第240話 水晶の泉
舞い上がっていた粉塵が収まると、目の前には瓦礫の山が広がっていた。
ぽつぽつと天井から落ちる雫に頬が濡れる。岩肌を見ると勢いよく水が流れていた。あんな滝さっきまであったっけ。
咄嗟に俺が土魔術の創造で土壁を作り、ミラさんが光魔術の防壁でみんなを匿った。落石の直撃とはならなかったし、衝撃で砕かれた飛礫でも負傷する者はいなかったようだ。
地形探知で探ってみたが石橋から入る道は岩壁の中腹にあり、崩れたこともあって侵入するのが難しくなっている。
「うーん、困ったね。さて、どうしたものかー」
崩壊した石橋のたもとで、その惨状にリディルが唸る。
天井の一部が崩れたことで、巻き込まれること避けた魔物たちは付近から姿を消したようだ。
全員で方々に散り現状を調査するも、良い知らせを得ることはできなかった。ここまで来て、俺のせいで足止めとは申し訳ない。
広場はかなり奥行きがあり、探知を使うにも留まっていては全容を掴み切れないので、動いてもう少し細かく調査することにした。
崩れた瓦礫に足を取られ、思わず転倒しそうになる所をリザに支えられる。
「ジン様っ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。魔力の使い過ぎて、少し疲れただけだよ」
慌てる彼女に、俺は体勢を整えて答えた。
リザの魔法薬を飲んではいるが、ゆっくりと回復していくので落ち着くまでにも時間が掛かりそうだ。枯渇とまでは行かないが、限界近くまで消費しと思う。
いま雷撃の一発でも撃ったら、そのまま魔力枯渇でぶっ倒れるだろうな。
「……どうかしましたか?」
俺の異変をすぐに感じ取ったリザが声を掛けてくる。
何も話していないのに、勘づくとは相変わらず直感が鋭すぎる娘だ。
「リザ悪いけど、すぐにみんなを呼んできて」
瓦礫の山となった広場に、彷徨う一つの影があった。
メルキオール・セファルディア 亡霊Lv42
あれは、いつか見た賢者様の亡霊か。
前に一度目撃して以来見ていなかったけど、こんな所で再び遭遇することになるとはな。
『遺跡の崩壊……まさか、このような事態になろうとは……しかし、今の僕には何の力になることも出来ない……何もできずに、ただ見守るだけだなんて……僕はなんて無力な存在なんだ……』
独り言を繰り返す亡霊賢者に、俺はそっと近づいて声を掛けた。
「あの、すいません――」
声に反応した亡霊が驚きの表情で振り向き、その表情のままに俺を見据え停止した。無言のまま暫しの時間が流れる。
反応したからには言葉は通じているのだろうし、俺にも彼の言葉が理解できる。彼からのリアクションがないまま、俺は話を続けた。
それにしても近くで見ると森人族にしか見えないな。種族不明と聞いたけど、どうやら森人族で間違いないようだ。アルドラやミラさんよりも耳が長く形も少し違う気がするが、同じ人間でもけっこう違いあるし森人族にもそういったことがあるのだろう。
自分が海人族の巫女の護衛で、彼女を最下層まで無事に送り届けることを目的にしていると説明。遺跡の崩壊で予定していた道が閉ざされてしまったので、それに代わる別の道はないかと尋ねた。
賢者は海人族をレヴィア諸島に導いた存在。島民にとっては、ある種の信仰のようなものあるようだった。賢者は青の回廊とも繋がりが深いようだし、何かしら情報を持っていてもおかしくはないだろう。
『……こんな時期に、僕を見える存在が現れるなんて……これが人族のいう、神の導きって奴なのか? 何にせよ、都合がいい。いや、君にしか頼めない事情がある。着いてきてくれ』
賢者様が興奮した様に語りだした。よくわかんないけど、彼、つまり亡霊の見える存在を待ちわびていたらしい。
「すいません、話が見えないのですが……」
亡霊っていうのは、みんな何かしらの未練のようなものを持っている。
そういう意味では賢者様にも何か目的があるんだろうけど、こっちの事情も聴いてほしい。フルールを送り届けた後は、今回の真の任務が待っているのだ。
『巫女か……それならば問題はない。巫女の目的地というのは水晶の泉のことだろう。君を案内する道中に通り抜けるから、そのときに仲間たちに立ち寄らせればいい』
とある場所で、話をするだけ。悪いようにはしないと語るメルキオールは、人を騙そうとする悪人には見えなかった。
詳しい話を問いただしても、来てくれた方が早いと答えるだけ。ここで話をするつもりはないらしい。少し悩んだが、とりあえずメルキオールの話に乗ってみることにした。少なくとも目的地には辿りつけそうだ。それに亡霊自身には、俺たちに危害を加えるような能力はないはずである。
リザがみんなを引き連れてきたので、そのまま移動を開始した。
石橋があった場所とは違う所を目指しているらしい。レイシから貰った地図には記載されていない道がまだあるようだ。
俺以外には亡霊が見えないし、その声も聴くことはできない。リザには説明してあるし、アルドラの件もあるので疑うことはないと思うが、他の者に説明するのは少し難しいな。
