第224話 トライデント
黒き魔眼のストレンジャー 精霊の導きと覚醒するブラッドオーブ (2巻) 発売中です。何卒よろしくお願いしますm(_ _)m
レイシの屋敷を後にした俺は、とある場所へと向かっていた。
帰るついでに寄っていくようにと伝えられたのは、海人族の鍛冶師の元だ。彼らにも少ないが鍛冶師は存在する。
人族と交流を深める以前から、海で魚を突く銛などを作っていたらしい。昨今では僅かではあるが鍋や包丁などの調理具から、鍬や鎌などの農具も自分たちで作れるようになっているという話だった。
その中でも今向かっているのはミスラ随一とされる鍛冶師で、唯一ミスラ戦士団の武器や防具を作製している者であった。
「すいません。シガさんはいらっしゃいますか」
指定された場所はミスラ島の北部、海岸線沿いにある小高い丘。眼下に広がるのは、何処までも続く海と波一つない水平線。
海岸線は切り立った崖となり、丘となっている場所も草むらから突き出るように、巨大な岩石が無数に点在していた。そんな中に数件の小屋がまとまって建てられている。
どうやら鍛冶師はこの工房に一人で住んでいるらしい。小屋の周囲をよく見ると、剣や槍が地面に突き刺さったまま打ち捨てられている。試行錯誤の成れの果てだろうか。既に錆が全体を覆っているので使い物にはならないだろうが、捨てるくらいなら売ってしまえばいいのにと思わなくもない。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
何度も呼びかけるも返事は無い。というか人の気配がない。物音ひとつしないけど、本当にいるのか。留守なんじゃないか。
探知スキルを発動させようと、ポイントを移動させたところで怒鳴り声が聞こえた。
「何度もうるせーなッ!!聞こえとるわッ!!」
そういって岩場の陰から姿を見せたのは青い肌に短い白髪、顔に無精ひげを蓄えた痩せこけた一人の老人だった。聞こえてるなら返事くらいしてくれてもいいのではと思ったが、藪蛇かとも思って押し黙り浅く頭を下げた。
老人が手にしていたのは、緑と黄色をグラデーションにしたような奇妙な石。何処か素材の採取に行っていたのだろうか。
「何だ貴様は? 人族がこんなところに、のこのこと……ああー、くそっ、ガキどもめ何が戦士団だ」
俺を一見した老人は、ぶつぶつと何か独り言をつぶやきながら小屋へと入って行ってしまった。
「すいません。失礼します。レイシ様の勧めで参上しました。鍛冶師シガの工房で間違いないでしょうか」
魔眼で本人だと確認済みだけど、いちおう断りは入れておく。
レイシの名前を出したのが利いたのか、やっとこちらに興味を持ってくれた様だ。
「何だと、レイシがここを教えたのか? あの野郎、人族のガキなんぞに……俺をなんだと思ってやがる」
レイシによればシガは腕の良い鍛冶師で、ミスラで武器や防具を作っているのは彼くらいしかいないらしい。若い頃には大陸に渡り、技術を磨くため帝国のドワーフに頭を下げて弟子入りしたこともあるそうだ。
ドワーフは体が重くて泳げない者が多く、そのせいか水を嫌う者が少なくない。船に乗ることさえも良しとしない者が多いらしいく、ミスラ島でもドワーフだけは一度も見たことは無かった。
シガはそんなミスラ島でドワーフの鍛冶技術の一端を扱える数少ない職人なのだ。遺跡に赴くには武器防具の準備も整えるべきだと、ここを紹介されたわけである。
確かこの老人はシダさんの親父さんでもあったのだったな。強い男が好きだと言っていたので、アルドラも連れて来ればよかっただろうか。
「俺は貴様のようなガキと遊んでいる暇はねぇ。レイシだろうが何だろうが、俺は俺の気に入ったやつにしか仕事はしねぇ」
彼はそう宣言した後、こちらへと背を向け作業に戻った。先ほど手にしていた石をハンマーで砕いているようだ。
仕事しながらも、ぶつぶつと何かを呟いている。何かと聞き耳を立てていると、ミスラ戦士団は子供のお遊戯だとか、槍を振り回して遊んでいるだけとか、海人族には漁師はいても戦士はいないとか、ずっと身内をディスりまくっていた。何か相当にストレスが溜まっているらしい。
