6 事態の収束と新たな道
二話連続で更新しております。
ご注意ください。
「幻想世界でもたくさんの種族があって、国が存在するんだけどねぇ、こちらと同じで争ったりするの。
天使と悪魔が争うのは幻想世界でも実際に起こっているんだ。
それでね、幻想世界での争い事の火種の一つになっているのが、彼女、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム。
彼女を手に入れようと争いが絶えないんだよ。
だから神族は他の種族と交流を持っていないし、神族と契約した人間もいない」
自分が争い事の中心になったせいで、心を痛め、抜け殻状態になってしまったのだろうか?
でもそうしたら、急にという言葉の説明がつかない。
ヘルツバールの話から推測すると、そんな争い事は昔から続いているのではないだろうか?
彼女が最近生誕しているのであれば話は別だが…
「これである程度話は終わったから、本題に戻るよ。
今回のことは幻妖を取り逃がしたヴィスの責任、つまり俺サマ達アルモニーの責任になるから、諸々のことは全て俺サマ達に任せてもらって結構だよ~」
「コルボーさんにお咎めが行くんですか?」
ヘルツバールの言動だと、今回の件はコルボーが悪いように思えた。
実際にそうかもしれないが、彼は鞆絵を助けてくれた命の恩人だ。
お咎めを受けて欲しくないと思った。
「いや~、別にそんなことしないよ?」
鞆絵はそれを聞いて、安堵した。
「とりあえずねぇ、トモエちゃんは今後のことを考えてよ?
君は何もしなかったら、これから一生襲われ続ける人生を送りことになるんだから。
まあ、今回は俺サマたちの過失もあるし、ある程度の期間は護衛をつけてあげられるけど、君がアルモニーに来ることを拒絶した場合は自分で自分の身を守らないといけなくなる」
「それって…」
鞆絵がアルモニーに来なかった場合、自分で自分の身を何とかしないといけないということは…自分を見放すということになるのではないだろうか?
「まあ、別に良いんだよぉ~行かない選択肢を取っても。
また100%襲われるとは限らないし、日本にいるのならば一生遭遇せずに生涯を閉じることも出来るかもしれないけど、トモエちゃんは一回襲われているからその可能性は限りなく低いんだよねぇ~?」
つまり、これは脅迫だ。
アルモニーに行って保護してもらわないと、鞆絵は高確率の可能性でまた襲われるはめになり、挙げ句の果てには死ぬことになる…と。
しかし、鞆絵は生まれてからずっとこの土地にいたのだ。
慣れ親しんだこの土地を離れなければならないのは鞆絵にとってはなかなかきついことでもある。
このまま普通に過ごしていたら、何も起こることなく平穏な生活が続けられるのではないだろうか?と甘い幻想を抱きたくなってしまう。
「………ある程度の期間とは、どれくらいの時間ですか?」
「トモエちゃんの事故処理が全て終わるまで。もちろん葬式も含めてだし、その他諸々も」
「その期間が終わるまでに返事を考えておきます。それまでの間、考える時間を下さい」
鞆絵にはまだ決断が出来ない。
だからその時間の間、十二分に考えて答えを出したいのだ。
将来に関わることだから、真剣に自分と向き合いたい。
「わかった、わかった。そのつもりならたくさん考えるとイイよ…ただね」
今までヘラヘラと笑っていたヘルツバールが急に真剣な顔になり、こう言った。
「人間誰しもが死ぬのが怖いことを忘れたらいけない。
死なないようにするために、人間は無駄な努力を費やすんだからね。
そこんとこ、胸の内に捉えておいた方がイイと思うよ」
真剣になったヘルツバールの黒い眼は、何かしらの澱みを含んでいるように鞆絵は感じた。
でもそれ以上のことは鞆絵は感じることも出来ず、またヘルツバールがそんな表情を見せていたのも一瞬のことだった。
「ということだから、俺サマの話はこれでお終い。
他に俺サマに聞きたいことはある?」
そう言い、ヘルツバールはいつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。
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「で、ゴタゴタが終わるまでトモエの護衛を俺がしろと?」
「うん、そう。それがトモエちゃんの望みだしぃ~☆
今回ヴィスには過失があるから、これでチャラにしたらどう~?」
鞆絵とヘルツバールが話を終えるまで、コルボーは買い物に行ったあと、晩御飯の準備をしてくれていたようだ。
律儀にも、ヘルツバールの分まで。
鞆絵は自分の部屋に家族以外入れたことがなかった。
だが、今はこうして他人である男二人と晩御飯を食べている。
考えてみれば、奇妙な光景であった。
「あー久々食べたけど、やっぱりヴィスの料理は最高だわ~」
ヘルツバールはそう言いつつ、物凄い勢いで食事を食べ終えている。
彼はヴィスの料理を食べたことがあるらしい。
二人の関係性が気になった。
「ヘルツバールさんとコルボーさんの御関係はどういったものですか?」
間違いなく普通の関係性ではない。
二人の間には一種の信頼関係がある。
コルボーがヘルツバールのことを"じじい"と呼ぶのも、その信頼関係の延長ではないだろうか?
