第130話 ゴブリン盗賊団8
リザから聖油を受け取り、それぞれの得物に塗っておく。
魔を払う力があるとされる聖油は、武器に塗れば死霊に対して有効なダメージを与えられるようになるのだ。
リザが脚力強化を付与してくれた。
効果時間は短いが、ないよりはいいだろう。
「3人は入り口で待機してくれ。ゴブリンや他のグールが接近してきた場合の対処を頼む。無理はしなくていい、危険を感じた場合は自分の身を最優先で守るように」
「わかりました。ジン様もお気をつけて」
「よし、行くか。アルドラは右から、俺は左からだ。手前の体の大きい方を頼む」
「うむ」
視覚に頼らず対象の魔力等を感じて襲ってくるグールに隠蔽は必要ない。
合図をして、互いに部屋に侵入した。
散乱した物資の様子から、この部屋は武器庫のようだ。
隠密、奇襲で一番手前のグールに先制攻撃を仕掛ける。肩口から脇腹へ、袈裟斬りにその灰色の体を両断した。
アルドラに視線を送ると、一瞬でもう一体のグールに詰めより串刺しにしていた所だった。
聖油がどうこう関係ない攻撃力である。
彼は剣先にグールを引っ掛けたまま、奥へと走りこんでいく。
遅れる訳にはいかない。彼が心配とか作戦への支障とかいう話ではない。
未だアルドラには遠く及ばないとはいえ、俺も2ヶ月の間リュカに指導を受けてきたのだ。
『子供に甘い彼とは違って、私の指導は厳しいわよ』
『彼は魔獣や巨人と殺し合いをするのが得意らしいけど、私は人くらいの大きさを斬るのが得意なの。これから先、長く生き残りたいなら絶対役に立つと保証するわ』
『ああ、大丈夫よ。死なないように調整するから。多少の怪我なら問題ないでしょう?だってC級の治療師が側にいるじゃない』
……リュカの指導は本当に厳しかった。
人を斬るのが上手いというのは冗談の類ではないというのが、身にしみて思い知った次第だ。
ミラさんが短時間で治せる程度の怪我で収めるのもすごいが、あのシゴキを受けてトラウマにならなかった俺も十分すごいと思う。
『痛みを伴わないと覚えないでしょう』
あのときは気にしていなかったが、闇耐性が恐怖から精神を守ってくれていた、のかもしれない……まぁ、確証はないが。
レベルの高い方はアルドラが相手をしている。
彼の心配はしていない。むしろ少し強い相手がいて、楽しんでいるようだ。
「オオオオオォォォォォ……」
まるで怨嗟の声のごとく、腹の底から響くような音を放つ死霊の戦士。
身長はアルドラより低いくらいだが、パーツが多いぶん大きく見える。
大剣を2本それぞれ片手で操り、短剣に鎌と武器は多彩だ。
グレートソード 両手剣 F級
ツーハンドソード 両手剣 F級
ダガー 短剣 F級
草刈り鎌 雑貨 F級
武器じゃないのも混じってるが、どれも錆びていたり欠けていたりと損傷は激しい。
まぁ、逆にそんなもので斬りつけられれば、傷口が悪化しそうで怖いというのはある。
認識された状態では隠密は機能しない。しかし、ここのには都合よく物品棚や、捨てられた資材、木箱が散乱している。
「オオオッッ!!」
コープスの力任せの斬撃が振り下ろされる。
飛び退いて回避すると、大剣は床に転がっていた木箱を打ち砕いた。木片が勢い良く弾け飛ぶ。
「まともに受けるのはヤバそうだな……」
コープスの持つ武器には、それぞれに黒いオーラがまとわりついていた。
おそらく闇付与の効果だろう。
嫌な感覚だ。まるで恐怖の魔術がそのまま武器に宿っているかのような感触がする。
俺は闇耐性がある為それほどの脅威を感じないが、耐性のない者には厳しい相手かもしれない。
2本の大剣が嵐のごとく振り回される。
壁を棚を、斬撃が通り深い傷跡を残していく。
俺はその攻撃を掻い潜り、崩れた物資や物品棚を利用して姿を隠し隠密を発動させた。
背後から接近、奇襲を仕掛ける。
「だめかぁぁぁ――ッッ」
四本腕のうち自由になっている短剣が、雷付与されたムーンソードの攻撃を防いだ。
視線はこちらを向いていない。そうだグールは視覚に頼った行動をしないのだった。コープスも同じか。障害物に隠れても無駄なのだ。
更に反撃にと草刈り鎌が振りぬかれる。
腕を掠め血が流れた。
俺は素早く距離をとり、設定を変更することにした。手当たり次第に地面に転がった物資を投げつけ時間を稼ぐ。
雷魔術 S級
探知 C級
耐性 C級
警戒 D級
必用なスキルにポイントを割り振っていく。余ったのは適当でいいか……
「まぁ、相性ってのはあるんだ。それはわかってる。今のは単に選択ミスしただけだ……」
