第227話 青の回廊 再び
「皆よく来てくれた。これは僅かばかりだが、私から支援だと思って受け取ってくれ」
同一のフード付きローブを深く被り、口元を覆った10人の集団がレイシの農場にある小屋の一つに集まった。屋内へと通された集団は、それぞれにフードを外して素顔を晒す。
「ありがとうございます。使わせていただきます」
差し出されたのは今回の任務のために用意した魔法薬の数々と、食糧や野営に必要となる物資だった。質で言えばリザのほうが良いものを作れるのだが、数があって困るものではない。ありがたく受け取っておこう。けっこうな量があるので、物資はアルドラの収納に放り込んで置くことにした。
「巫女の準備が整い次第、出発ということで良いかね?」
「ええ、問題ありません」
「そうか、それでは行程について最終的な確認をしよう」
俺とリディルさんは昨晩から地図を何度も読み直し、情報のほとんどは頭の中に入れてある。突入の準備は万端だ。
依頼である巫女の護衛任務、及び海神殺しの依頼はベイル調査隊としては拒否する旨を伝えた。ここにいる人員は各自休暇中の自由行動で偶然に集まったという体裁である。
レイシは疑問符を浮かべながらも、協力してくれるのなら何でも構わないと頷いた。打ち合わせを終えると、侍女を連れだったフルールが部屋へと姿を現した。
「ミスラ族の祭儀を賜る、巫女フルールでございます。此度の護衛任務、皆様方よろしくお願い致します」
露出のない巫女特有の衣装をまとい、顔は薄布で覆われているので表情は見えない。彼女は素顔を晒すことなく、調査隊への挨拶を終えた。
布越しだが視線があったのを感じる。だが特別な反応は無かった。別に何かを期待していた訳ではないが。
友人かと問われれば、少し悩むかもしれない。付き合いは浅く、俺は彼女を何も知らない。もちろん彼女にしてもそうだろう。知り合いというのが一番しっくりくる。とはいえ少しの間でも言葉を交わし、危険を乗り越えたこともある仲でもある。
しかし俺の記憶にある彼女とは、今日は少し雰囲気が違うか。今まで聞いたことのない抑揚の少ない落ち着いた声が、もしかしたらそう感じさせるのかもしれない。お茶と菓子を振る舞ってくれたあの時とは、ずいぶんと印象が違う。これが彼女の仕事の顔という奴か。
巫女との合流を果たした俺たちは、追跡者を警戒しつつ島内にある青の回廊への入口へ移動した。
普段は島の者でも近づくことのない場所だ。その存在でさえ知る者は少ない。追跡者が居ないなら、ここから遺跡へ入ったことは直ぐには気付かれないはずだという。
「先行は私が行くから、ジンは後ろでね。お姫様の護衛任務あるんでしょ」
身軽な様子で岩から岩へと飛び移るリディルが、こちらへと振り返り答えた。
「わかりました。よろしくお願いします」
「結界が正常なら、しばらく魔物の心配は無さそうだしねー。斥候の仕事も暇だと思うよ」
隣へと視線を移すと、神妙な面持ちをしたアルドラが並走しながらも周囲の様子に気を配っていた。
「何か気になることでも?」
「いや、何でもない」
探知では特別な異変は捉えられないし、魔眼で見ても何か感じるようなものは無い。とはいえ森人族の直感は無視できないものがあるからな。俺には捉えられない何かを捉えたのかもしれない。
だがそれが何かまでは、アルドラも把握できていないようだった。まぁ、何かあればその都度対処すればいい。嫌な予感がするだけで、足を止めていては何もできないからな。
「巫女様、何かあれば私か彼女にお話しください。できる限りの対応はさせて頂きます」
少し遅れて後方から聞こえるのはリザか。一緒に移動するフルールとミラさんの姿も見える。
「お気遣いありがとうございます」
普段から巫女の世話係をしている侍女たちだが、危険を伴う場所へは当然連れていけるはずもなく、そうした場合に限り巫女の世話係はミスラ戦士団の女性が請け負うことになっているらしい。
だが、海人族以外の者が巫女の護衛任務を受けるのは、知れられる限り今回が初めての事。何かと勝手の違うこともあるだろう。リザとミラさんが率先して補助に回ってくれるというので大丈夫だとは思うが。
まぁ、俺は俺のやるべきことに集中すればいいか。
「ブルーノは何で参加したんだ? 参加するかどうかは自由意志って事だったろ」
背後からキースたちの話し声が聞こえる。
「ミ、ミラさんが参加するって言ってたから……ぼ、僕でも盾になれるかと思って……キース君こそ、な、なんで?」
「ブルーノとレドが参加するなら、俺だけ留守番ってのもな。シアンちゃんが留守番だから、それでも良かったんだけど……まぁ、それはいいよ。そんなことより、言っておくけどミラさんは奴の女だぞ? 勝負したいっていうなら止めないけどな」
いや、いや、止めろよ。あれ、もしかしてミラさん狙ってる奴って、けっこう多い? いや、ミラさんはリザの母ってだけで、俺の女ってわけじゃないんだけど……でも、他の奴に手を出されるのはなんか気に入らない……
「し、勝負? よ、よくわかんないけど、助けてもらったから、今度は助けたいかなって……」
「ああ、ミラさんの治癒か。俺の治癒より良かったか?」
「ん、いや、そんなことは……」
「ああ、いいんだ。俺と同じC級の筈なのに、ミラさんの治癒は評判いいんだよな……」
「……レド君は何で参加したんだろう?」
「反対してたのにか? あれは意外と強くなることに前向きだからな。半分はフィールさんたちが参加するならってことだろ。もう半分はジンへの対抗意識かもしれない。自分より階級低いのに自分以上に強いジンに納得いかないっていう」
「そ、そうなのかな……レド君って、けっこうジン君のこと気に入ってない?」
「あれもなんだかんだ言って強いヤツ好きだからな」
「この辺りだねー。あ、潮溜まりに毒蛇いるから、後続注意ー。時間勿体ないから、すぐ突入するよー」
海岸線に辿り着くと予定通り引潮になっており、海底の岩場が露出する様子が見えた。視線の先に見える海から突き出た岩場が遺跡の入口だ。それぞれに岩場を渡っていくと、潮溜まりに蠢く生物の気配があった。
「え、え、どこっすか? どこ? どこ?」
「レドの足元だけど。ほら、動いた」
「うおおおおおおッ」
岩陰から派手な色柄の蛇がぬらりと姿を現し、レドの股下を抜けて潮溜まりに消えて行った。
「あ、ちょっと待って、皆俺を置いていくなって」
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