ただ、ヘルツバールはどう見ても老人には見えなかったが…
「ヴィスは俺サマが育てたの~☆」
ヘルツバールがそう言っているが、実際のところどうなのだろうか? もしや、冗談なのだろうか?
鞆絵がどう見たって、ヘルツバールは青年である。
コルボーの育て親の場合、年齢が合わない。
「トモエが戸惑ってるぞ、そこら辺は教えていないのか?」
「あーそうだった。忘れてたー」
「トモエ、外見に騙されたらいけない。
こいつは最低でも1000年以上は生きているじじいだからな」
「えっ…」
1000年以上?
日本では1000年前といったら、平安時代だ。
そんな昔からヘルツバールは生きていたというのか?
そうだとしたら、もうそれは人間ではないのでは?
だから、中世の貴族風の服を来ているのであろうか?
「契約したら、寿命は幻妖の寿命に左右される。
あとは、契約者の素質によりけりだけど…」
今まで何回も素質といった話が出てきたが、それらは一体どういうものなのだろうか?
首を捻っている鞆絵を見て、ヘルツバールはこう切り出した。
「トモエちゃん、この液体を契約者の素質だと思ってよ~。でね、俺サマを幻妖と思って。
契約するとねぇ、こうなるの」
と言って、満杯だった水をヘルツバールが飲み始めた。
「少し減ったでしょ?その分は時間が経ったら回復する」
と言って、ヘルツバールは水を継ぎ足した。
そして、コップの水は元に戻る。
「こういうのが契約。契約者は契約した幻妖に自分の素質を提供し、それを受け取った幻妖は力が更に強まる。
見返りに契約者は幻妖の魔法が使えるようになる」
なるほど。わかりやすい説明だ。
つまり、素質を餌にして取引する…といったところであろうか?
「で、人によって素質、つまりこのコップの容量が違ってくる。
勿論、幻妖も強さが違えば、素質を吸収する力、つまり俺サマが水を飲む力が変わってくる。
幻妖が強ければ強いほど、素質を吸収する力が強くなる。それだけパワーを使うってことだ。
だから、強い幻妖と契約したければ、自分の素質がそれだけ高くないといけないってワケ」
「そして、幻妖は契約を一方的にすることが出来る。
トモエが出会ったやつは素質がない…つまりこのコップの水自体がない状態だったんだ。
その場合、幻妖は精神を喰らい、挙げ句の果てには命を喰らう」
「だから、契約は慎重にならないといけないの。
素質が元々無い人もそうだけどさ、契約者も自分の素質が幻妖の吸収する力を上回っていないと…ヴィスの言った通り素質が無くなって狂っちゃうんだよね~
そうなっちゃったのを"壊れた物"っていうんだけど、これを倒すのもヴィスたち騎士の役目」
ヘルツバールとコルボーの言ったことを鞆絵はひたすらに頭で反芻しながら飲み込んでいった。
言われていることはたくさんあるが、二人がわかりやすく説明しようとしてくれるお陰で、何とか理解出来そうだった。
「大体こんな感じ。分かった?」
「何とか…」
「ある程度理解しておけば充分だ。トモエは契約者になろうとしているわけではないからな」
「俺サマとしてはゼヒ契約者になって欲しいけど…」
「とにかくこの話は終わりだ。いい加減帰れ、じじい」
話をしている間に、皆コルボーの食事をとっくの昔に食べ終えていた。
鞆絵も二人の雰囲気、特にヘルツバールの雰囲気に飲まれ、いつも通りとはいかないものの、結構食べることが出来ていた。
「ということはトモエちゃんの護衛の件、引き受けることにしたの?」
「今回のことは俺が悪いと思っているしな」
「まぁ、その方がイイね。
というわけで俺サマはヴィスの言うとおりお暇するよ。トモエちゃんじゃあねぇ~☆良い返事を期待しておくよ」
そう言い終わった瞬間に、ヘルツバールは消えた。