第243話 混沌
遠くから見ても巨大だったが、目の前まで来ると迫力が凄いな。
「あの、こんなに近づいても大丈夫なのでしょうか」
傍にいたリザが小声で聞いてくる。
「たぶん、大丈夫じゃないかな。嫌な感じはしなかったし」
どれ、魔眼でレベルだけでも確認しておくとするか。
アルメリア 賢竜Lv72
おお、初のレベル70代。魔物とはいえ、海人族から神と称される存在だけのことはある。
それにアルメリアって……海神というのはレヴィアタンという魔物ではなかったか。
『海人族の巫女。それに人族の皆さん。おや、森人族もいるようですね。それに、確か小人族と言いましたか。この地で見かけるのは、とても珍しい。獣熊族、あの戦いで数を減らしたと聞いていましたが、まだ生き残りが居たのですね。喜ばしい限りです』
穏やかな口調。頭に響いてくる声だけでは女性か男性かは不明だけど、アルメリアってことは女性なのかな。いや、魔物だとするなら雌か。
『あぁ、麗しの君よ、僕の愛しいアルメリアよ。こんな痛々しい姿になって……でも、これで君の憂いも払拭されるはず。彼を見つけてきたのは僕だ。遺跡に異常がないかと、毎日端から端まで巡回してきたのも無駄じゃなかっただろう?』
眼前の巨体を前に、天を仰ぐように大げさな仕草で跪く、亡霊の賢者メルキオール。
『……えぇ、そうですね。ありがとうございます、メルキオール』
声の主は、少し困ったような口調で彼に感謝を述べた。
『いいよ、いいよ。僕の人生は君のためにあったようなもの。僕の命も、時間も、全ての能力は君のために使うと決めている。勿論こうした姿になった後も、その決意に変わりはない。遠い過去の記憶のはずなのに、まるで昨日のことのように感じられる……日々の研究は勿論だけど、遺跡の巡回も、海人族のサポートも君のためを思えばこそだよ――』
興奮した様子で饒舌に語りだす賢者様を、アルメリアと呼ばれた声が穏やかに制した。
『ごめんなさい、メルキオール。ゆっくりとお話したいのは私も同じなのだけど、今はそれほど時間がないの』
穏やかな口調だが同時に強さもある。メルキオールもそれを感じたのか、すぐに押し黙った。
『ああ、そうだったね。わかってる。君の時間を奪うような事はしないつもりだよ。僕は大人しくしておくとしよう』
賢者様は冷静さを取り戻したようだ。
『ありがとう、メルキオール。愛してるわ』
『僕もさ、アルメリア』
賢者様が後ろへ下がると、入れ替わるように、その巨体のたもとに別の亡霊が姿を現した。
いや、亡霊のように半透明の姿だけど、魔眼で見える情報はアルメリアのそれと同じだ。ということは彼女が――
『この姿も、貴方には見えているのでしょう? 初めまして、私がレヴィア諸島全域を守護しております、アルメリア・ハインディン・レイロードと申します』
その姿は森人族の少女の姿そのものだった。半透明なので詳細は難しいが、白磁のような肌に緩く長いウェーブの銀の髪。切れ長の鋭い眼差し。背の高いメルキオールと対照的な、小学生くらいにも見える小柄な女性だ。
『ふふふ、私の声は貴方としか繋がっていませんからねぇ。普通に話すと、周囲には独り言のように聞こえてしまいますか。どうでしょう、心で念じるように会話してみてください。私のスキル、精神感応は一方的ではなく、同様のスキルを持たない者との意思疎通を相互に作用しうるものですので』
精神感応スキル。テレパシーみたいなものかな。声に出さなくとも、意思疎通ができるとかいう奴。
『……えっと、どうでしょうか。俺の声、届いていますか?』
『ええ、届いていますよ。理解が早いですね。このスキルを受けるのは初めてなのでしょう? 人族という種族は魔力制御に於いて、他種族よりも劣っていると言われているそうですが、貴方のような者がいるなら考えを改めねばなりませんね』
にこやかな笑顔には裏があるとは思えない。悪意は感じられない。リザにも声が届くなら直感で判断して貰えるところだが、今の状態では残念ながら期待できそうにないだろう。
『遅ればせながら、俺はルタリア王国の辺境都市ベイルで冒険者をしている、ジン・カシマと申します』
俺は頭を下げ、礼儀を尽くした。普通に話の通じる相手だし、上手く話を持っていければ、俺たちの置かれている状況も見えてくるはず。
単純にレベルだけを見ても、ダゴンよりも更に格上の相手なのは間違いない。不用意な行動は危険だろう。とはいえ、最低限確認しておきたいことはある。
『とりあえず最初に確認だけ良いでしょうか。貴女は俺たちの敵なのですか? 味方なのですか?』
俺の言葉にアルメリアは一瞬の沈黙の後、言葉を続けた。
『何をもって味方、敵とするかによりますわね……私はレヴィア諸島の子供たちを守ることを最優先に考えています。しいては、それが世界中の人々の安寧にも繋がることでしょう』
世界中? ずいぶんと大きな話だな。
『……子供たちと言うのは?』
『もちろん、レヴィア諸島へと移住させた海人族のことです。この地に海人族が移住する以前、彼らが安心して暮らせる土地というのは、非常に限られていました。魔物に襲われる危険性の少ない場所は、人族が支配していましたから。彼らを呼び込んだのは、私の都合ではありますが、彼らに安住の地を授けるという意味で悪い取引ではなかったと思っています』
海人族は青い肌という見た目から、人族たちから妖魔の一種とされて迫害されていた過去があったんだよな。
『土地を与えた見返りに、海人族の娘を生贄に差し出すようにと契約されたのですか?』
