第172話 フィッシャーマンズ・パーク3
皆の元へ帰ってきた俺が聞いたのは、静まり返る場内と男の怒号だった。
「なんだこの店は、人間様に生ゴミを食わせるのかッ!」
上半身裸、腰に魔獣の毛皮を巻き、革ズボンにグリーヴといった装いの大柄の男。
広い肩幅、白い肌、金髪碧眼。髪の半分は刈り上げて、もう半分は長いアシンメトリー。
叫ぶ男の周りに護衛のように立つ男たちも、軒並みでかい。アルドラより上背があるかもしれない。巨人かよ。
クオンさんも大きな人だったが、この島にはデカイ奴が集結する何かがあるのか。
アルドラも今では見慣れたが彼でさえ2m弱あるからな。
「何かあったのか?」
俺は小声でリザに問う。
「人族の無法者が騒いでいるようです」
彼女は呆れたように応えた。
「やれやれ、困ったものじゃのう」
アルドラからすれば躾のなっていない子供が店で暴れている、といった具合だろうか。
シアンは場内に漂う悪意に萎縮しているようだ。
隣にミラさんがいるので問題ないのだろうが、その表情が痛ましく俺はたまらず彼女の頭を優しく撫でる。
「まったく、飯くらい静かに食えないもんかね?可愛い店員さんに、旨い酒と旨い魚がある最高の店なのにな」
俺が残念だと嘆くと、シアンもそれに同調した。
「はい。私はみんなで楽しく食べるのが好きです」
「俺もだ」
シアンは不安な表情を消し、笑顔を見せてくれた。彼女に暗い顔は似合わない。
女の悲鳴と何かが砕ける音が聞こえたのは、その直後だった。
「この俺に腐ったモン食わせようとは、いい度胸じゃねぇか。覚悟は出来てるんだろうな?」
「申し訳ございませんお客様、それはヌルという古くから伝わるミスラ伝統の料理なのです。決して傷んでいる訳ではございません。1つ食べてもらえばわかるはずです」
「ゴチャゴチャうるせぇよ。誰がこんなクセー生ゴミ食うんだよ?イカレてんのかテメェは?妖魔崩れが。生魚食ってる獣同然のお前らが、人間様の言葉を使うんじゃねぇ」
床に転がされた女店員に、蔑んだ視線を送る人族の男。
彼の種族差別の言葉が、周囲の海人族たちの憎悪を何段階も引き上げたのは明白だった。
場内に緊張感が生まれる。
鋭敏な直感を持つアルドラたちは、互いにそれをひしひしと感じ取っていた。
子供の姿で居たアルドラの魔力が変質していく。
手のひらに魔力を集め、魔剣を呼び出そうというのだ。
「待て、騒ぎを起こすなって言われているだろ」
「放っておくのか?あの娘、危ないやも知れぬぞ」
若い女店員はアルドラにしてみれば幼子も同然なのだろう。子供に甘いアルドラは、特にちからを持たない弱者の味方だ。あの状態を放置しておくことなど出来ないのかもしれない。
俺は迷っていた。英雄気取りでこの揉め事に首を突っ込めば、盛大に面倒事に巻き込まれる。たぶん100%。それにシフォンさんの忠告もある。
だが、このまま店を出るというのも気が引ける。それに、リザやシアンにかっこ悪いところを見せたくはない。
しかし、あの騒いでいる男も騒いでいるだけで、そうそう無茶はしないのではないのだろうか。
いわゆるクレーマーって奴だろう。何にでも文句をつけたい奴というのは、どこの世界、業界にも少なからず存在するものだ。
「ッッ――!!」
床に這いつくばる女店員が、男に顔を蹴り飛ばされた。
金属のグリーヴが鮮血に染まる。
床に赤い血が広がった。
「ハハハッ!青肌なのに血はいっちょ前に赤いのか!」
ああ、駄目だこいつ。ダメな奴だった。この世界の男たちって、本当に馬鹿野郎が多いよな。
魔力が膨れ上がり、アルドラの姿が一瞬にして大人の姿に変化した。
「止めるのか?」
アルドラの怒気を含んだ低い声。
「止めるかよ。でも魔剣はやめとけ。殺しはだめだ」
「よかろう」
アルドラは振り向かずに低い声で答えた。
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