なぜ、あの女
皆どうやってサブタイトル決めてるんだよ
状況に頭が追いついていない。
いつの間にか囲まれていた。僕と女が対峙しているのを中心に、十五のNSがぐるりと円を組む。
即席リングのつもりか。
なぜだ。
いつから尾行けられていた。そもそもその口振り、僕のことを探していたのか。手こずったとは? 僕に敵意を向ける理由は? 戦う理由は? なぜ?
なぜ、あの女。
あの体で僕を吹き飛ばすことができた。
何が来ても視えたはずだ。呼吸は見逃していない。さっきだって、実際構えるのを予見したからこそ咳き込む程度のダメージで済んだ。
不可解なのは構えた後だ、が……どうやら考えている暇はないらしい。
女は再び構える。
「おいお前」
「なーに」
盾を前に、剣を後ろに。腰を低く、脚を前後に。……なるほど。
「名前は」大体分かった。「なんて名前だ?」
一度、あの異形と遭遇していなければ危なかったか。
要は、あれがトドメに使ったのと同じ。凄まじいスピードのタックルだ。ぶつけてきたのは体ではなく盾だが。
通りで受け止めた僕の骨が軋むはずだ。
ぶっちゃけ今もすごく痛い。
異形と戦った時はまだ、攻撃を受け流せるだけの余裕があったが。
今回はそうはいかないか。
「あー…………そっかそっか。知らないか」
こっちを睨む視線が緩む。
構えが甘くなった。時間は稼げるか。
少しでもダメージを。
「じゃ、自己紹介しとこう! その方が後腐れないしね!」
脚は踏み込める。指の可動は問題ない。腕もどうやら折れてはいない。呼吸がまだ落ち着かないが、戦えそうだ。
気になるのは、動くたび鈍痛が付きまとうことか。
もう一度言うが散々だ。
「私の名前はミカエル! 担当は戦世、階級は神官! よろしくー」
「分かる言葉で頼む、ミカエル」
「いきなり呼び捨て。いい度胸してる」
今度は見逃さない。
相手の呼吸を視る。
構えるのは三秒後か。
だとして次の攻撃は――
「嫌いじゃないよ!」
――やはり当たる瞬間しか見えない。
だが軌道は読んでいた。下げた左足を軸に回って避ける。
通り道に吹いた風に少し押されるが、関係ない。
盾はミカエルが前に構えたまま。――いける。
右手で柄を軽く握り。
呼吸を。
一秒。反撃は視えない。
右脚を踏み込んで、居合で切りつける。
「……いい狙い方してる」
刀が到達するより一寸速く、ミカエルの剣が弾いた。
振り返りざまに振るったか。どうやら勢いを付けないと扱いきれないと見ていい。
二歩下がる。互い、正面に向き合って。
盾が鬱陶しいな。
他のNSが近付いてくる気配は無い。ミカエルに任せるつもりらしい。
この細い女にか、笑わせる。案外大したことはないのかも。
盾を前に構えた。
こっちは刀を八相で構える。
ミカエルが目を細めるのが見えた。睨み返す。
相手の動きを抑えなくては。あのスピード、悔しいがついていけない。それに加えてあの剣、軽く弾かれただけでも手が痺れた。恐らく相応の重量を備えている。
悔しいが、認めざるを得ないだろう。
ミカエルは強い。それも相当に。
数度攻撃を受けただけで分かる。これで女、しかもあの細い体か。
何か秘訣がある。
ジリジリと距離を詰めていく。
「…………魔力か」
「お。ちゃんと知ってるんだ」
扱えないがな。言葉は飲み込む。
ドクトルの話によれば、プラスの作用をもたらす力……だったか。なるほど脅威だ、ミカエルにあれほどの膂力と速度を与えるとは。
そしてその分心が踊る。
扱えれば僕はもっと強くなれる。
「余裕だね」
「なに?」
「笑ってるよ。気付いてなかった?」
「……どのくらい前からだ」
「最初から」
呼吸が落ち着いてきた。
じっと睨み合う。
「仕方ないことだ」
「そう?」
「ああとも。こんな機会はとんと減った」
攻めて来ない。ならばこちらから――
「おっと、動かないでね。このままいけば穏便に済むし」
そうはいかない。視界のチラつきがまた激しくなっている。本当は平衡感覚だって危ういのだ。出来れば早く、決着を付けたい。
「怖いのか?」
「まっさか。魔力も使えない人間なんて」
踏み出せ。
「怖くもなんともない!」
これで三度目。やはり盾で突っ込んでくるか、問題なく避け――
「甘い!」
――高速で突っ込んだミカエルが急ブレーキをかけた。僕に向け、今度は水平に――
「盾ッ……!?」
「殴るんだよっ」
振るわれた盾が真っ直ぐ僕の首に向かう。
すかさず僕は一歩踏み込む。
右腕を盾代わりに、残った腕で刀を高く振り上げる。
一瞬だ、相手が離れるまでの一瞬で。
こちらも首を狙って鋭く刃を振り落ろす。
嫌な音がした。
「カッ……!」痛みに一瞬呻く。
右手に力が入らない。……どうやら圧し折られた。
だが想定内だ。腕一本で済んだのは幸いと言えるだろう。
さて、相手はと言うと。
「あーあ……言わんこっちゃない」
首元を押さえ、こちらを睨む。
襟に血。当たったことは当たったらしい。
手を離すと、傷跡はない。凄まじい治癒力だ。
対し、こちらの腕は動かない。
「一応無傷で、って話なんだけどな……」
だから盾で、か。剣をあまり使わないと思っていたが。
目を細める。擦っている暇はない。空は明るく、視界はぐらつくが、今ここで倒れてはいけない。
狙いに行かねば。
勝ちを。
「……まだやる気?」
「無論」左手一本で構える。「勝つつもりだが」
ミカエルがニヤリと笑む。
一瞬盾に頭を隠す――ここだ。
痛む体。これで最後。次顔を出すまでの一秒で。
一気に駆けて。
距離を詰める。
「……!」
脇を抜けて刀を振るう。相手が視界を無くした瞬間に放った一撃に、既に盾は追い付いていた。
だがそれは予見済みだ。このまま振れば弾かれるだけ。ならば。
盾の直前で軌道を変える。
狙いを脚へ。
刀の切っ先が脛の薄皮一枚を斬った。
驚いた表情が覗く。黒い刃が振り上げられた。
流れのまま上方にいなす。
左手を返し肩口へ。
「やらせない!」
咆哮。盾で刃を阻もうとする。
「甘い!」
狙いは斬ることじゃない。石突で相手の左目を穿つ。
怯んだ。
好機。
「せ……っ!」
短く息を吐く。
聞こえたのか、盾で堪らず顔を覆った。
下策、と心の中で罵って。
がら空きになった右側、腋を狙って刃が滑る。
刃の中程に当たる。柔い感触――体ごと後ろに、刀を引いて振り上げる。
血に濡れているのが見えた。
続き、切っ先から硬い何かが伝わって。
「え……あっ……い……!!」
ミカエルの腕が真っ赤に染まる。
鮮やかな赤――恐らく傷は関節まで到達したはずだ。
呼吸を視る。
三秒先。腕が動く気配は無い。
殺った。
振り上げた刃をそのまま。
「これで!」
相手の左目に突き刺す――
「終わり――」
重い金属音がした。
――ミカエルの瞳が見えた。
髪と同じく茶の瞳。それが僕を真っ直ぐ見据えて。
振れるはずのない右腕で。
黒い刃が、視界の端に踊った――。
そして自分はどうやって決めればいいんだ