第86話 襲撃者
「マジかよ……」
街なかだというのに覚悟を決めて放った【雷撃】は目標には届かなかった。
狭い路地裏だ。回避行動をとったには無理がある。そこまで道幅は広くないし、紙一重で躱したというのは考えにくい。
それよりも決定的なのが【雷撃】の着弾地点が奴の真横だったという事だ。
【雷撃】は真っ直ぐ飛ぶ。
曲がる能力は持っていない。
それはつまり奴の持つ何らかの手段で、曲げられたという可能性だ。
「……補助も無しに、大した威力だ。報告通りだな。しかし黒い稲妻は使わないのか?出し惜しみしてると死ぬぞ?」
男の声だった。
服に付いた埃を軽く叩き落とすと、何事もなかったようにゆっくりと歩いて近づいてくる。
「俺に何のようだ?誰だお前?」
黒い稲妻ってなんだよ?冬の稲妻なら知ってるけどな!
相手からは殺意のような雰囲気は感じない。
単なる暗殺者ではないようだが、友好的でもないようだ。
一体何が目的なんだ?
【麻痺】
俺は淡い期待と牽制の意味も込めて、使い慣れた魔術を放つ。
放たれた細雷は男が左手を明後日の方向にかざすと、その指先に従うように直角に曲がった。
いや曲げられたのだ。
「……もしかして自由に使いこなせないのか?……そうか」
ぶつぶつと己に問答し、独りごちる。
この者に俺の持つ攻撃魔術は効かない。
何かのスキルか魔術か。何となく何かの魔装具の様な気がする。
俺の中に焦りが生まれた。
遠くの方から人の声が聴こえる。
「衛兵を呼べ!危ないぞ近づくな!」そんな声が微かに聞こえてくる。
呼ぶならさっさと呼んで欲しい。これ以上の面倒事はごめんだ。
38あるスキルポイントを設定し直す。
【剣術】A級
【闘気】E級
【耐性】C級
【警戒】E級
「時間が無いな。さっさと終わらすか」
ゆっくりと歩いていた足取りが、一瞬で加速し気づいた時には眼前へ迫っていた。
「やれやれ、監視係が馬鹿どもを止めてくれればこんな面倒な事にならずに済んだものを……監視係は監視しかしないからな……まったく融通がきかん」
慌てて剣の柄を握るが、柄尻に手を当てられ抜くことが出来ない。
【闘気】を発動させる。体中に力が漲り、黄金のオーラが立ち上る。
しかし強化した肉体を持ってしても、握られた剣はビクともしなかった。
「魔術師が剣を使うのか?確かに報告でも心得があるようであったが、安い自信は大怪我の元だぞ」
男が柄尻から手を離す。
俺は勢いに任せて鞘から剣を引き抜いた。
「スキルはあっても根本は素人の様だな。まったく力が噛み合ってない」
「なに?」
その言葉の一瞬のうちに、足、利き手の肘、剣を握っていた手首に強打を受ける。
おい【警戒】仕事しろ!俺は心のなかで叫んだ。
【警戒】スキルが反応し、皮膚がザワつくのを感じるもそれも無意味にさせる速度の攻撃だ。
いやこれは速度の問題なのか?
