第173話 フィッシャーマンズ・パーク4
その男は長い銀髪に碧眼を持ち、特徴的な長耳にエルフとしては珍しく、歴戦の戦士の如き引き締まった肉体を持つ美丈夫であった。
傍若無人な振る舞いを続け店内の一角を占拠する男たちへと近づくと、今も床に倒れ込む女性との間に割って入る。
おそらく男の座る位置、まわりとの距離感、その振る舞いからこの男がリーダー格のようだ。
「小僧ども、ここは皆で楽しく飯を食う場所じゃぞ。暴れたければ外へ行って暴れてこい。皆の迷惑じゃ」
戦闘時に装備する革鎧などは収納に収めており、今その身に付けているのはベイルで成人男性が一般的に身につけるような普段着だ。
武器も収めているので、威圧的な要素は一切ない。
穏やかな口調ではあるものの、上からの物言いに男たちは不快感を顕わにする。
「……あァ、何だテメェは?」
座ったままギロリと睨みあげる男に、アルドラは涼やかな視線で応える。
「わしの直感では相応の戦士だとお見受けしたが、このような弱者に力を振るうなど疎かな行いだとは思わんか?戦士であるならば強者と見えてこそ、己の格を示せるというもの。貴公ほどの武人であれば、それがわからぬハズがなかろう」
薄ら笑いを浮かべた男の側近が、背後からアルドラに近づいて行く。おそらく彼を拘束するつもりなのだ。
ただ彼はそのような浅はかな手に気づかぬ男ではなかった。後ろを振り返ることもなく絶妙な間合いで裏拳を放つ。
「ぐッぁ――」
男は短いうめき声を残し、そのまま床へ転がる。
正面に座る男の眉が僅かに動いた。そして男はゆっくりと立ち上がる。
それが意外なことだとでも言うように、周囲に存在する彼の取り巻きたちからざわめきが起こった。
「確かに。戦士は勇敢たる者、強者とまみえてこそ真価が問われると言うものだ」
男が右手を差し出すと、アルドラもそれに応じた。
アルドラよりも頭ひとつ分大きな男は、その体格からして周囲を圧倒している。
その男を見ただけで、誰しもが萎縮し敗北してしまう。そんな圧力を撒き散らすような者であった。
がっしりと強く握られた手が、骨を軋ませ異音を奏でる。
男がにやりと笑いかけると、アルドラの手を握る力が一層に強くなり遂にソレは限界を超えた。
異常な握力によりアルドラの拳は、無残にも握りつぶされる。
「ぬうッ」
「くくくッ、戦士どの、随分と弱々しい拳なのだな。力加減を誤って砕いてしまったぞ。これではケツを拭くのも苦労するであろうな」
周囲の取り巻きから笑い声が巻き起こる。なかには軟弱なエルフのくせに戦士の真似事か。といったような嘲りの声も聞こえた。
「なるほど、恐るべき怪力じゃのう。まるで巨人を相手にしておるようじゃ」
アルドラの言葉に男の表情が僅かに曇る。
「ふん。叫び声を上げなかったのはたいしたものだが、どこまでその減らず口を言っていられるか。――試してやる」
男の拳に魔力が集まる。
「凶鮫旅団、一番隊長レイド・アーチ。お前を殺した男だ。覚えておけ」
獰猛な笑みを湛え、視線をアルドラへと送る。
そのまま攻撃態勢にはいるも、アルドラは防御の姿勢を一切取らず無防備にその身を晒した。
「アルドラ。わしはただのアルドラじゃ。忘れてもいいがな」
氷付与。
冷気を纏った拳が、アルドラの腹の真ん中を捉えた。
「ぐうっ、なるほど。良いな」
衝撃音。
攻撃が直撃したのは間違いない。だがアルドラの体は僅かに揺れただけに留まり、その男の攻撃に耐えきった。
冷気を当てられたアルドラの体に、薄っすらと霜が纏わり付く。
男の様子を見ても手加減したとは考えられない。その感想は攻撃した本人も同様のようで、まさかの事態に表情には動揺の色を隠せないでいた。
「……なんだと?ふざけた野郎だ」
冷静さを装っているが、僅かに声が上ずっている。
手下に無様なところを見せられない。そういった感情もあるのかもしれない。
ただ間違いなくその瞬間、レイドの意識が僅かに揺らいだ。アルドラはそれを見逃さなかった。
「良い才能だと申しておる。武人として鍛錬を怠らなければ、更なる高みも目指せるだろう。精進するが良い」
言葉を紡ぐと同時に、アルドラはレイドの腕を絡め取る。
身を沈ませ相手の懐に入り込むと、腕を引き込みながら男の巨体を背負投げた。
この技は獣人族の友人から教えてもらったもので、当時の自分も散々投げ飛ばされていたと前に語っていた。
一瞬にしてレイドの巨体が宙を舞う。
「なッ!?」
その場にあったテーブルや椅子を巻き込み、勢いよく大の字に床へと叩きつけられた。
激しい破砕音と共に巻き込まれたものは粉砕され、床が人型に大きく陥没した。
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