第245話 古代魔術
『このように多数のスキルを所有する者など初めて見ました。なるほど、魔石からスキルを修得するのですか。面白い特性ですね……魔石は血液が変質した物質ですから、血液に宿る魔力の一部が魔石の中に記憶として残っているのでしょう』
海神アルメリアに手を触れ、同調スキルを使用することで感覚を共有した。これによって俺の内部に眠る、ポイントを割り振られていないスキルの存在までも理解できるようになったらしい。
アールヴだという彼女は他の者にはない知識の所有者だ。その知識の中には俺にとっても価値のある物が必ず存在するはず。アルメリアの話を聞くというのは、そういう意味で俺にとっても利がある話のはずだ。
『魔石に記憶ですか?』
『そうです。魔石の中でも、特に質の高い物は輝くほどに磨かれ、宝玉として魔杖の頭を飾ることもあります。相性の良い魔術の効果を高めるのです』
魔石は等級が低いと透明度がなく石炭みたいな黒い塊だけど、等級が上がると透明度も上がり見た目も奇麗だから磨けば宝石みたいになるのかもしれん。
そういや、ダゴンの本体から取れたS級の魔晶石、あれから修得したスキルは古代魔術って聞いたことのない系統なんだよな。
魔術に詳しそうなダリアさんも、リザも聞いたことがないと言っていたけど、賢者と称されるメルキオールかアルメリアなら何か知っているだろうか。
『古代魔術ですか。おそらくそれは、アールヴの賢者が他種族に最初に与えた魔術の原型ですね』
アールヴは自分たちの能力の一端を、人族を始めとした他種族に理解できる形に組み替えて提供した。
現在使われている魔術の基礎となった原型の魔術が、古代魔術という分類らしい。
この古代魔術という系統は、実用的ではない膨大な魔力消費量と、非常に厳しい魔力操作が要求されるという。当時、魔術と言う新たな技能を手にしたばかりの初心者には、扱い難い存在だったようだ。
そういった経緯から改良され、後に現在使用されている魔術系統、火、水、風、土、光、闇、雷、氷の八系統が誕生した。
これは人族たちが理解し想像しやすいように、彼らが再調整したものなのだ。
『それだけ育った魔物を倒せる力量があるなら、あるいは……ふふふ、私たちの声が届く者がいるなどと夢にも思わなかったことですが、これで望みが出てきました』
魔眼を持たない普通の人には、亡霊の賢者メルキオールの姿は見えない。当然、彼の言葉を聞くことも出来ない。
それと同じようにアルメリアの声も、俺以外の者には届いていないようだ。海人族との唯一の接点である海神祭でも、対話するということは不可能だったらしい。
『俺に何をさせようというのですか』
含み笑いをするアルメリアに怪訝な表情を向ける。まぁ、予想はできるけど。
『ええ、実は貴方を通じて、力ある者との交渉をお願いしようと思っていました。封印されている混沌は、私の能力とは相性が悪く滅するには至っていませんが、本来の力はとうに失われ瀕死の状態なのです。今の状態であれば、人族の使い手であれば或いは滅することも可能だと思います。ですが、貴方の能力を見せてもらって希望が見えました。それほどの能力を持つ貴方なら、あの混沌を滅するに十分な力を秘めていると思われます』
身の丈に合わない大きな責任は勘弁してほしいんだけどな。
『そうでしょうか。少し覗いただけですが、あれは俺が今まで出会ったことのない、未知の存在のように感じました。俺の力でどうにかできるような存在には思えないのですが……』
この世界で暮らした時間は長くは無いけど、相手の能力も知らずに立ち向かうのは無謀と言うことだけは理解したつもりだ。たぶん、そういった行動ばかりする奴は、仲間内でも最初に死ぬ奴だと思うぞ。
『貴方に加護を与えている雷精霊、それほどの大精霊を従えている者にしては謙虚な言葉ですね』
『従えているというか、憑りつかれている感じですけど……』
あんまり言うこと聞かないし。まぁ、困ったときは度々助けてくれてるから、頼りにはなる……かな。
『ふふふ、そうですか。申し訳ないのですが、雷精霊に大人しくするように指示してもらえますか? この空間にいる水精霊が怯えてしまっているので』
