第180話 吸血姫
妖魔の1種に吸血鬼と呼ばれる種族がいる。高い知性と高度な擬態能力を持つ魔物だ。
彼らは人の生き血を食糧とするため、人になりすまし人里で生活をおくる。強力な能力を持つ恐るべき魔物だが、その反面繁殖能力が低く全体の数は少ないと言われている。
だが例外的に吸血鬼を増やす方法がある。
それは繁殖とは異なるが、吸血鬼という種を増やす1つの手段。
吸血した相手に吸血鬼の血を流し込むことで、相手を吸血鬼化させる。これは相性の問題もあり必ずそうなるわけではないのだが。
ロゼリアは母から精霊と神器を受け継いだ。ヴァーミリオン紅国の王都ローズが陥落した100年前のあの日に。
彼女の母は密かに手に入れていた吸血鬼の血をロゼリアの体内に注ぎ、吸血鬼化させ王都から逃がしたのだ。
全ては彼女を生きて逃がすためだった。
その日からロゼリアは定期的に生き血を欲する体になってしまった。
老化も止まり、姿が変わらないので長く同じ土地に留まることも難しくなった。
帝国領では吸血鬼は忌み嫌われている存在。吸血鬼化しているとわかれば、どうなるかは簡単に想像できる。
帝国領の各地を転々と移動し、身を隠して生活する日々が続いた。
見知らぬ土地へ行く勇気はなかった。
吸血鬼となり身体能力は大幅に向上したが、もとは北方にある田舎小国の王族の娘。たった1人で野に放たれ、生き延びる知識も技術もなかった。
長年ハイドラ帝国の属国となるのを拒んでいた末の結末。
下手に丈夫になってしまった自分の体を呪いつつ、母の最期の願いを思い出す。
“生きて”ただその思い出だけが、ロゼリアに生きる活力を与えた。
そんな中で出会ったのが放浪の魔術師、エルフのシェリル。
彼女の提案で人間に戻る方法を探す旅を続けた。エルフの秘薬を研究し、他の様々な文献、資料をかき集めた。奴隷だったダークエルフを手に入れ、その独自の魔術知識を得た。あらゆる状態異常を正常な状態へと戻す“完全な万能薬”を作成するために、サンプルとして世界中の魔物の肉体を集めた。薬の材料にするためだった。
魔素の濃い領域は強い魔物の縄張りであることが多い。
あらゆる魔物をサンプルとして集めるには、相応に強さと人数が必要になった。
魔素の濃い領域というのは、魔物の世界であると同時に精霊の世界でもある。そういった場所では精霊使いの能力は非常に有効な力になる。
ロゼリアは自分の目的を達成するべく、後先を考えず強者を求めた。
凶鮫旅団は数を揃えるために無法者が大部分を占める。
帝国は支配地を広げるために各地で戦争を続けてる。今は停戦しているだけのところも多い。その影響で村を焼かれ畑を焼かれて住む場所を失った人が、職を求めて帝国内部に移動してくるのだ。しかし、そんな彼らの受け皿があるわけでもなく、多くの人が盗賊などに身を落とすことになる。
義務教育などない。10までしか数えられないとか、自分の名前くらいしか読み書きできないという人もかなり多いのだ。
今まで畑仕事しかしてこなかった人はそれでもよかったようだが、急に別の仕事を探すとなると簡単にはいかないのだろう。
もちろん住む場所を追われたストレスなども尋常ならざるものがありそうだ。
凶鮫旅団はある意味1つの受け皿ということになっていた。規律はないに等しいのだが。
豪華な調度品が並ぶ部屋の中央に、白い陶磁器にも似た湯船が鎮座していた。
たっぷりと注がれた湯からは湯気があがり、僅かに忍ばされた香料が良い香りを蒸気の中に含ませる。
部屋の主はこの時間を何よりも楽しみにしていた。
「それで、あの子どうするつもり?」
部屋壁にもたれるように立つ青白い髪の女が疑問の声を上げた。
「どうって?」
女は湯船に身を沈ませて答えた。冷えた体を芯から温めてくれるようで、思わず眠気に誘われる。
「捕まえてどうすのかってことだよ。傀儡にするなら、さっさとすればいいだろう」
はぐらかすような態度の少女に、女は僅かに苛立ちを覚える。
「できれば穏便に進めたいな。傀儡にするなんてもったいないだろう。あんな強力な精霊使いは滅多にお目にかかれないのだぞ」
精霊の加護を受けているものを俗に精霊使いと呼ぶ。
とはいえ、その恩恵を強く受けられるものはそう多くはない。
精霊の強大さはおおよそ見た目で判別できる。ロゼリアに加護を与えている大梟の姿を形どった精霊は他に類をみないほど強大な存在だ。
しかし、それと同等か、もしくはそれ以上の存在がこの世にいることを彼女は初めて知った。
人型の精霊など初めて聞いた。それにあの存在感。上位精霊と呼んでいい存在だろう。
「じっくりと親睦を深めようではないか。夜は長いのだ」
ロゼリアの特性である魅了は、同性異性に関わらず効果を発揮する。
それは効果の及ぶ範囲の人の意識を強烈に引き付ける効力がある。彼女の言葉、所作、視線に人々は引き付けられる。
周囲の視線を一心に集める能力、それが魅了である。
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