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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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一人の道の歩き方

「へぇスサノオって言うんだ。知らなかった」

 ドクトル、お前に言ったんじゃないぞ。

 手を差し出された。慌てて握手を交わす。

「……ドクトル?」

「いいんだ彼は。僕が個人的に置いてるだけだから」

「あのえっとそのご趣味は」

「筋トレですかね。……ドクトルが個人的に……ですか、実に興味深い」

 手が離れると、ユダが目を離して壁の方へ向かう。

 背筋も綺麗だな。

 そういえば、随分ものが増えたように感じる。

 無機質な壁で覆われていた室内に物干し用の竿が設置されていた。そこに吊るされているのは高そうなスーツだ。

 おそらくユダのものだろう。

 真っ白いシャツ外されて、ユダが袖を通していく。

 あの分厚い筋肉では入らないと思ったが、どうしたことか。引っかからことなくスルスルと着られていく。

 不思議なものだ。萎んで細身になったようにさえ見えた。

 振り返ってこちらを見たのは、仕事ができそうな面持ちのユダ。

「改めまして自己紹介を。(わたし)はユダ。ドクトルによって産み出されたNSです」

「完成には程遠いけどね」

 ドクトルが鬱陶しそうに補足する。

「ユダ、そのスーツ破っちゃダメだよ。作るの結構面倒なんだから」

「スペアは?」

「何着おじゃんになったと思ってるんだ……それでラスト」

 ため息をついて、ドクトルが椅子に腰掛ける。

 座れるんだな。

「あー……二人、じゃんけんして」

「なぜ?」

「どっちが先にシャワー行くか。ただ決めるんじゃつまんないでしょ」

 つまらなさそうな顔で言うんじゃない。

 だが、いいだろう。僕も早くシャワーを浴びたい。何せ三日も寝ていたのだから。

「最初に言っておく」しかしまぁ、じゃんけんか。「じゃんけんで俺が負けると思うな」

「ハイハイ。じゃ行くよ。最初はぐー!」

「じゃん!」

「けん!」

 僕は未来を予見して、相手に勝てる手を出した。



「あれは卑怯だと思うんだよね」

「じゃんけんを選んだお前が悪い」

 体にこびり付いた脂を流しきり、さっぱりとした気分で返す。

「サトリは抑えられないんだよ」

 じゃんけんで損はしない。

 毎度卑怯だなんだと言われるが、こればかりは仕方が無いのだ。サトリを開眼したその日から、抑えようにも相手の行動が見えてしまう。

 むしろ、じゃんけんの時くらい、抑え方を知りたいくらいだ。

「そういえば」僕は机に手を置いて。「机。ありがとう」

「ああ……そろそろ要りようだと 思ったからね」

 たまたまだよ、 とドクトルは付け加える。

 相変わらず僕の分の椅子はない。

「コーヒー飲むかい」

「……いただこう」

 いつの間にか、ドクトルの手元には器械が収まっていた。

「それで?」

 僕の隣に来るや否や、落ち着いた手つきで豆を挽き始める。

 部屋の中を珈琲の香りが漂った。

「どうだったの今回は。まぁ良いことが起こったのは見れば分かるんだけどさ」

 ドクトルが聞きたいのは、きっと方舟でのことだろう。

 ならば、僕も聞きたいことがある。

 だからその前に、ちゃんと話さなければ。

「神官に会った」

「はぁ?」

 何を馬鹿な、と言いたげな顔。またこれか。それほどおかしなことを言ったつもりはないのだが。

「ミカエルという女と、ゼウスと言う男だ」

「良く生きてたね……ゼウスなんて特に。アイツが標的を逃がすとこは見たことない――」

「知ってたんだな?」神官のことも。狙われていることも。「知っていたんだな?」

「…………もちろん」

 食い気味に放った問いには、落ち着いた声が返ってきた。

 眉間に寄った皺が深くなる。

「全部知ってたよ。神官が出てくるのはもう少ししてからだと踏んでたけどね」

「襲われることも?」

「そうとも。だから言ったんだよ使い方を学べって」

 触れることが出来るなら、今ここで一発、思い切り殴っているところだ。

 死ぬ思いをした。いや、実際死の淵を彷徨ったように思う。

 今ここに生きているのは間違いなくドクトルのおかげだが、死にそうになったのもドクトルのせいだ。これも間違いない。

「君が手助けなんかいらないって言うから――」

「話が違うだろう」

 睨みつけたのは無意識だった。

「確かに言ったとも。だが、そういうことじゃない。お前は何も説明しなかっただろうが」

 そう、何も説明しなかった。ただ、出ていくことを引き止めもせず。

 外に出る前に、助けてやろうと、わざとらしく手を差し伸べたくらい。

「それは、まだ時期尚早だと――」

「時期? 時期がなんだ?」大人はいつもそう言う。「あの時はまだ早かったのか? じゃあいつなら良かったんだ? 今? 全てを知ってから説明するのか?」

 全てを知ってから。そうしてから、自分は最初から分かっていたと天狗になるのだ。

 僕はそういう人間が嫌いだった。

「いいか。俺は歩みを止めたりしない。一歩たりとも! 歩調を緩めることも! 俺は進むと決めた。例えお前が、俺の前に立ち塞がってもだ」

 だからとて。僕は決して進むことを諦めたりはしない。

 否、出来ないのだ。諦めること、止まること、立ち止まること。

 未来に一歩も踏み出さないこと。

 そんなことをすれば、僕は俺でいられなくなる。

「この俺を『そんな程度のこと』で操れると思うんじゃあないぞ。お前がこの先の景色を教えないと言うのなら、俺は自分の足で歩いていくだけだ」

 僕は。

 僕はまだ進まねばならないんだ。

 やっと追いかけたい誰かが出来たのだ。

「もう一度言ってやる。お前の手助けなど必要ない。今までもそうだ。これからもそうだ! お前が(なに)にも答えないと言うのなら、俺は自分のやり方で進む!」

「散々だな…………助けてやったのに」

「頼んで無い」

「勝手なやつめ。その腹を治してやったのは僕なのに」

 また論点をすり替える気か。

 第一、傷は自力で塞げたはずだ。コイツの手などもう借りる必要は――

「君……自分の内臓がどう繋がってるのか理解(わか)ってるのかい」

 ――必要は。

「だいたい予想つくよ。元通りにって考えたんでしょ? 塞がることは塞がるよ、確かにね」

 ドクトルの指摘が刺さる。

 指さされたのは、僕の腹部についた新たな縫い跡だった。

「でも、ちゃんと繋がるのは表面だけさ。おかげで内臓はぐちゃぐちゃ。ここまで戻ってこれたのは(ひとえ)に――」

「ひとえに、なんだ」

「馬鹿げた体力と、大した悪運だ、としか言えない。ホントに大手術だったんだから……」

 ドクトルが視線を外した。

「…………少し落ち着く時間が必要だね。適当に席を外してくれ」

 廊下に立ってろ、と言いたいらしい。

「お前のことは信用してない」

「好きにしなよ」

 刀を乱暴に掴んで立ち上がる。

 頭の中に、濃い霧が立ち込めている気がした。

 ドアノブに手を掛けて、僕は俯く。

「俺は…………」僕の、言いたかったことはなんだろうか。「……悔しいだけだ」

 零れ落ちたその言葉は、僕自身も予期せぬものだった。


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