第18話 そして、『魔王』と呼ばれた者
「『師匠』!…僕は…」
思わず、言いよどむ。
「ぼ…くは」
ぐっと唇を噛む。
言わなきゃ…!
たとえ、これでお別れになったって…!!
「僕は!伯爵さまのところに行くことになりました!
伯爵さまが僕を引き取ってくださると仰ってくださって…」
「うん…?」
「だから…」
お別れに…なるんだろうか?もう、会えないのだろうか?
泣くわけにはいかない!!でも…泣きそうになる。
「そうか…。では、その家で、人目につかない訓練ができそうな場所を見つけたら、そこでしているといいよ。
そのうち、顔を出しに行くからねぇ」
「…え?」
落ち込みかけた僕は思わず顔を上げる。
「何を驚いているのかね?残念ながら、私はまだ君に何も教えてないからねぇ。
もうしばらく私の暇つぶしに付き合ってもらうよぉ」
驚いて、『師匠』を凝視してしまう。
「…いいの?」
「言葉が元に戻っているよ。
まぁ、この暇つぶしを私はなかなか気に入っているからね…」
「素直じゃないっすね!!素直に、お別れは寂しいので、もうちょっと私に付き合ってくださいって言えばいいのに!!」
『影』さん!!『師匠』が怖いです!!今までにないくらい怖いです。げらげら笑ってないで!!
「…君の私に対する印象を改める必要があるようだよ」
『師匠』の声がいつもより何段階か低い…。
いつものように木の椅子に座っていた『影』さんはゆっくりと立ち上がって、椅子を片付ける。
「…それを言うなら…あんたの俺に対する扱いも変えてもらう必要があるっす」
『影』さんがすぅっと眼を細めて、いつにない真剣な顔をしている。
「…なんの話だね?」
「あんたの友人は俺じゃない…。俺はあんたの友人にはなりえない。…ってことっす」
最後、『影』さんは、にぱっと笑う。
「…君は…」
「俺はちょっと用事があるので、これにて失礼するっす」
『影』さんはさっさと影の中に入っていく。
『影』さんが『師匠』を置いて消えてしまってから、考えていた。
あれは…壁だ。『師匠』に対してはないと思っていた壁とは、別の壁だ。むしろ…。
あの軽口こそが…はるかに高い壁だ。
なにを考えているのか、感じているのか…全く感じられない…。
はるかに高すぎる壁…。
いつもいつも、何か分からない怖さ…。あれの…正体は何だろう?
『師匠』をちらりと見る。『師匠』は睨むように眼を細めて、『影』さんが消えた影をじっと見ていた。
何を考えているのかは分からなかった。
人には聞こえない悲鳴が響き渡る。
次いで、苛立った声が響く。
「あぁ、不愉快。とんでもなく不愉快」
「お前になんの資格があって、『彼』の話をした?」
「『彼』を危険に陥れる気?」
「腹立つ…」
「イラつく…」
「たかだか精霊の分際で…」
「消されたい?」
「消滅したい?」
「言い訳は聞きたくない」
「二度はない」
「命令には忠実でいろ」
「いい?」
「優しくない?」
「お前は聖人でも相手にしているつもり?」
くすくすと笑い声がする。
「聖人とは程遠い」
「…ここにいるのは…かつて……
『魔王』と呼ばれた者だよ?」
くすくすと笑い続ける声は、残酷な響きを持っていた。