俺は無意識に言葉を強めた。精神感応による繋がりでも、その思いは伝わったようだ。
『そうですね。この広い海域を管理するには人手が必要でしたから』
何か言い回しに差異が感じられる。生贄って海神の餌にされてるんじゃなかったっけ。あれ、レイシはそんなこと言ってた気がするけど……いや、確証はないのだっけか。
『食べる? 食べるというのは何ですか? あの、このような姿をしておりますが、私は魔物ではありませんので……いえ、魔物だとしても、娘のように可愛がっている海人族を食べるはずがありませんよ』
俺はフルールの巫女として与えられた役割こと。巫女の護衛でここまで来たこと。フルールの肉親の思い。人族の帝国という存在。帝国の影響力。そして、海神のことを今後どうすべきかと海人族の一部の者が頭を悩ませている状況を伝えた。
『……なるほど、貴方の憂いは理解できました』
アルメリアはフルールへと視線を移すと、穏やかな顔を浮かべた。
『そうですね。一つ言えることは、今回の巫女に生贄になって頂く必要はないかと思います。というより、その時間がないかもしれません』
『時間がないというのは、どういうことですか』
『それは、まさに今回来ていただいた話に繋がります。話は直に見て頂いた方が早いでしょう』
そういってアルメリアが指示した場所は、海神の巨体の背後にと存在する巨大な氷瀑だった。
『今も息づくあれを感じられますか?』
氷瀑の中に何かあるのか? 魔力探知では何も感じられない……同様に地形探知でも探ったが、何か特別な異変というのは感じられなかった。
そういえば、ここの氷は魔術に保護された特別なものだったな。ああ、そういや一つ試してないスキルがある。ダゴンから得たばかりで、一度も使っていないが使用感を試してみるのに丁度いいか。
スキルポイント変更
透視 S級
「ジン、あの大丈夫ですか? 先ほどから難しい顔をされてますけど……」
透視に意識を集中させ魔力を込めていると、背後からフルールが不安げに話掛けてきた。まぁ、当事者だもんな。未だはっきりしない状況なので滅多なことは言えないが、なんか巫女の生贄の話大丈夫そうだよって一声だけでも掛けておくか。
「ああ、ルー、えっと巫女の話なんだけど――」
振り返ると目の前にいたフルールの衣服が、どんどん透けていく。まるで光に溶けるようにして消える。――これが透視スキルの効果なのかッ
最初に出会った時も、割ときわどい姿だった気がするけど、あの時は夜だったしな。
だが、今は昼間の陽光の下と言えるほどに明るい。艶やかな薄青い肌が白日の下に曝け出される――
胸はまったく無いけど、細くて手足が長く、でも腰回りとか女の子らしい柔らかそうな曲線。リザとは違ったベクトルの美しさだ。
「ジン、大丈夫ですか? 具合悪いのですか?」
急に黙りこくる俺を案じて、声を掛けてくれるフルールだったが、あまり接近されると色々とマズイ。何がマズいのかわからないけど、マズイ気がする。
俺は咄嗟に透視スキルを解除して、フルールに簡潔に説明した。現在、特殊なスキルで海神と接触していることと、巫女の役目は今回事情があって無効とされる可能性があるということだ。
だが確定した未来ではなく、海神との対話を続けるから少し待つようにと説明すると、フルールは特に食い下がることなく俺の説明を受け入れた。
自分の人生に大きく関わる話なので、もっと詳しく説明しろと詰め寄られるかと思ったが、そうでもないらしい。いや、まだ詳しく説明できる状況ではないことを察してくれたのか。多少なりと俺を信用してくれて任せてくれたのかもしれない。
「ジン、よろしくお願いします」
「わかった」
俺は気を取り直して、透視スキルを氷瀑へと発動させた。
氷に隠された奥深く、そこにあったのは赤黒く不気味に脈動する巨大な肉塊。それが視界に入った途端、肉塊から垂れ流される不浄な魔力が、俺の体中にある毛穴と言う毛穴から侵入し、蝕んでいくような感覚を得た。
それは筆舌しがたい不快極まりない感触で、長時間晒され続ければ発狂しかねない恐ろしい体験であった。
『……どうやら、あれを認識したようですね。何重にも張られた結界を抜けて、あの存在を知ることが出来るとは。貴方には見えぬものが見え、感じられぬものを感じ取れる能力がある。とても信じられませんが、そういうことなのでしょう。貴方のような存在は初めて目にします。これは驚くべきことです』
いやいやいや、驚いているのはこちらの方ですよ。
何だあれ。何かわかんないけど、とてつもなくヤバいモノが氷の中に閉じ込められている。魔物とかいうよりも、もっとえげつないモノだ。
『あの存在を感じ取って気を失わなかったのは称賛に値します。人族の身で大したものです』
生物なのか? 魔力の質が異質過ぎる。魔力というよりも、感覚からすると邪気といったほうが近いか。氷壁の封印……もしかして、この場所って、アレを封印するための場所なのか?
『あの、アレって一体……』
『あの存在が何か? そういった意味の問いならば、私にも正確な答えを持ち合わせてはおりません。アレは私たちが、この世界に辿り着く前から存在したモノ。この世界の原初の時代、人族が神話の時代と呼ぶ、今から一万年前ほどから存在し続ける存在。この世界に仇を成す、厄災そのもの。私たちはアレの性質から、混沌と呼んでいます』
お読みいただき、ありがとうございます!
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