30 新たな環境、新たな生活
時間軸を18 総領の甚六 に戻しての新章。この章は鞆絵が主役。
ヴィスとヘルツバールは当分出てこないと思われます。
頑張る女の子が好きです。
「ということで、授業を開始しますよ。マツモトさん」
「よろしくお願いします!!」
ヴィスとヘルツバールが幻想世界に行った日、レイアーナの助手見習いを始めたことで鞆絵の新たな生活は幕を開けた。鞆絵はここに住むことになった以上、自分の手伝いの他にアルモニーのことについて、そして契約のこと、契約者のことについてももっと知っておいたほうがいいとレイアーナに言われて、ヘルツバールが事前に頼んでいたという彼から授業を教わっている。
彼の名はリジニス・イロンデル。アルモニーの一員でもちろんのこと契約者。銀の髪に蒼い目をした外国の俳優にいそうな美丈夫である。初日はリジニスとワンツーマンだと聞いたのでとても緊張していた鞆絵であったが、彼の巧みな話術にいい意味で翻弄されたおかげで、次の日からは緊張せずに受講出来るようになった。授業も鞆絵の母国語である流暢な日本語で展開されて、聞き取りやすかったこともある。
アルモニーにやってくる者は訳ありの者が多い。そのものたちはやってくる前に契約者のことや、幻妖について知っている者もいる。だが鞆絵みたいに幻妖に両親を殺され天涯孤独の孤児になってしまい、この場所へとやってくる場合も存在する。様々な事情が存在しているため、いかなる理由においても、誰かからアルモニーについて、幻妖について、契約者について教わることを義務付けられている。
普通はそれを教える教師が存在して一対多数で行われるのであるが、鞆絵の場合ワンツーマン、しかもリジニスは本職が教師ではない。ヘルツバールが鞆絵を特別視していることが見え見えであるのだが当の鞆絵本人はその義務も知らないため、自分がそこまで期待されていることに気がついていなかった。
「さてと、今日は何をしましょうかね? トモエさんは何かやりたいことはありませんか?」
「そうですね…」
座学で教わるよりも体験した方が良いとリジニスは初日に自分の魔法を披露した。彼はアルモニーの契約者の中でも希少な水の魔法を使用出来る契約者であるため、ちょっとした水芸を披露した。すると鞆絵はキラキラとした目でそれを見つめて、終わったあとには歓声を浴びせた。
「イロンデルさんは、治癒の魔法は使えますか?」
「どうして、そんなことをお尋ねに?」
「使えるなら、是非見せて頂きたいのです」
リジニスは思案している仕草を見せていたが、やがてこう言った。
「すみません、やはり無理かと。私が得意とする魔法は基本的に規模が大きいのです。治癒の魔法は逆に細かい技術が必要なので相性が合いません。それに治癒の魔法は戦いを好まない幻妖が使える場合が多いのですが、なにかと私の契約している幻妖はどちらかといえば、戦いを好む側ですからね…」
「そうなんですか…」
「それなら私よりもペルーシュさんの方が適任かと。とはいっても身軽な私とは違い彼女は忙しいですからね。ただでさえ治療師は数が少なく、騎士は契約者の大多数がなれるものですから…」
「どうしても水の魔法を扱えるとなると自分の中で回復のイメージが残ってしまって…」
「まあ、そうですよね。それは仕方が無いと思います。長年の認識を即座に変えろといわれるのは厳しいものですから。とはいっても、マツモトさんのいう通り水の魔法で回復の効果を持つものも確かに存在します。魔法は多種多様ですからね」
彼は鞆絵の認識を否定することはなかった。そこが彼の好印象の一つでもあった。いつも感じのいい笑みを浮かべているイケメンだ。
「おっと…連絡が入りました。ちょっと待って下さい」
リジニスの表情が変わったのを鞆絵は見た。彼は契約者の仕事とは別にアルモニーの表向きの側面である世界的大企業の重役を務めているらしく、それを当人から最初に説明されていた。
彼がレイアーナ以上に多忙らしいのは初日でわかったが、そんな人物が自分の世話をしているとなると少し罪悪感がでてしまう。例えヘルツバールの命令だったとしても。