アルメリアとの話の最中に、いつのまにか顕現した雷精霊を腕輪の中へ戻るように指示する。水精霊とやらの姿は見えないけど、雷精霊がいると怯えて身動きが取れないらしい。
精霊同士にも、そういった力関係があるのか。精霊には自我がないらしいけどな。
アルメリアは海神祭の前後だけ覚醒し、それ以外の期間は眠りについている。結界の維持に神経を集中させているのだ。レヴィア諸島に異常発生が起こらないのは彼女の結界の影響によるものらしい。
だが長い年月、結界の維持に費やしてきた疲労なのか、魔物の肉体が限界を迎えている。アルメリアの精神は問題なくとも、肉体が滅びれば結界は維持できないそうだ。そうなれば、封印は解かれ混沌は自由となる。
放置すれば、いずれ世界を震撼させた恐怖の力を取り戻すだろう。どれだけの犠牲が生まれるかは想像できない。それだけの怪物らしい。
『混沌は強力な怪物です。私たちの魔術をもってしても、楽に勝てる相手ではありませんでした。何より私たちは優れた魔術が扱えても、持って生まれた肉体は弱すぎたのです。そこで、弱い肉体を捨て魔物の肉体を得るという、転生の秘術が開発されました。そうして選ばれ誕生したのが、私たち賢竜と呼ばれる存在なのです』
目の前にいる幻影のアルメリアは、見た目で言えば森人族と差異のない姿だ。
それを捨てて魔物の体に転生したというのか。それは何とも……そこまでしなくては、ならないものだったのか。
いや、俺が考えることではないな。俺は俺の与えられた目的を果たすことを考えよう。話によると海神を滅ぼして、フルールの巫女の役目を帳消しにしてもレヴィア諸島の問題は無くならないようだ。
何か唐突に話が大きくなった感は否めない。だけど、話を聞いてしまったら、無視するわけにも行かないよな……ここまで来たらやれることをやるしかない。問題が片付いたら、水晶の泉の鉱床も調査したいしな。
とはいえ、あの封印された魔物、雷撃や火球で何とかなるのか。
プロメテウスの火 魔導石 S級
レイシから預かった品を取り出す。これなら、あの封印された魔物も倒せるかな?
『それを、どこで手入れたのですか?』
俺の手の中にある魔導石をアルメリアが食い入るように見つめる。
『海人族から預かってきた品です。この遺跡で発見したと言ってましたが』
アルメリアに答えると、彼女はメルキオールに視線を移した。
『……うん? 僕が作った物なのかな? 確かに生前研究していたような記憶が……完成させた記憶はないから、僕の没後も研究室が勝手に研究を引き継いで、開発していたのかもしれないね』
自信なさげに答える賢者様。
『メルキオールが作った魔導石なら威力が申し分ないでしょう。彼は魔導具作りに関しては卓越した才能を持っていますから』
アルメリアは彼の能力を高く評価しているようだ。
『例えば封印を解除したタイミングで、魔導石でドカンとやるわけには行きませんか?』
最下層で爆弾使ったら遺跡もろとも壊滅ってことになりそうだけど。地上にも間違いなく影響出るよな。そうなったら鉱床とかも勿体ないし……
『限定的に封印を緩めることはできます。いえ、できると思います。実行したことはないので確証はありませんが……この空間の時空魔術の結界を維持しつつ、混沌の結界を緩めるように調整しましょう』
できるのか。できるなら、何とかなるのか。爆弾で倒せるならばだけど。
『その前に、仲間たちと相談したいのですが……』
俺がなぜ海神と対話できるのかとか、疑問に思わず、いや、思っていたとしても騒がないで待っててくれてるからな。
とりあえず話の流れとか、説明はしておかないと。魔導石に魔力を込めて起動させたら、任意で爆発させる時間は指定できるそうだから、時間の余裕見て帰還の呪符で脱出すればいい。
使ったことない魔導具だから不安があるけど、万が一の場合は水晶の泉まで退避するしかないか。この氷で覆われた空間はアルメリアの結界内らしいから、爆発の威力を抑えつつ混沌を倒せれば最高の結果なんだけど。
『ええ、お仲間たちとも、よく相談してください』
皆を集めて海神との対話内容を報告。
