第218話 呼び出し
黒き魔眼のストレンジャー 精霊の導きと覚醒するブラッドオーブ (2巻) 本日発売です。よろしくお願いしますm(_ _)m
玄関の方から小さく壁を叩く音が聞こえる。何かと視線を送ると、そこにはやれやれと呆れた表情を浮かべるフィールの姿があった。
「何度も呼びかけたんだけどね。悪いね、お邪魔だったかい?」
「あー、すいません、大丈夫です。何かありましたか」
体を起こし彼女に返事をしつつ、脱ぎ捨てていた上着を羽織った。リザはフィールの存在に気が付くと、彼女と言葉を交わすこともなく自分の衣服を瞬時に手繰り寄せ、慌てた様子で奥の部屋へと消えて行った。
「シフォンの言伝だよ。ウィリアムのところに同行して欲しいそうだ。まぁ、例の話だろうね」
暇を見てとのことだったが、思ったより早く手が空いたのだろうか。隊員たちも財宝の話題には色めき立っていたし、その辺はシフォンさんも似たようなものだったので、気にはなっていたのかもしれない。
「わかりました。すぐ用意します」
フィールはあまり興味無さそうだが、暇だから一緒についていくそうだ。乱れた衣類を整え、リザには部屋のドア越しに出かける旨を伝えた。
「ああ、そうだ。忘れていたよ。ジンにお客さんがいたんだった」
「客ですか?」
フィールがその巨体を除けると、彼女の背後から小柄な少女が姿を見せた。青い肌を持つ海人族の少女だ。視線が合うと彼女は小さくお辞儀をする。俺もつられてお辞儀を返した。
「ジン・カシマ様とお見受けしました。私はレイシ様に使える侍女の一人、ユナと申します」
ユナ・ミスラ 侍女Lv18
海人族 20歳 女性
特性:流動 皮膚感知
スキル:槍術E級 水魔術E級 風魔術C級
身を包んでいるのは、貴族の邸宅なんかで見かけることができそうな侍女服。彼女の姿を見ると、何時だったかミューズの市場辺りで出会ったスナさんの事を思い出すな。
「主の言付けでジン様をレイシ様の館までお連れするようにと仰せつかりました。宜しければご同行お願いできますか」
レイシ・ミスラ。巫女であるフルールの祖父で女王の父親という人物だったか。
この首飾りを俺にくれた人でもあるし、クオンさんが世話になっている人でもある。ミスラ島の有力者の1人というわけだ。
呼びつけるということは、何かしら用事があるってことなんだよな……挨拶しに来いよって話とは違うのだろう。たぶん、先日の襲撃事件の事かな。
面倒ごとになりそうな気がしないでもないが、ひとこと挨拶をとは思っていたので丁度いいかもしれない。顔でも出すだけ出してくるか。面倒ごとだった場合は丁重にお断りすればいいのだし。
フィールに事情を話すとシフォンさんへは彼女から説明しておいてくれるそうだ。今日の事は仕事ではないし、ウィリアム氏へは話は通してあるので、俺が居なくとも問題にはなるまい。
フィールさんも大丈夫だろうと言ってくれているので大丈夫だと思うことにする。それにシフォンさんは日頃から“島民とは良好な関係を”と言っていることだし、島のお偉いさんの呼び出しを無視するわけにもいかないよな。
「わかりました。お伺いしましょう」
ユナの先導でレイシの屋敷を目指す。屋敷は北の方にあるそうだ。道すがら島の居住域を抜けていくと、何やら住民たちの賑わいを感じる。
「海神祭が近いですから。皆浮かれているのでしょう」
海神祭はレヴィア諸島を庇護しているという海神に感謝を伝える祭事。海神の庇護があるお陰で、この海域では魔物の異常発生が起こらず島民は平和に暮らして行けるのだという。レヴィア諸島の全域で魚が年中豊漁なのも庇護のお陰なのだとか。
「みんな楽しそうですもんねぇ。まぁ、異常発生がないというのは安心にも繋がるのだろうし、浮かれるのも仕方ないものなのかな」
島民からすれば年に一度の最大の娯楽っていったところか。羽目を外すのもわからなくはない。この世界の都市は魔物の襲撃に備えて城壁を築くというし、そういった憂いがないだけでも住む人にとってはかなり違うものなんだろうな。そのあたりの感情は俺にはわかりづらいところではあるけど。
「…………」
浮かれる島民をしり目に、ユナは険しい表情のままに足早にその場を駆け抜けて行った。
風魔術で強化された彼女の歩行速度はかなりのものがあった。上体はあまり動かさず、地面を滑るように進むのだ。たぶんエネルギーのロスを小さくする走り方なのだろう。レベルこそ高くはないが、持ち前の魔術には使い込まれた技術があるようだ。
追走すること約30分、森を抜けると延々と広がる畑が姿を現した。こんな場所があったのか。島で初めて見た光景かもしれない。手入れの行き届いた畑には青々とした葉が生い茂り、背丈の短い植物が辺り一帯を埋め尽くしている。
青豆 植物 E級