いい意味でも悪い意味でも昔ながらの職人気質と言ったところか。その辺のことはシダさんからも、レイシ様からも聞いているので驚きはない。むしろ自分の仕事に誇りと拘りを持つのは好感が持てるというものだ。
とはいえ話をまったく聞かないのは困るので、彼を納得させる品を提示することにした。
「こ、これは……この純度、間違いねぇ……」
俺は自らが作成した霊銀のスローイングナイフをシガに渡した。
スローイングナイフは不純物が多く混じるミスラ鉱石を、可能な限りミスリルの割合を多く調整したミスリルナゲットから作りだした石のナイフだ。
持ち手も刃も1つの石から創造で変化させ、掘削で削り出し、溶解で少しづつ溶かしながら研磨したような状態を作りだした。ナイフ自体の価値はF級になってしまったが、それはナイフとしての価値だと思うのでミスリルの割合だけで言えば、それなりのものだと思う。
「加工技術も大したものだが、ここまで純度の高い石は遺跡でも最下層付近まで潜らないと手に入らねぇ。まさかお前が自分で取ってきたなんて、出来の悪い冗談は言わないよな?」
ミスラ戦士団の入団テストは遺跡からミスラ鉱石を拾ってくることらしい。
入団テストでは浅い層で手に入る等級の低いミスラ鉱石で良いそうだが、これはそれを遥かに超える鉱石だと思ったようだ。
実際は等級の低いミスラ鉱石を俺が魔術で加工したものなのだが、説明するの面倒なのでそのまま頷いておこう。
「ミスラ戦士団にここまでの物を取ってこれる奴が何人いる?……いや、もし手に入ったとして他種族のガキにほいほい渡すか? ありえねぇ、アイツらもそこまでの馬鹿じゃねぇはずだ。それにこの美しい加工技術。ドワーフの技か? くそっ、俺でもここまでの技術は……」
一人でうんうんと悩み唸る爺さんを放置して小屋の中を物色する。主に作っているのは槍のようだな。ミスラ戦士団の連中も槍を使っていたし、彼らの武器はシガが作ったのだろう。
トライデント 魔槍 C級 魔術効果【雷付与 雷球】
壁に立てかけられた三又の槍。戦士団の少年が使っていた物より等級は上だな。一般的にはC級とはいっても、相当な名工でなければ作りだせないと言われているし、腕が良いというのは正しい評価なのだろう。
「おい、ガキ。これに魔力を込めてみろ」
そういってシガが投げて渡してきたのは先ほどの石、ではなくそれを粉砕して粉状にしたものだ。今は硝子の瓶に収まっていて緑と黄色のきらきらとした硝子粉のような輝きを放っている。
「何ですかこれは?」
「いいから、魔力だ。それに魔力を込めてみろ。その石は魔力に反応して液化する希少な鉱石でな。トライデントを作る過程で添加物に使用する。液化するには相当な魔力が必要だが、俺にはそれを絞り出すほどの魔力はねぇ。普通だったらレイシのとこの魔術師に依頼するんだがな」
「へぇ、おもしろい石があるもんですね」
そういったファンタジックなアイテムには興味をそそられる。硝子瓶を軽く降ってみるが、中に見えるのは何の変哲もない石の粉である。これが液状化するのか。おもしろい。
試しにと魔力を注いでみると、硝子瓶の中にあった粉末が一瞬にして液化した。液体は濃い黄緑色のペンキのようで、かなり高い粘度のようである。
「一瞬で……すげぇ」
トライデント 魔槍 A級 魔術効果【雷付与 轟雷 蓄積】
シガが小屋の奥から取り出したのは一振りの魔槍だった。A級といえば国宝クラスの等級だ。大国に1つでもあれば上等とされるほどの希少価値ともいわれている。
「これ、本当に持って行っていいんですか?」
「ああ、貸すだけだぞ。くれてやるわけじゃねーからな。まぁ、俺もレイシから借り受けているだけだから、レイシがお前を寄越したってことは使わせろって意味なんだろ」
A級クラスの魔槍ともなると、相当な魔力を保有していないと扱いきれない代物だという。金に糸目をつけなければ、魔石で補うという使い方も可能だそうだが戦闘用と考えると現実的ではない。
「そうですか。でも、もったいなくて逆に使いにくいですね」
「このクラスの武器になると保護の魔術も強力なのが付与してあるからな。多少は乱暴に扱っても大丈夫なはずだ。限度はあるがな」
