第145話 黒衣の聖女
シアン曰く同調を使われるのは、服の中に手を突っ込んで弄られる感覚に近いそうだ。
相性が良い。というか、許容できる相手であれば問題ないようだが、そうでない相手であれば即座に拒絶することを選ぶという。
シアンからも同調を使って貰っているので、彼女の言わんとしていることは何となくは理解できる。
どうも感覚的に使うスキルであるため、何度も使って慣れるしか無いようだ。チャンスが有れば魔物にも積極的に使って相性の良い奴というのも探してみたい。
真夏のルタリア王国は日中40℃近くになることも珍しくなく、北国育ちの俺には厳しい物がある。
それ故、日中は涼しい地下で過ごすことを選んでしまうというわけだ。
約束の日まで魔術やスキルの検証をしたり、魔術修得のために魔導書を読んだり、剣術、弓術、槍術の訓練をしたり魔石屋を巡ったりして過ごした。
約束の日の前日リザが出かけるというので、それに同伴することにした。
「傷薬のC級が出来ましたので、いつも卸している所に置いてこようかと思っています」
自分たちで使う必用な量は既に確保しているそうだ。
しばらくベイルを離れるということもあって、得意先への挨拶という意味もあるのだろう。
貧民街は平民が暮らす区画である。
市民権を持つ者が暮らす市民街と比べると、あらゆる部分でみすぼらしいと言わざるをえない。
通常であれば都市に居住できるのは市民権を持つ者だけとされているが、この自由都市ベイルでは条件さえ満たせば平民でも壁内に暮らすことが認められた特殊な街であった。
そんな貧民街のとある1角に、その場所はあった。
「……ここは?」
初めて訪れる場所だが、ここがどういう場所かは知っていた。
「貧民街の女神教会です。正確にいうと用があるのは教会の方ではなくて、隣の孤児院のほうなのですが」
ベイルにある幾つかの教会には、孤児院が併設された場所がある。
ここは、その1つだ。
教会の建物はアルドラの村で見た作りとよく似ていた。
「エリザベス様」
塀を超えて敷地に入ると、年配の女性が声を掛けてきた。
服装から教会の関係者だろう。
修道士Lv26
リザはお辞儀をして、それに答えた。
「いつも孤児院のためにお薬ありがとうございます。今日はどういったご用件でしょう?まだお薬の補充には早いと思いましたが……」
「ええ、実は……」
リザは持ってきた薬の包みを渡し、修道士の女性に事情を話した。
「そうでしたか。お仕事なら致し方ありませんね。子供たちも寂しがると思いますが……」
この孤児院は妖精種、つまり亜人の子供たちが暮らしている。
薬師ギルドから必用な薬は購入しているらしいが、薬は高額で亜人の孤児院は何かにつけて後回しにされるので、リザが安く薬を回しているらしい。
リザが修道士の女性と何やら話し込んでいる間、俺は木陰で休むことにした。今日は特に日差しが強い気がする。
「暑い……暑すぎる。よくリザは平気だなぁ……体温調節の魔装具を仕込んでいるとはいえ、この炎天下でコート着てるんだよな。シアンもそうだけど肌とか全然乾燥してないし。もしや、エルフの血に何か秘密があるのだろうか?……それにしても暑い。俺の魔装具壊れてるんじゃねぇかな……」
大木を背に項垂れていると、こちらに近づいてくる魔力を感じる。
「お兄ちゃん何してるの?」
現れたのは1人の少女だった。
「お兄ちゃん、次!次見せて!」
「私、うさぎがいいー。うさぎのやり方、また見せて」
「きつねは?きつねは、どうやるのー?」
いつの間にか俺は、褐色の幼女(集団)に囲まれていた。
「わかった、わかったから、ちょっと落ち着け!」
灰色の髪に金色の瞳。彼女たちはダークエルフと呼ばれる者たちだ。
孤児院の敷地内で死にかけた人がいると、心配した幼女が俺に水を差し出してくれたのだ。
俺はお礼にとうろ覚えの手影絵を見せてやったら、意外と好評でこの有様である。
「ジン様、大丈夫ですか?」
話を終えたリザが足早にやってきた。
「あー、ちょっと助けてくれるか?」
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「お兄ちゃん、ばいばーい!また遊んでねー」
満足した幼女たちが孤児院へと帰っていく。
「ちょっと目を離したら、ジン様は……」
そっぽを向いてリザが呟く。
「え?いや、違うよ?あれ?なんか変な誤解を生んでない?」
「たぶん誤解ではないと思います」
リザはきっぱりと言い放つ。
そうこう話していると、敷地の入り口で人が賑わっているのが見えた。
誰か客が来たらしい。
神殿騎士Lv34
神殿騎士Lv37
神殿騎士Lv42
そこに現れたのは綺羅びやかな軽鎧、騎士服に身を包んだ集団であった。
如何にも騎士っぽい奴から、普通の市民っぽい格好だが中身は騎士って奴まで様々いる。なんか物々しい雰囲気だ。
探知を使ってみると敷地外にもいるようだ。
おっと、あんまり使わないほうが良いかもしれない。外を彷徨く連中の動きに変化があった。警戒されたか?
「ジン様、聖女様です」
リザがそっと耳打ちする。
綺羅びやかな騎士服の集団に囲まれた中心、その中に黒衣の聖女が佇んでいた。
先ほどの年配の修道士と話し込んでいるようだ。
まるで喪に服しているように全身黒い服を着ている。露出の全くない服だ。長いドレス、長い手袋。
顔もベールで覆われていて、その素顔を見ることは出来なかった。
この炎天下で暑くないのだろうか。
と思ったら、聖女は修道士と分かれこちらへと近づいてくる。
彼女は1人の騎士を追従させ、俺達も目の前で立ち止まった。
「貴方ですね、孤児院に質の高い薬を提供してくださっている薬師様は」
聖女がベールを外して、にこやかに微笑む。
少し影のある印象の美しい大人の女性だった。エルフと似た長い耳。灰色の髪に褐色の肌、金色の瞳。
この人が聖女か。
「あっ、はい。ですが、大したことはしていません。自分たちで使う過剰分を提供しているだけなので」
この施設にはダークエルフの子供の他にも、ハーフエルフの子供もいるらしいので、リザがここへ通う理由はその辺りにあるのかもしれない。
「自分たち?」
そう言って聖女は、俺の方へ視線を送った。
思わず会釈で答える。
後ろの騎士に一瞬睨まれたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「なるほど、冒険者でしたか」
状態:認識阻害
認識阻害の魔術効果は①ステータス鑑定の妨害、②顔を隠すことで種族性別の判断を阻害といったものだ。
故にリザも街を歩くときは、余計な者に絡まれないように常に顔を隠している。
この聖女様のステータスは、俺の魔眼でも鑑定が出来ない。
どうやら、かなり強力な魔術が働いているらしい。
状態:認識阻害
後ろに控える騎士も同様か。
装備を見る限り他の騎士と同質のようだが、おそらく実力は段違いなのだろう。
勘だがそんな気がする。
「メリッサ。そろそろ時間だ」
後ろの騎士がぶっきらぼうに答えた。
「ええ、わかったわ。ごめんなさいね、もう行かないといけないみたい。また会いましょう、可愛い薬師様と若い冒険者さん」




