第87話 人攫いギルド
襲撃者の手が伸びる。
俺の眼球を抉り出さんとする、獰猛な猛禽類の爪のように。
それをコマ送りのようにゆっくりとした時の流れのなかで感じていると、不意に見覚えのある背中が目の前に現れる。襲撃者と俺の間に割って入ったのだ。
それは輝くような銀の長髪であった。
「どおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
鬼神の如き拳が襲撃者の顔面に叩き込まれる。
鍛えぬかれた剛腕が振りぬかれると、襲撃者の体は凄まじい勢いで吹き飛び、路地裏の端の木製の壁に激突。壁を派手に粉砕した。
まるで漫画のように人が飛んでいった。
人って殴り飛ばせるんだと、このとき初めて知った。
殴られた瞬間の様子を、一瞬のことながら鮮明に見えた。集中していたからか魔眼の力かはわからない。
「……あれ余裕で20メートルは飛んでるんじゃねえか?」
あの様子では良くて顔面粉砕骨折。悪くて頭部消失ではないだろうか。どっちにしろたぶん死んでる。
「いや手応えがおかしかった。おそらく死んでおらんぞ」
アルドラは特性の眷属によって繋がっている。
そのために位置や相手の状態が、何となくわかるのだ。
うまく危機を感じ取ってくれたようで、彼は時空魔術【帰還】にて姿を現した。
もうちょい早くこい。とも思わないでもなかった。
「こんな近所でごちゃごちゃやっとったら、特性なんぞなくとも気がつくわ」
砕かれた壁、その瓦礫のなかから何事もなかったかのように男は立ち上がった。
「マジか……何あれ不死身か?」
アンデッド系の魔物とかいうのじゃ無いだろうな?
「いや、身代わりの護符か何かじゃろ」
身代わりの護符というのは、死に至る一撃、もしくは瀕死となるであろう一撃、そういったダメージを移し替えることができる魔導具の1種だという。
非常に高価かつ希少で年数回行われるオークションなどで数件の取り引きがある程度である。人気の高い品で高ランクの冒険者なら必ず持っているという必須のアイテムだ。
無論その価値から冒険者ならずとも身に備えるものは多い。
「そんないいアイテムがあるのか!そういうことは早く教えてくれよ!」
身代わりの護符は複数持っていても効果は発揮されず、身に付け効果を期待するなら1枚だけにしなければならない。
魔術の効果が反発しあって、効果を打ち消してしまうからだそうだ。
護符が効果を発揮する。もしくは効力が失われるとヒビが入り割れてしまうそうだが、時に何でもない攻撃で割れてしまうこともよくあることらしい。
つまり過信しずぎも危険と言うことだ。あくまで備えの1つなのだろう。
「欲しいとは思っても中々買えんぞ。店ではそうそう売ってないからな」
貴族や商人からも需要が高いために、作れる魔導具職人も手が足りない状況なので希少ということらしい。
「へぇ……でも有用なアイテムには違いない。なんとかして手に入れたいな」
みんなに持たせることを考えると、まとまった数が必要だ。
男の様子を見ても重症どころか怪我をしているような雰囲気には見えない。
やはり何かの力で守られているのだろうか。
しかし体を包む衣服までは守護の力の範囲外のようで、激しく損傷しているようだ。
顔を覆い隠していた布も、ボロ布のごとく成り果てもはや顔に僅かに張り付くに留めている。
男は残ったボロ布を力尽くで引き千切り、地面に投げ捨てた。
「……お前は!?」
俺は思わず息を飲んだ。
「得体のしれない魔術師に、英雄の亡霊か。さすがに分が悪いかな」
白い肌に青い瞳。長い金髪を結い上げるようにして纏めている。
整った顔立ちではあるが、顔がいいだけの優男といった風貌ではなく、歴戦の兵士を思わせる凄みがあった。
「……知っておるのか?」
アルドラは襲撃者を睨みつけたまま視線を動かさない。
どんな動きも見逃さないようにと警戒しているのが理解できた。
「……いや、誰だっけ?」
僅かな沈黙の後――
「……カミルだ」
襲撃者は名前を教えてくれた。意外と丁寧な奴である。
「あー、そうだ。思い出した」
俺の言葉に若干顔を歪ませるが、それに関しては特に口を出すことはなかった。
ごめんな忘れてたわ。
「どんな奴かと様子見に来てみたが、なるほど中々面白そうな奴だな」
その口ぶりから、どうも俺を探りに来ていたらしい。
腰の曲刀を抜かなかったことを考えると、本気で殺しに来たということではないようだ。
アルドラが来るまでは本気で死ぬかと思ったけどな。
「まぁただの様子見ではつまらんから、腕の二、三本は折って帰ろうかと思っていたが意外と頑丈で驚いた」
あまりに打撃が効かないから、段々腹が立って腕を折るなんてヌルいことはやめて、もう少し痛めつけようと思ったらしい。
ひどい話だ。
大抵の魔術師は俺のイメージ通り肉弾戦には弱い。
攻撃魔術で遠距離戦は強力だが、懐に入られると脆いといった具合だ。
まぁその身に備えられるスキルには限りがあるし、肉弾戦も魔術も一流って奴はそういないだろう。
魔装具や魔導具で補うこともできるが、ただ良い武器を持っていれば強いのか、ただスキルを持っていれば強いのかと言うとそうでもない。やはり使いこなせないと意味はないように思える。
それを考えると、どんな場面でも強いって奴が本当に強いやつなのかなと思う。
まぁボッコボコに殴っても倒れない魔術師、ある意味得体のしれないって評価は妥当かもしれないな。
「そう睨むなよ英雄。俺はこれ以上は手を出さない。もちろんアンタの女たちにだって手を出すつもりはない。ヴィクトルに関してはアレはあいつが勝手に動いたことだ。まったく大人しくしておけって命令さえ守れないとは……」
カミルはやれやれと天を仰いだ。
どうやらアルドラのことも知っているらしい。どこまで知っているのは不明だが、英雄と呼ばれた存在であることは認識しているようだ。
そして俺が冒険者ギルドのマスターとも、一冒険者以上の付き合いがあることも――
「冒険者ギルドと事を構えるつもりはない。面倒なだけで金にならんしな」
カミルはそう言うと、ズボンのポケットを探り何かを取り出す。
「俺はもう帰るぜ。そろそろ煩くなってきた」
アルドラも察したようだ、すぐに衛兵がくる。まぁこれだけ暴れて遅いくらいだが。
「逃げられると思うのか?」
「逃げられるさ。知ってるか?盗賊って逃げ足速いんだぜ。もし攫ってほしい人間がいたら俺に相談しな。金次第で王女様だって攫って来てやるぜ。人攫いギルドのカミル様がな」
カミルが取り出したのはカードだ。
金属のカード。ギルドカードにも似ている。
指で挟み、こちらを意識するかのようにこれ見よがしに掲げた。
【帰還の呪符】
魔眼で見つめると一瞬そんな名称が頭に残った。
カードはまるで塵となるかのように、端から魔力の粒子へと変化し消失してゆく。
「じゃあな」
そういって彼は不敵な笑みを残し、まるで幻かのようにカードと共に魔力の粒子へと変化して消失したのだった。