俺には何をされたのかさえ理解できない攻撃であった。
「くそっ」
【耐性】をつけていたおかげでダメージ自体は少ないが、それでも痛いものは痛い。
思わず握っていた剣を落としてしまう。それを見逃すはずがなく、男は蹴りつけ俺の剣を弾き飛ばした。
「おいっ、乱暴に扱うなよ!高いんだぞ!」
まぁ自分で買ったものじゃないけどな。
「気持ち悪いくらいタフだな。魔術師であるにも関わらず、剣術に身体強化のスキルも保有してるのか」
値踏みするような視線がフードの奥から見えた。まるで珍しい物を見たといった表情だ。
それにしても何処かで聞いたことあるような声だな。
【警戒】スキルが危険を知らせる。
皮膚がザワつくような感覚。鳥肌が立つような嫌な感触だ。
気づけば全身を殴打される。
拳打、裏拳、掌底、手刀、肘打ち、と様々な攻撃が矢継ぎ早に繰り出される。
まるで流れるように格闘ゲームかよ!と突っ込みたくなるほどの連打である。
つまりフルボッコであった。
打撃に対する【耐性】と【闘気】の身体強化、肉体回復によって堪えられてはいるものの滅茶苦茶痛い。
どのみち剣は通用しなかった。
今更隙がどうこうという意味もないので、ボコられているうちに【剣術】を【体術】に変更する。
スキルの再設定の際に気が逸れたのか、男に足を払われ前のめりに体勢を崩された。
髪を乱暴に掴まれ力任せに引き寄せられる。
そしてそこへ顔面への膝蹴りがまともに入った。
「ウッッぐっ!!」
激しく痛み思わず体ごと地に伏せるが、攻撃を受けた箇所を手で触れてみるも骨が折れるなどの重症とは至らなかったようだ。
思わず【闘気】すげーな!と心のなかで賞賛を送った。
「……本当におまえ魔術師なのか?守りの術を付与してるようには感じられんが。まさか闘気か?人族で使える奴なんて初めてみたぞ」
頭上から驚愕した男の声が聴こえる。
悠々と分析をする男に苛立ちを感じ、俺は徐ろにその足に飛びついた。
散々殴りやがって、今の膝蹴りも普通だったらシャレにならない攻撃だったぞ。
「おい、離せ」
片足に醜くしがみつく俺に、もう片方の足で容赦なく蹴りを打ち込んでくる。
「誰が離すかよ」
足を掴み、腰を抱きつくようにして男を押し倒した。力に任せ相手の背を勢い良く地面に叩きつける。一瞬くぐもった声が聞こえた気がした。
そのまま上に跨がり馬乗りとなる。マウントポジションである。
その姿勢から拳を打ち下ろす。
連打である。
男は両腕でガードするが、防御の隙を突いて攻撃する。
時には【闘気】で強化された肉体で防御を強引にこじ開ける。
更には防御の上から構うこと無く殴る。
殴る殴る殴る。
格闘技の経験など勿論無い。喧嘩なんかも小学生以来したことない。人を殴るのは怖い。誰も好き好んでやりたくはない。
だが理不尽な暴力を甘んじて受けられるほど聖人君子でもない。
俺にはやることも、守るべき者もある。
こんな所で転がってる場合じゃない。
「体術も持ってるのか……?他にも何かありそうだが……」
かなりの打撃を与えたはずなのに、男は余裕を崩さなかった。
両腕は布に巻かれ内部に薄い革か何かの防具が仕込まれている感触がある。
それでも【力の指輪】【闘気】によって強化された腕力はそれなりのものであると思う。
騎士が着けるような金属のガントレットなどといったものならまだしも、布や革ですべての衝撃が防げるとは思えなかった。
「まぁそろそろ時間か……」
男がぼそりと呟くと、殴りつける俺の腕をおもむろに掴む。
それに気づいた刹那、ぐいっと腕を引き込むと同時に男は自らの腹筋を使って上体を起こす。
その勢いのまま体勢の崩れた俺の顔面に頭突きを入れた。
「ッ!?」
一瞬にして拘束を解き、馬乗りの状態から脱出する。
まるで何時でも脱出できたと言わんばかりだ。
「土産に目玉の1つでも貰っていこうか。闇のギルドにもメンツというものがあるのでね」
闇のギルド?メンツ?
男がゆらりと揺れながら近づいてくる。捉え所のない足取りで、気味の悪い不思議な動きだ。
「知ってるか?肉体の欠損、特に繊細な部分はS級クラスの魔法薬でもない限り治すことはできない」
隠された顔の奥で、獲物を狙う獰猛な瞳がギラリと光ったような気がした。
まるで「遊びは終わりだ」と死刑宣告を告げられたように感じ、背筋が寒くなる思いがした。
おそらく逃げても無駄だろう。
後ろを振り向いた瞬間捕まる気がする。
ならば最後まで抵抗を。そう思った瞬間、奴は目の前に居た。
ゆったりとした動きから、一瞬でトップスピードに達し目標へ到達するといった動きだった。
完全に虚を突かれた。体が強張り1ミリも反応できない。
だめだ詰んだ。