鞆絵は受けた恩は何十倍にして返せと亡き両親から教えられていた。もし彼を助けることのできる状況がこの先あるのだとすれば、率先して助けることを心に決めていた。
「済みません。仕事のほうでトラブルがあったようなので…」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「また今度埋め合わせをしますね」
今日の授業は短いが終わりのようだ。もっと長くやって欲しいという気持ちもやはりあったりするのだが、こればかりは仕方ない。
「ああ、そうだ。マツモトさん。貴方は以前、騎士の活動を拝見されたといっていましたね」
「ええ。ヴィスさんのを見ました」
アルモニーで嫌われているらしいヴィスの話題をだすのはどうかと言ったあと後悔したが、リジニスはなんともおもっていないらしい。それをみて鞆絵は内心喜んだ。例えそれが偽りだったとしても、あからさまにいってくる契約者よりはずいぶんましである。
「そうですか…なら今度私の仕事を見学するというのはどうでしょうか? 安全は保障しますよ」
「リジニスさんは騎士ではありませんでしたよね?」
「ええ。そうです。私は騎士ではありません。ただ…戦闘は必ずあります。もしかしたら血を見ることになるかもしれませんね」
それはあの事件を彷彿とさせるものであった。倒れている両親の身体。そして…血。
「……………考えさせてください」
鞆絵はそういうしかできなかった。
+++
「はぁ…」
鞆絵は歩いていた。どこに行く目的もなく、フラフラと。
レイアーナの手伝いは今日はないのでこれから暇になる。平日で暇とは学生だったころには考えられない。すべては両親が殺されてから。それからここまで動いてきた。
鞆絵にはホテルのような個室が与えられている。電気関係もちゃんと通っていて、携帯も使えてパソコンも使える。テレビは日本の番組が見られるという謎使用だったりする。でもそこに帰る気はしなかった。
ヴィスに連れられてここまでやってきたが、激変した生活に正直なところ、戸惑っていた。疲労がたまっていることは間違いないが、ときおり見えない将来が怖くなってくるのだ。
自分がどうなってしまうのか、わからない。契約者になるのだろうか? そうしてずっとここに住むことに…なるのだろうか? そうなるとしたら自分と契約してくれるパートナーの幻妖は…いるのだろうか。
そんなことを考えていたら、前のことを全く見ていなく、目の前に人がいることに気がつかなかった。
「うわっ!」
(に、日本人形!?)
今どきの日本でもこんな姿はみたことはない。一昔前、明治時代や大正時代のお嬢様が着ているような服装、すなわち豪華で華美な着物姿の少女そこにはいたのだ。
「あら」
彼女の方も考え事をしていたようで、鞆絵の姿が目の前にあったことには気がついていなかったらしい。鞆絵の驚き様を見てようやく気がついたようだった。
「日本人よね? …珍しい」
(しゃ、喋ってる…!?)
日本人形をそのまま具現化したような様相で、鞆絵にはそんな様相をした彼女が生きているようには思えなかったが、彼女は日本語で話しかけてきた。
「私も一応日本人よ」
「は、はぁ…」
「こんなところで同郷の方と会うことになるとは思わなかったわ。極東の私たちには幻妖と呼ばれる存在すらないようなものだったし…お話宜しいですか? 一緒に歩きましょう?」
着物の袖から病的なまでに白い手が見えて、鞆絵の手を掴んだ。驚く間も与えず、彼女は鞆絵を引っ張り歩き出した。
「私はクズハ・ヒイラギ。日本人っぽくいえば柊樟葉かしら? 貴方は?」
「松本鞆絵です」
「鞆絵…? 巴御前かしら? だとしたらずいぶん古風な名前ね」
「良くいわれます」
学生時代ではよくよくいわれていたことだった。外国人であるヴィスたちはこのような反応をしなかったので、久しぶりの反応に鞆絵は過去のことを思い出して、気分が良くなったりした。




