第146話 転移門
装備を整えた俺達はベイルに片隅にある古い倉庫に来ていた。
「準備はできているようだな。では行こうか」
ゼストが先導し、それにエリーナ女史が追従する。
倉庫はかなり大きなもので、そこかしこに木箱が雑然と積み重ねられていた。
そんな荷の中を縫うように進むと、彼らはある場所で立ち止まる。
どうやら目的の場所に辿り着いたらしい。
俺たちは静かに事の成り行きを見守る。
リザやシアンは興味深そうだ。
ネロはシアンの肩の上で、大人しく従っている。
エリーナが床の埃を軽く手で払うと、懐に収まっていて何かを取り出した。
一瞬見えたそれは、どうも鍵束のようだ。
エリーナが床に触れ何か動作をすると、その刹那光が床に走り奇妙な魔法陣が浮かび上がる。
これも魔力回路というやつか。
次に気がついた時には地下へと続く階段が姿を表していた。
狭く暗い階段を降りる。
それぞれに灯火の魔導具を備えているが、足元は暗かった。
地下へと続くこの階段は、上がったり下がったり時に分かれ道になっていたりと複雑になっている。
「ちゃんとついてこいよ。正しい道を通らないと罠があるからな」
罠というのはゼストが用意した物ではなく、遺跡の時代のものがまだ機能しているということらしい。
ゼスト曰く洒落にならないくらいの、えげつない罠がたくさんあるそうなので要注意とのことだ。
俺は懐に忍ばせておいた盗賊の地図に視線を移す。
「なるほど、この辺にあるのか……」
盗賊の地図にはしっかりと地図が記載されていた。
この場所もベイル地下遺跡の一部のようなので、倉庫からこなくとも地下から近道で行けるかもしれない。
こんど詳しく調べてみよう。
「なにか言ったか?」
ゼストが怪訝な顔をこちらに向ける。
「いえ、何でも」
そうこうして辿り着いた場所は、地下遺跡の1室だった。
部屋全体が球体という奇妙な部屋だった。四角い石板を貼りあわせて壁にしているのだ。
照明が無いにも関わらず、何故か部屋の中は明るい。
部屋の中心には黒い球が浮かんでいる。
転移門 遺物 A級
「この場所は他言無用で頼むぞ」
そう言ってゼストはにやりといつもの笑みを見せた。
「わかっています」
俺の後ろに大人しく控えているリザ、シアン、ミラさんもコクコクと頷いた。
詳しい説明はされていないが、ここが重要な場所であることは彼女たちにも理解できたようだ。
「わしも初めてきたな。ベイルにこんな場所があるとは」
黒い球を見つめるアルドラが呟く。
「アルドラがベイルを去ってからだよ、この場所を見つけたのは」
大森林の遺跡研究は古い時代から行われていたようだが、ベイルの地下遺跡が発見されたのはそれほど古い話ではないようだ。
エリーナが壁面の一部に触れ、何かを操作している。
様子を覗こうと思ったが、何をしているのか見当がつかない。俺が作業を見ても情報は得られ無さそうだ。
こういったことに専門的な知識があるやつがいれば、わかるかも知れないが。
作業の時間を待っていると不意に地面の一部がせり上がってくる。
金色の四角い柱。表面には何か文字が彫られている。俺には読めない文字だ。
「さて、魔石は用意してきたか?」
アルドラを幻魔石へと姿を戻した。
幻魔石はアルドラの本体でありながら、魔力を貯めこむ事ができる魔晶石でもある。
「なるほど、流石はS級の魔晶石だ」
俺は幻魔石をゼストに手渡す。込められた魔力の大きさに彼も納得した様子だった。
アルドラにはこの一週間、大人しくしておくように言ってある。魔力の消費を抑え回復に務めている手筈だ。
金の柱の上部に幻魔石を近づける。石と柱の間に放電のような現象が起こり、魔力の粒子が放出された。
幻魔石に内包されている魔力が、柱へと注がれているのだ。
「……大丈夫なのか?」
「問題ない。魔力を吸収しているだけだ」
魔力が尽きた幻魔石を受け取る。
「まだ、足りないようだぞ」
続いて俺が柱に触れる。
「おぉ……」
手のひらから、放電が起こり魔力が奪われていく。まるで体の中身を、掃除機で吸い取られていくような感覚だ。
半分ほど消費した所で、シアンとミラさんが柱に魔力を注いだ。
そこで魔力は十分供給されたようだ。結局魔石は使用しなかった。
「魔石は腐らないからな。必要ないなら売ればいいだろう。取っておいて値が上がった時に売るのでもいいしな」
ルタリア王国での魔石の供給源は、ザッハカーク大森林がほぼ全てを担っている。
活動期なら魔石も手に入りやすいが、停滞期になれば流通が滞る可能性がある。その場合は外国からの輸入に頼ることになるのだが、大概の場合値段があがることは避けられないそうだ。
念のためとC級の魔石は10個用意したが、今は売らずに取っておこう。
使いみちが無いわけでもない。