2ヶ月苦労した剣術で無双したかったが、そうもいかなかったか。
剣だけで捻じ伏せられるほど、俺は強くない。く、悔しくない。もともと弱いんだ、そう簡単に強くはならないだろう。
階段は一段一段上がればいいんだ。
まだまだ修行が必要だ……
「それはともかく」
黒いオーラを武器にまとわせたコープスが、殺意を漲らせてにじり寄ってくる。
右手に雷付与。
更に魔力を集中し、練り上げていく。
「オオオオオォォォォォ……」
障害物を乗り越え、魔物は既に目の前だ。
「取り敢えず吹き飛べ」
雷撃 S級
放たれた閃光がコープスを飲み込んだ。
>>>>>
「リザ、シアン悪いけど魔力分けてもらえるか」
「勿論です。お望みのままに」
「はい。兄様」
コープスを撃破するのにS級の雷撃を3発も使用した。
1発撃つのに魔力の溜めが必要なことと、使用後に約30秒ほど待機時間が発生することから、撃っては逃げるの繰り返しという戦闘であった。それでも最初の1撃を与えた後は、目に見えて動きが鈍ったので厳しい戦いというほどでは無かったのだが。
待機時間というのは俺の感覚から言うと、細胞の疲労と考えている。
全身に宿る魔力。そして血に乗って巡る魔力が、魔術を使用するために手のひらなどに一時的に集束し、そして発動。そういった際の肉体に掛かる負担が、無意識に待機時間というものを作り出しているのだ。
「これは単純にコープスの耐久力が高いってことなんだろうな……」
雷撃1発に総魔力の1割くらいを使っている。1体倒すのにB級魔晶石で回復した分は消耗した。あまり効率は良くない気がする。
単に使い方の問題だろうか。
「んっ……はぁ……」
リザはちょっと慣れてきたのか、皆の前でも躊躇ないな。
まぁ、これは医療行為みたいなもので性的な感情は一切ない。
治療師が治癒を行うのと同じ様なものだ。
だから彼女は皆の前で行っても恥ずかしくないのだろう。
「…………」
ミラさんが温かい目で見守っているが、全く気にする様子はない。
アルドラは少し離れた位置で、周囲を警戒している。
「ふぅ……んンンッ――……」
繰り替えすが、断じて性行為ではない。
あまり多く貰うのは魔術のこともあり得策ではない。リザからの供給は余力を残して止めておこう。
「……兄様」
シアンが物欲しそうな表情を浮かべて、上目遣いで俺の袖を掴む。
まだ慣れていないせいか、彼女は2人だけでしたいらしい。
「あの……まだ上手くできないので、優しくしてくださいね」
「……わかった」
>>>>>
内部に存在した魔物を駆逐し、全員で探索を開始する。
武器庫内は戦闘を行う前から、かなり荒らされた状態であったため期待はできないだろう。
錆びて曲がった剣やボコボコに変形した甲冑が転がっているが、修復を試みるほど価値があるとは思えない。
「ジン、こちらに無事な宝箱があるぞ」
アルドラの呼びかけに足を向けると、確かに破壊を免れたものが1つだけあったようだ。
案の定アルドラが蹴りつけ、解錠を試みるが今回は開く様子はなかった。
「けっこう頑丈だな。どうするか……っておい!」
俺が相談する間もなく、アルドラは魔剣を振り上げた。
「叩き割るんじゃ!」
アルドラの言葉通り、宝箱は無残にも破壊されたのだった。
アイスジェム 魔導石 E級
ファイアジェム 魔導石 E級
サンダージェム 魔導石 E級
ストーンジェム 魔導石 E級
クレイモア 両手剣 C級
猟兵の外套 魔装具 D級 魔術効果:認識阻害 斬撃耐性
フランシスカ 魔斧 C級 魔術効果:投擲 筋力強化
上蓋を破壊され箱の中から出てきたのは、見たことのない武具の数々だった。
それぞれが丁寧に布を巻きつけられて保管されている。
「中の物が壊れたらどうするつもりだよ。もう少し丁寧にやってくれないか?」
初めて見る道具もあるし、希少度を見てもそれなりに価値はあるのだろう。
「加減はしたぞ。まぁ、細かいことを言わんでも良いじゃろ」
身長2メートルの大男が、やれやれと悪びれもなく宣う。
「アルドラ様、加減を間違えれば希少な品が失われる可能性もあります。力づくで解決するのは最後の手段が宜しいかと愚考しますが」
リザが手に見せたのは、小さな鍵束だった。
「……うむむ?」
「コープスの体から魔石を採取する際に見つけました。もしかしたら彼は生前、資材管理をする立場の者だったのかもしれませんね」
リザからの指摘に流石のアルドラも押し黙り、力尽くの行動は最終手段とすることを受け入れたのだった。