ナイフと鉱石の液状化で、俺の能力を察してくれたらしいシガは諦めたように協力的になった。レイシが魔槍の量産化のためにとシガへ貸し出していたA級のトライデント。言い伝えでは海人族がレヴィア諸島へと入植した当時に、この地へと導いた賢者から海人族の勇者に与えたといわれる品で歴史的な価値も凄そうな一品である。
正直言えば槍スキルはあるけど使ったことはないので、いるかいらないかで言えば要らないんだけど、ここでいらないと言うほど俺は空気の読めない人間ではない。日本人は世界一空気の読める人種。ありがとうございますと気持ちよく礼を述べておこう。
「そうだ。貴様なら使えるかもしれんな」
シガに誘われ小屋の奥へと通される。そこには見たことのない魔導具や魔装具の数々が並んでいた。
その中でひときわ異彩を放っているものがある。
竜骨兜 魔装具 B級 魔術効果【視界拡大 警戒 魔力探知】
魚鱗竜の戦闘衣 魔装具 B級 魔術効果【遊泳 潜水 盾鱗】
魚鱗竜のガントレット 魔装具 B級 魔術効果【筋力強化 闘気 体術】
魚鱗竜のレガース 魔装具 B級 魔術効果【脚力強化 軽業 疾走】
魚鱗竜の棘牙剣 魔剣 B級 魔術効果【鋭刃 貫通 猛毒】
部屋の中央、雑然とした中にあっても目立つ存在。鎧立てに掛けられたそれは、今にも動き出しそうなほど強烈な印象を受ける。
「俺が持てる技術の粋を集めて趣味で作った防具一式だ。ただ装備できる奴が居なくて、ずっとここに飾ったままになってるがな」
全身黒一色。艶消しのマッドブラックなのか、落ち着いた風合いを見せている。兜は流線形とでもいうのか、奇妙なデザインだ。視界を確保するようなスリットは確認できない。頭部全体を包み込むフルフェイスのようだ。付与されている効果を見ても、魔術的な何かで見えるようになっているのだろう。たぶん。
ロングコートに装甲を追加させたような胴部分、それに手甲と脛当て。どれもが強力な魔力を秘めた魔装具で、魔眼を通してみるとその内包された力の強力さがわかるというものだ。
魔装具は身に着けると魔力を消耗する。家電製品で言えば待機電力のようなもの。F級程度ならそれほど気にならないらしいが、等級が上がれば上がるほどそれは増大し所有者に重くのしかかる。
全身B級で固めるとなると、その消耗はどれ程のものなのか。
「このリンドヴィルムというのは?」
「おっ、わかるのか」
魔眼で見えただけなのだが、目利きができると思われたのかシガの機嫌が途端に良くなった。
リンドヴィルムというのは亜竜とも呼ばれる竜族の一種で、レヴィア諸島だと北の方の海域に少数生息している魔物らしい。
竜と言うのは魔物の中でも、戦闘力においては最強とされる種族。リンドヴィルムの強さも例外ではなく、翼を持たないので空を舞うことは無いが、その代わり水中戦に置いては他の竜族をも圧倒する戦闘力を秘めているのだという。
数が少なく生息域から出てくることは滅多にないので縄張りに近づかなければ危険という事もないらしいが、戦闘になればクラーケンと同等か人によってはそれ以上の戦力があるとも噂される。
私財を投げうって帝国から素材を手に入れ、趣味で作ったのがこの装備一式らしい。桁違いの魔力消耗故に誰にも装備することができずに、完成してからずっと置物となっている状態だと言う。
「この黒紫の竜革、凄いだろ? リンドヴィルムでも滅多にない希少種のものだぜ。この深みのある色合い。たまらんほど美しいだろう。これを加工できる奴なんざ、ドワーフでもそう多くはいねぇ。俺はこと海獣類の扱いなら、ドワーフどもにだって負けちゃいねぇと自負しているからな」
黒一色だと思ったが、よく見ると紫が混じっているのか。近くで見ると彼の言う深みのある色合いというのが、わかるような気もしないでもない。
興奮した様子で説明してくれるシガに、魔眼で知り得た情報を元に質問してみる。するとよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、シガの熱い説明が始まった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ、評価よろしくお願いします(=゜ω゜)ノ