彼らの反応は様々だったが、この場所が特別な場所で、干物になっているレヴィアタンが特別な存在だということは、流石に察していたようだ。
「混沌だって? 聞いたことない話だな……信用できるのか、その海神って奴は」
レドは疑惑の視線で干物を睨む。
「嫌な気配はするねぇ。特別な場所っていうのは、私らにもわかるよ。長年冒険者をやってるとね、多少なりともこういった場所には訪れる機会もある。混沌って奴は聞いたことは無いが、確かに碌なもんじゃなさそうだね」
フィールは獣人の本能で何かを察しているようだ。
「わしも初めて聞く話じゃな。それにアールヴか、なるほどベイルの遺跡もそ奴らの仕業というわけかのう」
確かに青の回廊はメルキオールが作ったらしいから、もしかしたらベイルは別のアールヴが作った遺跡なのかもしれないな。
「私にはわかりません……巫女の役目を全うせよと……私は海人族のために……」
フルールは急な話に混乱を隠せないでいるようだ。
「私はジン様に従うのが良いと思います」
リザは自信に満ちた表情で胸を張った。
「怪我をしたら言ってくださいね。すぐに治しますから」
「だ、大丈夫……ミラさんは、絶対守る」
ブルーノは自分に言い聞かせるように呟いた。
「うへぇ……何か、厄介な話になってきたな」
キースはウンザリした様に声を漏らした。
「さて、そうそう上手くいくもんかねぇ。その、アールヴって奴が倒せなくて何千年も封印していた奴を、凄い威力の爆弾で吹き飛ばすって話だろ? そんなことで倒せるなら、とっとと倒せばよかったじゃないか」
ダリアの話も最もだ。楽観視し過ぎだよな。アルメリアは時間がないから焦ってる?
「そうだねー。倒せなかった場合……最悪の場合も想定して動いた方がいいと思う。封印を解いてから倒せなかった、どうしようじゃ取り返しがつかないんじゃないのかな」
リディルの指摘も当然のことだった。
とはいえ、悩んでいる時間はあまりなさそうだ。
それが、いつ現れたのか誰も気が付かなかった。
いや、気がついたときには、そこにあった。突然に唐突にそれは現れた。
すり鉢の底を覗き込むように、縁に現れたのは黒いローブの人影が10体。
その存在に気が付いたのは、俺も含め仲間たちもほぼ同時のようだ。誰だ? 何処から来た? 海人族、ではないよな……
隠蔽と隠密、もしくはそれに連なるようなスキルを併用したのだろう。それも接近されるまで気付かないほど高度なレベルで。
全員が警戒態勢に入り、一瞬で緊張感が高まる。
「おやおや、そこにいるのはギラン君じゃないか?」
黒いローブの一人が、嘲笑を込めた声を投げかけた。
「ん? 誰だ? 俺はお前らのような、怪しげな者との付き合いはないぞ」
反応するギランに皆の視線が集中する。
「ははは、いや、そうだな。我々が勝手に知っているだけだ。嬢の言葉どおり、素直で純朴な青年じゃないか。ここまで思った通りに動いてくれるとは感動すら覚えるな」
その言葉に黒いローブの集団から一斉に笑いが起こった。
「結界があると友人が自由に行動できないからな。まぁ、破壊されなくとも困ることは無いが、楽になるなら手間が省けていい」
「ぶしゅるるるる……おぃぃ、お喋りがぁ、過ぎるぞぉぉ……いつま、でだ、いつまで待たせる……早くぅ……早くやらせろぉ……」
暗くこもった声。地底から響いてくるような陰気さ。
「わかった、では始めようか」
何をする気だ?
黒いローブで隠されて魔眼では捉えられないが……これならどうだ、透視スキル発動――
ローブに隠された侵入者の正体を暴く。これは……ぐうぅぅ、おっさんに向けて使うスキルじゃないな……
ローブの男が杖を掲げる。
背後の8人が杖の男に魔力譲渡で魔力を供給――
俺の精神的ダメージが酷いが、奴らの正体がわかった。
「奴らは魔人だ。何か仕掛けてくるぞ」
杖の上空に巨大な球体が出現した。火球のようだが、魔力の増幅が止まらない。膨張し続ける熱量が圧縮され、巨大な火球は一つの光球に、それはまさに自ら光を放つ恒星のようだった。
古代魔術 太陽
魔人によって生み出された、光球が氷瀑へと向けて放たれた。
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