不気味だ。
「適当に座ってくれ」
「ああ……」
「私は立っています。少しでも鍛えたいので」
ベッドに腰掛ける。
「じゃ……まずはスサノオ。君のことだ」
「言うことあるのか?」
「手術のことをね」
傍らに置かれた机にコーヒーが置かれる。
湯気が立っているな、少し冷まそう。
「さっきも言った通り……傷がしっかり治っていたのは表面だけ。内臓はむちゃくちゃな繋がり方をしてた。それでも生きてるんだから驚きだけど……僕でなきゃあ完璧には治せなかったと思うよ」
「どうやって治したんだ」
「腹かっさばいて内臓も切った。あとは、持ってる知識と能力を頼りに繋ぎ直したんだ」
軽く言うな、大手術じゃないか。
「時間にして20時間は下らない。そんなわけだから……どう? 体調は」
言われて初めて腹を摩る。
コーヒーを飲んでみた。
特に違和感はない。
「問題ない」
「そう。良かった」
ドクトルがまた機械の箱に手を置いた。
「じゃ……次はこっちの説明を」
急に肌がヒリついた。
ドクトルの気配に刺々しいものが混じる。怒っているのか。だとしたらなぜ。
「僕のところに盗みに入った奴がいる」
「……盗むものあるのか?」
「酷い言い草だな! これでも僕は科学者なんだぜ?」
格好つけて言われてもな。
実際、僕はドクトルの研究成果というものを見たことがない。
この部屋以外には風呂場しか入らないし、彼もそこ以外への移動を禁じているのだから、当然といえば当然だが。
しかし、その苛立ちから察するに、相当大事なものを盗まれたらしい。
「何を盗まれたんだ」
「とある装置を二つ。簡単には持ち運べないものだよ」
淡々と述べ、説明を続ける。
「もう長いこと使ってないから、管理が杜撰になってた僕にも責任はあるんだが……」
「大事なものじゃないのか!?」
「いや、大事は大事だよ」ドクトルが真剣な目で僕を見た。「つまりね? 僕は自分の成果品を、我が物顔で使われるのは我慢ならないってことなんだよ」
我侭、と言いかけたが、正論は正論だ。
盗まれたものがなんにせよ、勝手に使われるのが我慢ならないというのはよく分かる。
「それに……ちょっと変な話だけど、興味あるんだよね。あの装置をどうやって使うつもりなのか」
言わんとすることが、なんとなく見えた。
「何にしてもだよ。使い方によってはかなり危険な装置だ。そこで二人に頼みたいことがある」
珈琲を少しだけ口に含む。
「犯人を引っ捕らえてくれ。この際だ、生死問わずで行こう」
珈琲とその依頼を同時に飲み込んで。
「早速」
「その前にもっかいシャワー浴びてこい」
相当汗臭かったらしい。
しかしこの後探し回るんだからどっちみち同じことだ。
もう三度目か、ドアを開けて部屋に出る。
ドクトルとユダが話していたらしい。
ユダは分厚い書類の束を受け取り、それに鍵を置いた。
立ち所に書類が消える。
そんな使い方もできるのか。
「お、来たね」
「待たせたな」
「それほどでもないよ」
ユダの方を見た。
「それじゃあユダ、手筈通りに頼むね」
「御意に」
話していた内容は気になるが、後で聞けばいいだろう。
鞘紐を締め直す。
そういえば、明確な目的を持って方舟に出るのは初めてだ。
どうやって歩けばいいのだろうか。
「犯人はおそらく方舟の深層にいる。スサノオはユダの後について行って。ユダはさっき教えたワードを頭の隅に常に置いておくように」
「かしこまりです」
「よーし。期待してるよ君たち!」
深層ってなんだ。聞くよりも早く、ユダがドアノブに手を掛けていた。
僕も慌ててその後につく。
やはり、方舟に出る前というのは心が踊る。僕はどうやら、あの景色がすっかり気に入ったようだ。
どこに向かうかなんて些細なことだ。
僕はただ、僕のできることをやればいいのだから。
「それでは参りましょう。……ドクトル、手土産に期待してもらって構いません」
「さっさと行きな。お前は僕の作品なんだ、それくらいの働きはしてくれ」
ユダのあとに続いて、僕は方舟に出た。
目を閉じて、少し回るような感覚を待つ。
「……………………おかしい」
が。
「何がです」
「回転するような感覚がない」
目を開けると、そこは。
「……ここはどこなんだ」
目覚める前の夢で見た場所。
暗く長い廊下。やはり窓は無かった。
「おや、深層に出るのは初めてですか?」
またその言葉か。
「深層というのはなんなんだ」
「方舟はいくつかの層に分かれているのですよ。ここは方舟の中でも深い部分。ですから便宜上『深層』と呼んでいるのです」
なるほど。
まだまだ知らないことが多いらしいな。
となると、僕が今まで歩いてきたのは表層……ということになるのか。
「ドクトルの部屋は深層に位置します。一般に、層を移す時は酔いが出やすいと聞きましたね」
「…………あいつ、そんなことも教えてくれなかったのか」
僕が何度も倒れたのはアイツのせいじゃないのか? 最初に説明してくれればいいものを。
「深層に一人で潜るのは危険を伴う、とも聞きました。具体的な内容は、話さず終いでしたが」
今は二人だからいい、ということだろうか。相変わらずドクトルの考えは読めない。
「さて……では行きましょうか、しっかりと後ろに着いてきてください」
ユダが徐にストレッチを始めた。
「そうそう。一つ言い忘れていたのですが」
地面に手をつけスタートの体制に移る。
「今ここで魔力の使い方を覚えていただきますよ」
言った瞬間、ユダが走り出す。
なんのと僕も駆け出すが――
「速――」
――すぐさまユダの姿が豆粒ほどになった。
グラリと揺れるような感覚。引き離されると知らない場所に飛ばされるのか。
ということはつまり……ユダにはなんとしても追いつく必要がある。
全力で走る。
距離は縮まらない。
魔力の使い方か。いいだろう。
意識を足に集中させる。
強化。
速度を上げて、駆け出し――
「ああああああああああ痛い痛い痛い痛い!!」
――僕は比較的すごいスピードで転げ回った。




