閑話 冒険者たちの戦い1
※三人称?
ジンたちが雷巨人と出会っていた頃、ベイルは物々しい雰囲気に包まれていた。
既に前日冒険者ギルドからベイルの運営議会を通じて、ザッハカーク大森林における魔物の異常発生について要警戒の報が発令されていた。
これは端的に言えば、何時何が起こるかわからないといった状況、要警戒の状態を指し示している。
多くの冒険者は自宅ないし拠点で待機、いつでも動ける準備をしていた。
一種異様な雰囲気が街を包む中、それは起こった。
いつもなら朝の時間を知らせる街の鐘の音が、けたたましく鳴り響く。
狂ったように鳴り響くその鐘の音に起こされた街の住人たちは、初めて聞くその鐘の音に驚愕した。
「ああああぁぁぁぁ……」
「なんてことだ……まさか本当なのか」
「た、大変だ。は、はやく準備を」
「あぁ、女神様。どうか我らをお救い下さい……」
「子供たちを安全な場所に!」
鐘の音を聞いた者たちが一斉に動き出す。
ベイルに住むものにとって鐘の音は重要な情報源である。
現在の時刻を知らせるのは勿論のこと、議会召集、裁判、罪人の処刑、大きな市場の開催など、街の人にとって重要な事柄について教えてくれるのも鐘の音なのだ。
鳴らし方の種類によって今何が起きているのかを、いち早く知ることが出来るというわけである。
そして特に重要視されているのが、敵の襲来を知らせる鐘であった。
戦時であれば敵国の軍隊が、平時でも盗賊の類が襲撃にくる可能性はある。(ベイルでは未だどちらの経験もないが)
今回のこの鐘の音は、魔物の異常発生を知らせるもの。
それも最大レベルの災害、都市への襲撃を知らせる報であった。
大森林では2年に1回程度のペースで異常発生が起きている。
これは頻度で言えば、世界的に見ても非常に高いと言える発生率だろう。
だが多数の斥候を森に配し、時間を掛けて調査を進めることで、ベイルではその被害を最小限に抑えることに成功している。
街が直接の被害を受けた記録は、ベイルの冒険者ギルドの歴史には存在しなかった。
「戦える者は武器を取り所定の場所へ!ギルド会員は所属するギルド屋舎へ赴き、指示を待て。戦えぬ者は所定の避難場所へ。急げ!ぐずぐずするな!」
街の彼方此方で守備隊の衛士が声を上げている。
街で緊急事態が起きた際、住民はそれぞれ予め決められた行動をとる。城壁で囲まれた空間を共有する集団なのだ。それぞれが勝手な行動をとれば、その被害を悪戯に拡大させてしまう。
何かあればそれに対応した行動を速やかに行うのが、都市に住む者の最低限のルールである。
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冒険者ギルドには既に装備を整え、いつでも出撃できるといった様子の冒険者たちで溢れていた。
「砦からの報告です。多数のサイクロプスが砦周辺に集結しつつあります。希少種の存在も確認されました」
ベイルへ向かっている一団も確認されている。森へと迎え撃ちに出向くのはリスクが高い。高濃度の瘴気が広範囲に発生していて、視界も効かず魔術の類も正常に働かないのだ。
冒険者ギルドのマスターゼストは、自身の執務室でエリーナからの報告に耳を傾けていた。
「ほう……籠城戦の準備は?」
「問題ありません。A級冒険者であるアルバス様のクランが駐留しています」
「そうか」
ゼストは顎に手を当て思案の表情を見せる。
既に異常発生の報はベイル全域へ通達された。治安維持の任に着いている守備隊が、住民たちの避難誘導を行っているだろう。
「希少種の巨人が手下を連れて、砦とベイルを襲撃か……」
ゼストはクククッといった含んだ様な笑い声を漏らした。
「……マスター?」
エリーナの訝しげな視線がゼストへと注がれる。
「おかしいとは思わんか?臆病な巨人が縄張りを出てきてのこの騒ぎを」
ベイルへ出された異常発生の報。王国の危惧していた巨人の異常発生が現実の物となった。
巨人はザッハカーク大森林で最強の怪物といって差し支えない難敵だ。王国の貴族たちはその怪物が、いつの日か森を抜け出て領内を蹂躙する日が来るのではないかと常々危惧していた。
竜さえも絞め殺すと言われる怪物である。それが大群、異常発生となって領内に雪崩込めば、どれほどの被害が出るか。日々安全な領地で、暮らしている貴族たちが恐れるのも無理はない。
「お前は異常発生について、どこまで知っている?」
ゼストはエリーナの顔も見ずに語りかけた。
「……異常発生ですか?原因は不明とされていますが、ある期間に置いて同時多発的に魔物が発生し、行き場の無くなった、もしくは混乱した魔物が普段の生活圏を抜けて人の領地に侵入する現象でしょうか」
こんな時に何を悠長な問答をしているのかと、エリーナはゼストに疑問の念を抱く。
「異常発生は通常、虫やなんかの魔物に多いんだ。あれは大量の卵を産み、孵化するタイミングが合えば大量の魔物が発生する可能性がある」
通常の生物が魔素に汚染されて魔物化する。
既に魔物化した生物同士であれば、その子供は生まれた時から魔物になっている。
大森林など、魔素の濃い領域であれば、生物が魔物化するサイクルより、魔物としての生態系が既に確立されているのだ。
しかし魔物は様々な理由から、魔素の薄い領域では正常に暮らせない場合が多い。そのため積極的に森など、その生活圏から出ることは少ない。明確な理由があれば別だが。
「魔物の異常発生というのは、神の悪戯などによって降って湧くようなものなんかじゃない。詳しい原因が解明されていないだけで、自然現象の1つなんだ。だから巨人の大群も異常発生というより、もともと森の奥地にいたやつが理由があって飛び出してきたものなのだろう」
「……はぁ」
エリーナはそれがどうしたと、思わず溜め息が漏れた。魔物の大群が森を飛び出し、人の領地を犯そうとしている。つまりは異常発生である。同じことだろう。
「巨人は臆病なんだ。本来な。希少種だってそうだ。森の奥地にある縄張りから滅多に顔を出さない。あいつらは人間の中にも強い奴がいることを知っているからな。だが今回に限って出てきた。巨人の異常発生など、ベイルの冒険者の歴史上初めての事だ」
巨人はより強い存在の言うことを聞く性質がある。普段は群れることがない魔物だが、強いリーダーがいれば群れることもあるのだとか。
おそらく希少種が群れのリーダーなのだろう。
だが希少種も本来臆病な魔物だ。いや警戒心が強いと言ったほうがいいのか。
ともかくおいそれと縄張りから出ることはない。
それが出てきた理由は1つしかないだろう。
「……希少種に命令できる存在ですか?」
「そうだな。何かの意志によって巨人どもは動いている。俺にはそう感じるね」
エリーナの表情に不安の色が宿る。魔獣を操る獣使いといった職業は存在するが、同じように巨人も操れるものなのだろうか?ましてや希少種ともなると……
そんな存在が王国に敵意を持っていたら……
「お前も出る準備をしておけ。場合によっては働いてもらうぞ。現役を退いたとはいえ、元A級冒険者なのだからな」