余計な手出し
このときの俺は忘れていた。俺は放置するつもりでも、周りがそうだとは限らないという事を。
「何をしてるんですか!やめてください!」
「そうよ!やめなさいよ!どうして誰も止めないの!こんな、こんなことっ!」
そう言いいながら突然前に出た弟妹達を見て、俺は頭痛のし始めた頭に手を当てた。
「あ?誰だお前ら。……カブルじゃあ、ねぇみたいだな。新入生か?」
カブルを庇うような位置で目の前に現れた二人の男女を、在学生が信じられないものを見たという目で見つめる。校章にアネモネの花があることを確認すると、幾分か表情を緩ませて諭すように声をかけた。
「そこをどきな。新入生だから知らんのかもしれんが、そいつはカブルだ。これは正当な罰なんだよ。」
「でもっ!おかしいよこんなの!これじゃイジメだよ!こんなに謝ってるんだから、許してあげてもいいじゃない!」
「僕も同じ意見です。この方は謝罪は何度もしています。それに新入生ですから、校則がわからなかったのでは?」
その言葉に反応したのは、上級生の男よりも周囲の野次馬たちだった。
二階にいるジェムである彼らにとって、カブルとは自分が虐げることの許される自分より下の存在。気に食わないやつをイジメられる。そんな制度。
故に殆どのジェムは、新入生までもが尽く、カブルとはまさしく奴隷。そう認識していた。
そんな存在を同じジェムでありながら必死に庇う二人に、周囲の目は段々と険しくなっていく。更には、その声は一階にまで届いていた。
段々と増えだした敵意の混じった視線と、わざわざ二階に上がってきたらしい在校生の集団を見て、俺はため息をつく。
「二人とも、やめるんだ。」
これ以上騒ぎになってはたまらない。そんな思いから、目立つのは承知の上で俺は前に進み出た。
「に、兄さん。」
「お兄ちゃん?」
今まで聞いたこともないような冷たい声を出した俺を、驚きと不安の混ざった目で見てくる二人。
俺はその視線に二人を一瞥すると、改めて今回の問題となった上級生のカブルを見た。
「お前、そいつらの兄か?」
男は二人のセリフから予想してか、俺にそう問う。俺はそれに頷いた。
「そうです。今回は私の弟妹が申し訳ありません。以後このような事がないようしっかりと見ておきますので、今回はお許しください。」
「…まあ、ジェムだしなあ。……おう、今回は許してやる。だが、次はないぞ?」
厳しい視線で刺された釘に、俺はしっかりと頷き返す。
ジェムだから見逃された。俺はそれはしっかりと理解していた。
一度男に頭を下げると、未だ俺を驚きの表情で見たまま固まっているエミリとレオンの二人の手を引いて現場から引き離す。
「お兄ちゃん!?なんで!なんで!?」
「……」
それに驚いたようなエミリの声と、何か言いたげな視線を寄こしながらも、大人しく連れられるままなレオン。それらに答えることなく、俺は人の視線から外れる程遠くまで歩いた。
そうしてようやく視線を遮られる階段下の一角を見つけるとそこに入り込み、掴んでいた二人の手を離す。
「……」
「……」
(…参ったなぁ。)
俺はどうしようと内心頭を抱える。二人に向き合ったはいいものの、何を言えばいいか出てこない。
それにエミリはふくれっ面でいじけていて、レオンは表面こそ変わらないものの、その目から僅かな不満が見て取れる。こんなにご機嫌ナナメな二人は見たことがないくらいだ。
「あ、あー。うーん」
元々俺はそこまで怒ってるわけではない。さっきのは演技のようなもので、二人を逃がすための方便だった。
でも今後のためにも、二人にはちゃんと話なくてはいけない。
「いいかい?二人とも。ここは学校で、家とは違う。それはわかってるよね?」
「もちろん、わかってるわ。」
「うん…。」
「なら、学校には学校のルール、規則がある。それを破るような行動はだめだ。さっきみたいなね。」
そう言うと、二人の顔が渋面になった。二人が何か言おうと口を開くより前に、畳み掛けるように言いたい事を伝える。
「だから、もしあんなものを見たくないと思うなら、根本から変えるしかない。公式に認められているルールを変えるのは、私ではなく、公であるべきだ。」
「公?」
不思議そうに呟くエミリに、ニコッと笑う。
「そうだ。そして公として変えたいなら、代表となれ。この学校の実質的なトップに立て。」
「……それは、ロイヤル・ロード、若しくはロイヤル・パートナーになれと言うことですか?」
今度はレオンだ。この短い会話だけで、その答えにたどり着いた弟の頭を褒めるように撫でる。
答えは半分正解で半分間違いだが、今はこのくらいだろう。だから、この先は彼からがもう少し大人になってから。
「さあ、そろそろ入学式が始まる。戻ろうか。」
ここで話は終わりとばかりに切り上げて、二人を促す。二人もそれ以上話を追求することもなく、大人しく会場へと戻っていく。
俺はそんな二人の後ろ姿を眺めながら、今更ながらの強い後悔に襲われていた。