青豆、もしかしてこれ大豆か。実は付けていないようなので、俺の記憶にあるものと同じかどうかはわからない。畑の管理者に確認してみるか。これだけ広い畑があるのなら種蒔き用の種子も十分に保管されているのだろう。頼んだら分けて貰えないかな。もしも大豆だとしたら、もしかして味噌とか作れるんじゃないか。ああ、まぁ、俺は作り方知らないんだけど。
「なぁ、ユナこの畑って――」
夢中になって畑を眺めていたら、ユナは遥か先まで進んでいた。慌てて呼び止めるが、彼女はそのまま行ってしまった。客を置いていくなよ。
盗賊の地図で現在地を確認すると、周囲に広がる耕作地帯といくつかの建物を確認できた。たぶん一番大きな建物が目的地だろう。違ったとしても誰かいるだろうし、そこで人に聞けばいい。それより畑の方が気になる。
ざっと調べただけでも20種類以上の作物が育てられているようだ。どれもベイルでは見かけないものばかり。名前に見覚えがあるのは青豆だけだったが、他にも気になるものはいくつかあった。まさか勝手に掘り起こして調べるわけにもいかないので自重したが、これは早急に確認しなければなるまい。
畑に夢中になっていると、ここへきた目的を思い出した。そうだった。うっかりしてたわ。
徐に立ち上がり、歩き出そうとしたところで耳元で男の声が聞こえた。
『私の自慢の畑なんだ。ここまでにするのに苦労したもんだ。どうだい、なかなかのものだろう』
咄嗟に周囲を見渡すも、人影は見当たらない。この感じ、念話のような魔術なのだろうか。
「ええ、驚きました。海人族も耕作をしたりするんですね」
『海人族には元々そういった文化はなかったのだかね、人族に習ってぼちぼちと始めた所さ。まだ試行錯誤といったところだけどね。色々な種を手に入れて、ここで実験的に育てているんだ。何れは必要になるものだからと思ってね』
こちらの言葉にも反応できるとは、遠くの人と会話できる魔術か。なんだよそれ滅茶苦茶便利じゃねぇか。凄い欲しいんだけど。
「貴方がレイシ様ですね。挨拶が遅れまして申し訳ありません。ジン・カシマと申します。首飾りの件はありがとうございました」
『いやいや、礼を言うのはこっちの方さ。それに君のことはクオン君から聞いているよ。なかなか面白そうな人物だとね。それはともかく、こんな場所で話していても仕方がない。屋敷の方へ案内したいから、このまま道なりに進んでいってもらえるかね』
「ああ、はい。わかりました」
『ユナ君が置いて行ってしまったんだね。悪いね、あの娘は少しせっかちなところがあるから』
「そうなんですか。まぁ、いいですけど」
道中にそれとなく青豆の種子を貰えないかと聞いてみたが、あっさりと了承して貰えた。言ってみるものだな。ついでにと他のめぼしい植物の種子も譲って貰うことにした。無料でくれるとは気前がいいな。
『クオン君が刀を見せただろう? あれはS級に属する神刀だからね。普通の人じゃ、その価値は見いだせない。それを看破するとはなかなか面白そうな能力を持っているとね』
魔眼の能力を気付かれたのか? 特に反応は見せていなかったと思ったけど。
『竜人族が持つ竜眼は相手の生命力を見ることができる特性だと言われていてね。君の何かしらの変化を感じ取ったのだろう』
「竜眼ですか」
『状態変化や感情の起伏、怪我の有無など色々わかるらしいよ。あ、そこの青と白の建物ね。その脇を抜けて先へ進んで』
「あ、はい」
竜眼か。相手にするとなると強力な能力のようだ。まぁ、竜人族なんてクオンさんくらいしか知らないんだけど。とりあえず、敵対しないほうがいい種族だと覚えておこう。
『広場の手前に大きな木が見えるでしょ? それ登ってみて』
「え、木を登るんですか? 何で?」
『いいから言われたとおりにする』
「は、はぁ」
有無を言わせないレイシの物言いに、意味もわからず従ってみる。悪人ではないようだし、何かしら意味のある行動なのだろうと信じよう。
木を登ると向かいの建物の窓が正面に見えた。そこに見える人影。どこかで見た覚えがあると思ったらメイドさんだった。
聴覚探知 発動
「ちょっとスナ、最近胸大きくなったんじゃない?」
「ええ? そんなことないと思いますけど」
「ねぇねぇ、あの人とはどうなの? けっこう仲いいみたいじゃないの」
「あの人って?」
「とぼけちゃって~、もう、ほらっ、竜人族の男の人だよ」
「ああ、クオンさんね」
「そうそう、で、どうなの?」
「どうもこうも、ありませんけど……」
「あれれー、スナちゃんってば、とぼけちゃうんだー。よーし、それなら力尽くでも白状させてやるっ」
「ちょ、ちょっと、どこ触ってるんですかっ、やだっ、ちょっと変なとこ触らないでくださいっ! ちょっと、やだっ、もうーーーー」
目の前で二人のメイドさんの生着替え&百合百合しい絡みが展開されてるんですけど……
これを俺に見せてどうしろと??
『あ、すまん。間違えた。違う部屋だったわ』
途方に暮れる俺の頭の中にレイシの慌てた声が響いた。
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