一応魔眼を含めた能力は秘匿にしているわけだし。まぁ、バレたらバレたで別にいいんだけど……
とりあえずは探知系スキルで、別の道を発見したという事にしておいた。
『遺跡に異変が起きているようだ。この辺りの安定した地盤が崩れるなんて、青の回廊が作られてから数千年の歴史の中で初めてのことだよ。良くないことが起こる前触れに違いないと思う。この先の通路にも危険があるかもしれないから、十分気を付けてくれ』
俺がやりましたとは、流石に言えないな……本気で怒られそうだ。俺は賢者様の話を聞きながら、できるだけ神妙な顔つきで頷いた。
賢者様が案内した通路は人工的なものではなく、自然にできた裂け目のようなものだった。
大人一人が通るのがやっとの狭さで、リディルは余裕のようだが肩幅のあるフィールさんには大変そうだ。アルドラは子供姿になっているので、問題なく通過できている。
通路は酷く入り組んでいて、時折垂直の縦穴になったり、斜めになったり、天井との幅が異様に低く這って進むことになったりと、大変だった。
魔物との戦闘よりも、こちらの通路を乗り越える方が大変かもしれない。賢者様の導きがあるから、俺も安心していられるが、それが無かったら進もうとは思わない地形である。
俺の指示で着いてくる皆も不安の顔色が窺える。俺がリディル以上の探知系スキルが使えると知れているから、余計な反対意見がでなかったのだろう。そうでなかったら誰も着いてくるとは言わなかったはずだ。
ガタガタと震えるリザを抱き寄せる。
最下層は近い。地底から上がってくる今まで以上の冷気に、彼女の体も芯から冷え切っているようだ。耐寒用の装備をしているが、それでも十分ではないらしい。
露出しいている頬に触れると氷のように冷たい。氷魔術や氷属性の環境に耐性を備える魔法薬を、俺とフルール以外は服用しているはずなので、その効果が切れかかっているのかもしれない。
『着いたよ。ここが最下層だ』
賢者様の到着を告げる声。地形探知が周囲の状況を教えてくれる。
そこにはダゴンとの戦闘があった上の層にも引けを取らない広大な空間が存在していた。
見上げると天井はとても高く、靄のようなもので覆われており朧げな光が空間全体を照らしている。空中には蛍のように淡い光を放つものが存在し、明滅して飛び交いひしめき合っていた。
地面を埋め尽くす青白い花。空気は異様に冷たいが、何というか非常に澄み切った清浄な空気で、悪い感じはしない。
いや、むしろ体に力が戻ってくるようだ。青白い花に触れると、不思議なことに弾けるようにして消えた。消えたというより、無数の青白い光に変化して空中に掻き消えたようだ。
レドが岩場から飛び出し、その花畑に足を踏み入れると青白い花が一斉に光の飛礫に変化する。それらが空中に舞い上がって、俺たちに幻想的な風景を垣間見せた。
「何だこれ……すげえな」
その光景にレドも思わず感嘆の声を上げる。もちろん驚いているのは彼だけでは無いようだが。
それにしても凄いな。何が凄いかって、この辺りの岩壁、いや、地面もか。かなり純度の高いミスラ鉱石で出来ているようだ。
ざっと探知した感じでもC級以上、場所によっては一部B級の箇所もある。詳しく探せばA級の場所もあるのかもしれない。ちょっと本格的に調査してみたいな。もしかして、ここは宝の山なのかもしれない。
「ジン、凄いですね。精霊がこんなにも喜んで……ここが海人族に伝わる、巫女の最後の禊の地。水晶の泉なのですね」
この青白い花も、空中を漂う光の明滅も全ては微精霊そのもの。
どうやら精霊の加護がある俺とフルール以外にも見えているようだ。この空間は特別な場所なのだろうか。
ふと見ると、大量の微精霊がフルールに群がっている。微精霊の淡い光が無数に重なり合って、フルールの全身が蛍光灯のような強い光で覆われた。精霊は人に害を与えるような存在ではないし、本人も心地よさそうなので問題ないのだろう。
「魔素の濃度は通常地下に行くほど強くなるというが……ここも相当のようだな」
「そのようですね。私の魔力も既にかなり回復しています」
リザも魔術を使い続けていたので相応に消耗しているはず。氷耐性を引き上げる魔法薬を服用していたので、魔力回復薬は使えなかったはずだ。それなのに既に回復しているというのは、魔素濃度が相当なレベルだと思って良いだろう。
魔法薬は一度に複数使おうとすると、体が拒絶して正常な効果が発揮されない。他の魔法薬を使用していると魔力回復薬が使えないのだ。俺は耐性スキルがあるから、魔力回復薬が使えるんだけどな。
メルキオールに従って水晶の泉を進んでいく。
すると足元に水が溜まっている場所に到達した。文字通り、水晶の泉か。足元を埋め尽くす大小様々な水晶石。時に人の頭ほどの巨大な水晶石も転がっている。
更に進んでいくと泉から、もうもうと白煙が立ち上っているのが見えた。触れてみると、水が温かい。温かいと言うより、熱いくらいだ。水ではなく湯だ。泉じゃなくて温泉なのか。
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