うなだれるゴロー
人間に戻りたいというゴローの望みは打ち砕かれた。たとえ人間に戻れたとしても、それは死を意味する。
死にたいわけじゃない。生きたいのだ。だけど、魔王の手下であるドラゴンとして生きたいわけではない。
人間として生きたいのだ。
「つまり、死んでも良い、魔王から解放されるなら、という想いでなければ、私は心身ともにドラゴンだということなんですね」
ゴローはうな垂れながら言った。
「いや、俺は、そう、思うけど」
それをきっぱりと認めることは辛すぎてジェイにはできなかった。
「わかっていたんです。魔王に火の魔法を貰おうと決心したときから、私は人間である私の名前と心を魔王に差し出してしまったのですから。あれは、本当に、取り返しのつかないことだったんです」
ゴローはそう言うと、立ち上がった。
「ちょっと散歩してきます」
「ゴロー・・・」
ジェイもモンも、どうやってゴローに声をかけたらいいのかわからなかった。200年生きても、死ぬのは嫌だろう。もう使わないと決心しても火の魔法を手放すのは惜しい。色んな思いがゴローにはあるということはジェイにもよくわかっていた。
トボトボとうなだれながら向こうへ歩いて行くゴローの後ろ姿を見ながら、ジェイは苦しくてたまらなかった。
「ホントに、なんとかならないのかしら」
そういうモンの言葉も、辛かった。
ジェイは賢者なのに、何もできないのだ。魔法が上達しても、たとえ切り離す魔法ができるようになっても、死ぬはずの命を救うことなどできるはずがない。
そんなことは、たとえ賢者だとしても無理なことだとは、ジェイは気付いていなかった。ただ、自分の無力さを痛感していただけだった。
ゴローの姿が見えなくなると、ジェイは途端に不安になった。
「あいつ大丈夫かな。探しに行くよ」
そう言って川岸から立ち上がると、モンも一緒に行くとついてきた。
川の周囲には大きな木が多く、体の大きいゴローも見つかりにくいと安心して歩いたのだろう。どこにいるのか全くわからなかった。
しかしモンは地面に手を当てると、ゴローの居場所をすぐに突き止めた。
「あっちよ。随分遠くまで行ってるわ」
二人は黙ったまま歩いて行った。
ゴローを探したところで、何と声をかけたら良いのだろう。それに、ゴローは泣いているところを見られたくないかもしれない。
不安になり、ジェイは立ち止まった。
「やっぱ、いい。ゴローがいるなら。戻ってくるのを待つ」
「そう?」
モンがそう言って、二人で引き返そうとした時だった。
「ジェイ、あそこ!」
空の向こうに、光る物体をモンが見つけた。
「ドラゴンだ!」
こんな午前中にドラゴンが飛んでいることは珍しかった。いや初めてだ。
急に身体が強張り、ジェイのムヴュが光りを放った。何度見ても恐ろしさは変わらない。朝だろうが夜だろうが同じだ。
それでもジェイはすぐにモンに逃げるように言った。
「モン、あっちに穴を掘って隠れてろ。絶対出てくるなよ」
そう言ってジェイはゴローがいると言われた方向へ走り出した。
あの金色のドラゴンはジェイを襲うだろうか。それとも、黒いドラゴンの方へ向かっているかもしれない。そう思うと、ジェイはゴローを助けに行こうと思った。
打ちひしがれて気力の萎えたゴローが、あんな迫力満点のドラゴンなんかに襲われたらひとたまりもない。
それに、ドラゴン同士の戦いになったらゴローが火を吹いてしまうかもしれない。もう二度と火の魔法はやめたほうがいい。やってはいけないのだ。だからゴローには戦わせたくなかった。
とはいえ、あのドラゴンはジェイを目指してやってくるかもしれない。その時に、ゴローを巻き添えにしてしまってはいけない。
ジェイは一度立ち止まった。
あのドラゴンがどこへ向かおうとしているのかを見極めるのが先だ。
高鳴る心臓の音に負けないように、足を踏ん張りながら、ジェイは空を仰いだ。川の向こうから太陽の光りを反射させ、ものすごい勢いでドラゴンがこちらに飛んでくる。
「こっちへ来てる」
狙いはジェイだ。
その額の光りにドラゴンはおびき寄せられるのだ。
ジェイは、もうゴローの方へ走って行くことはやめた。ここでドラゴンを迎え撃つのだ。
腰の短剣を確認し、いつもの縄を取り出す。そして息を大きく吐くと、ドラゴンが来るのを待った。
いつもの通り、ドラゴンが近づくと熱さを感じる。空は晴れていて、ただでさえ眩しいのに、ドラゴンは自らも光りを発していて、目を細めないでは見ていられなかった。
持っている縄は5本。
いつもは2本で翼を封じ、もう一本で口を封じる。残りの2本は予備だ。一度、放った縄を焼かれてしまったことがあるので、予備を持つことにしていたのだ。
≪怖え≫
熱さを感じてくると、足がバカみたいに震えた。もう翼の音が聞こえる。苦しくて、息を吸っても吐いても肺がパンパンになってしまったようで苦しい。
震える手に縄を持ち、金色の大きなドラゴンが近づくのを待っていると、背中に汗が流れた。
急に音が聞こえなくなったように、ジェイは物音を感じなかった。
明るい陽。
光る翼。
それだけがジェイの感じる恐怖だ。
ドラゴンはもう、口を開いてジェイを焼き殺そうとしているところで、ジェイは縄を放った。




