掴まるところ
ジェイは暗くなり始めた空を見上げながら、荷物から縄を取り出した。縄は、前回上手くドラゴンの翼に絡みつかなかったこともあり、両端に錘を付けた改良型となっている。この錘があれば、翼にぶつかったはずみで上手く絡みついてくれるという算段だ。
ドラゴンを捕まえるのは3回目となった今でも、ジェイのムヴュは強い光りを発し、手は震えていた。
3度目となっても、怖いものは怖い。
だけど、今回はそばにゴローがいてくれる。
ゴローの黒い身体は辺りが暗くなってきた今ではあまり目立たない。額から光りを発しているジェイのほうがこれでもかというほどは目立っていたが、それでもたった1人でドラゴンを迎え撃つのではないと思うと、ほんの少しジェイの心に勇気が湧いた。
「いいか、俺が危なくても、お前は火を吹くんじゃないぞ」
小さな震える声でジェイは言った。
「何を言うんです」
「火を吹いたら、人間らしさがなくなるって言ってたろ」
「はい」
「だから、お前は戦わなくて良い」
「でも、」
「そばにいてくれるだけで、良い。俺が危なくなったら、すぐに逃げろ」
ゴローはジェイのそばに寄ると、鼻づらでジェイの背中を小突いた。
「お気持ちは充分いただきました。ジェイが言うとおり、炎を吹くことはしません。だけど、ジェイになにかあったら、この翼で守りますよ」
「ゴロー・・・」
「でも、大丈夫です。ジェイの腕は確かです」
ゴローはきっぱりと言った。信頼感のこもった声。王であった者の説得力のある声だった。その言葉を聞くと、ジェイは王に従い、王を守る騎士のような、誇りを持って戦う戦士のような、今までに感じたことのない気持ちがした。
表情が引き締まる。
今までにないほど、ドラゴンがはっきりと見えた。
「来た」
震える声でジェイが言った。縄を握り直して腰を落とす。
空の光りを凝視しながら、その時を静かに待った。
ドラゴンはジェイのムヴュに魅かれるように一直線にやってきた。上空がどんどん赤く光り、そのくせ禍々しい暗闇に染まるような、そんなどす黒さを感じた。
もうお互いの目が見えるところまでやってきた。
鋭い目で睨みつけられて、ジェイは体中が硬直するような気がした。しかし負けずに睨み返す。
金色のドラゴンの熱を感じられるほどに近づくと、ジェイはジリジリと縄を持つ手を引き絞った。そして、ひゅっと音を立てて錘を揺らすと、縄を暗くなった空へ放った。
「くっつく、縄!」
縄はドラゴンを目指して一直線に飛び、ドラゴンの翼にくっついた。そして錘がクルリと向こう側に絡む。
しかし、翼はまだ動いていた。ドラゴンの力が強いせいか、絡み方が足りなかったのだ。
「くうぅー!」
ジェイは両手を上げて、縄を操る動きをしている。
「くっつく、縄!」
縄が翼に絡みまくらなければ、翼は封じられない。
向こう側に垂れ下がった縄をこちら側にくっつけたいのだ。両腕をあちこちに振り回して、はたからジェイだけを見れば、空に向かって変な踊りを繰り広げるようになりながらも、ジェイは必死になって縄を絡めようとしていた。
「くっつく、縄! くっつくっ、くっ!」
「ジェイっ!」
縄のことばかりに目がいっていたジェイは、ドラゴンがこちらに向かって来ていることに気が回っていなかった。
金色のドラゴンは、自分の翼に縄が絡んでいることなどお構いなしに、ジェイの額の光りを目指して飛んできていたのだ。どんどん近づくと、そのおぞましい口を開いた。
「危ない!」
ドラゴンの口の中がボッと燃え立つと同時に、ジェイに火が浴びせられた。
「う!?」
咄嗟にゴローが翼でジェイを押しやった。ジェイはドンと跳ね飛ばされ、代わりにゴローの翼にドラゴンの炎が降り注いだ。
「あ、ゴ、」
ジェイの頭上を轟音を立てて金色のドラゴンが通り過ぎたので、ジェイの声はゴローには聞こえていなかった。ゴローが「ジェイ!」と叫んだ声も、ジェイには聞こえていなかった。
頭上を飛ぶ金色に光る大きなドラゴンの翼。ジェイに浴びせた熱い炎。それらがジェイの視界に映ると、ジェイは恐怖でへたり込んだ。頭を覆って突っ伏してしまいほどだ。
≪ヤベえ≫
怖くて身体が動かない。
「ジェイ、逃げてください!」
金色のドラゴンはジェイの頭上を通り越すと、また旋回してこちらに戻って来ようとしている。逃げなければならない。
だけど、ジェイは動けなかった。ただ目が、金色の軌跡を追うだけだ。そしてまた、金色の目がジェイの賢者の印を捉えた。
「ジェイ」
ドタドタとゴローが駆け寄った。
「ジェイっ」
鼻づらで、ジェイを小突いても、ジェイは空を見上げたまま固まって動こうとしない。
「ジェイ」
ゴローはジェイをかプと口にくわえ、ポイと投げた。
「を!?」
ジェイの体は急に空中に投げ出された。そして、ボンっと弾力のある何かに乗っかった。良く見ればそこは、ゴローの背中だった。
「ジェイ、掴まってください」
「えっ!?」
ゴローはそう言うやいなや、いきなり走り出した。ドタドタと不格好に走ると、ゴローの背中に乗っかっているジェイが、頭がバカになりそうなほど揺れた。
「お・お・お・お・お・おおー!?」
「掴まってください!」
再度言われた「掴まってください」の意味を理解し、ジェイは振り落とされまいと何か掴まる所がないかを探した。
≪ねえよ≫
ドラゴンの背中に、人間が乗って掴まるところなどなかった。
ジェイの視界に金色のドラゴンが映る。ジェイの光る額にまたも攻撃をしようと旋回してきているのだ。
掴まるところはない。
「くっつく、背中と足!」
魔法は発せられた。ジェイは自分の両足をゴローの背中とくっつけたのだ。
「さすが、ジェイ!」
「って、これしかできねえんだけどな」
そう言った時、金色のドラゴンが炎を吹いた。
ジェイの背中に炎が迫る。自分で逃げられるはずもないのに、ジェイは無意識に背中を反らせて炎から遠ざかろうとした。
「行きますよ!」
その時、ゴローの翼が高く持ち上がり、それがバサと音を立てて地面を叩くと、ジェイは空に飛びあがっていた。




