第254話 破壊
無数の火球が周囲に生成された。1つ1つはビー玉ほどの大きさで、圧縮された魔力が白い輝きを放っている。それは俺が生み出せる数を遙かに上回っていた。
これほどの数を本当に制御しきることができるのだろうか。
「全ての動きを把握する必要は無いよ」
メルキオールはそう答えると、破壊魔術を加え合成した火球を周囲の有象無象の化け物を向けて放った。
辺り一面に爆炎が巻き起こり、化け物を砕き焼き尽くしていく。火球が放たれた直後から再び周囲に火球が生成され、そして間を置かずに放たれる。それが延々と繰り返されるのだ。
「ここに魔力が十分にあるからできる芸当だね。魔素だけだと魔力変換の手間を考えると、ここまでの効率は生み出せないだろう」
ごうごうと燃え上がる炎が、あらゆる物を焼き尽くす。炎の勢いが凄すぎて周囲の様子が確認できないほどだ。
「雷撃なら更に威力を追求できそうだ。君の精霊が協力してくれることが条件だが」
メルキオールが俺の肉体を制御しているという状態は、雷精霊にとって好ましくない状況らしく非協力的になっているらしい。
「このまま、この空間ごと焼き尽くしてしまおうか」
荒れ狂う炎の波が肉の山を焦がし崩す。閉じ込められていたアルドラが炎に巻かれながら飛び出し、その勢いのままに嫉妬の悪魔へ手に持つ大剣を突き入れた。
「小さい割に堅いのう。そう簡単にはいかんか」
アルドラの剣は胸に浅く刺さるのみに止まったようだ。
嫉妬の悪魔が生み出した怪物がアルドラを包囲するように動く。メルキオールは援護するように炎の波を操った。
「アルドラは混沌の本体を狙い続けてください。邪魔者は僕が排除しましょう」
「うむ、了解した」
メルキオールの支配する火球の数が更に増える。
「人間の扱う多くの魔術が単一を対象とするのは、制御のし易さという理由がある。慣れれば2、3と数を増やしても問題はないけど、ここまで増やすと並の魔術師には難しいだろう」
数え切れない光球が周囲を埋め尽くしている。もしかしたら数百はあるんじゃないだろうか。
「1つ1つを制御しようと難しく考える必要は無い。ある程度をまとめて、群で動かすことを意識するのだ。僕たちはこういった技術をスプレッドと呼んでいる」
メルキオールが手で仰ぐような動作をすると、動きに合わせて無数の光球がまとめて怪物へと放出された。直後に起こる爆炎。よく見るとアルドラも巻き込まれて燃えている。
「敵の数が多いときに有効な攻撃方法だ。面で攻撃することができ、より素早く周囲の領域を制圧できるだろう。難点は効果範囲内にいる味方も巻き込んでしまう所だが、彼は大丈夫なようなので今回は気にしないで使えるね」
爆炎を乗り越えて巨大な怪物がこちらへと迫る。山のように大きな巨体。魔物と呼んでいいのかどうか、原型も何もわからない動く肉の山だ。
「スプレッドのもう一つの難点は魔力を分散させるので、どうしても威力が下がってしまうところだろう。総合してみれば、そう単純に言えないのだが、局所的に見れば攻撃を受ける面積というのはどうしても少なくなるからね」
メルキオールはスプレッドを周囲に飛ばしまくりながら、左手に大きな光球を生み出している。じりじりと地面を焦がす小さな太陽を、迷うことなく巨体の怪物へと向けて放った。
小さな太陽はスプレッドの速度と比べると非常に遅かった。素早い相手なら当てることは難しいだろう。
「これは威力を高めることを目的とした魔力制御だ。膨張する魔力を内へ内へと圧力を掛けて安定させる。制御が難しいので慣れてないと、手元で暴発することもあるから十分注意したほうがいい。これが速度や安定を犠牲にして、威力だけを求めた形。僕たちはスラッグと呼んでいる」
放たれたスラッグは肉の山を一瞬で消し飛ばした。焼き尽くすこともなく、吹き飛ばすこともなく、巨体を原型も留めずに文字通り消滅させたのだ。
その間にもメルキオールはスプレッドの射出を止めることはしない。無差別に繰り返される攻撃に、心なしか空間そのものが広がったような気がする。
「……生み出される魔物の数が減りましたかね。何か仕掛けてくるでしょうか。まさか魔力が尽きてきたということは無いでしょうし」
メルキオールが視線を移すと、アルドラが嫉妬の悪魔を捉え両手の大剣で滅多打ちにしているのが見えた。
少女のような外見の悪魔へ攻撃が振り下ろされるごとに、ガキンガキンと弾くような金属音を響かせる。
アルドラの氷の魔剣が悪魔の動きを封じた。食い込む魔剣が悪魔の本体を凍結させていく。
「傲慢な人間。全てを奪い食らい尽くしても、まだ足りないのか」
凍り付くような冷たい声が響いた。夢の中で聞いた憎悪に満ちた声だった。
「自分たち以外の全てを排除するつもりか。お前たちが混沌と呼ぶ私は、お前たち人間が産みだしたものだと知るがいい」
天井、壁、地面、あらゆる場所から赤黒い液体が染み出してくる。
低い方へと流れ込む液体は、やがて一つにまとまって大きな濁流となり、怪物もろとも全てを飲み込んでいった。
「溺れさせようとでも? 残念でしたね。僕たちには意味がなさそうです」
大きなうねりが俺の体を飲み込んだ。赤黒い液体に全身を飲み込まれ、どこが上か下かもわからない。
ただ装備に付与された潜水、遊泳のスキルのおかげで水中でも不自由を感じることは無い。
「透視を使えば視界も問題ないでしょう。魔力は十分に確保されているのです。出し惜しみしないでいきましょうか」
古代魔術 氾濫
メルキオールが魔術を発動させた瞬間、体からごっそりと魔力が消失していく感覚得た。今までに無い膨大な魔力消費量、複数の魔術を行使したりS級の魔術を時間を掛けて成長させれば当然魔力消費も飛躍的に上がるのだが、これはそれとは別次元の物を感じる。おそらく基本的な魔力消費量がもの凄く多いのだ。
魔術が発動すると周囲の液体はメルキオールの支配下に収まったように感じた。火球を操るがごとく、周囲の液体全てがメルキオールの手の上にということだろう。
大雑把な感覚でしか把握できないが、これだけの質量だ。もしも都市などで発動させたら、とんでもない破壊力になりそうだな。
俺が余計なことを考えている間に、メルキオールは氾濫の魔術で周囲を攻撃し始めた。ただの水といった威力では無い。魔力をまとった大河のごとき質量の水は、岩を砕き大地を抉る以上の威力がある。
氾濫魔術は悪魔の作り出した空間を文字通りに、抉り、破り、蹂躙していった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ、評価よろしくお願いします(=゜ω゜)ノ