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第15話 そして、貴族のはなし2

「君はどこで文字を習ったの?」


 伯爵は帰り際に本を返される時に尋ねた。


「…言えません」


 少年の答えはまたしても端的だった。


「なぜ?」


「言いたくないからです」


「言いたくないのはどうして?」


「言いたくありません」


 伯爵は諦めた。恐らく、絶対に口を開かないだろう。

 少年の眼がそう言っている。


 だが、気になった。伯爵が持ってきた本は、大人でも難しい本だ。題名は「『勇者』のものがたり」の絵本の続きのように見えるが、実はそうではない。『勇者』がどうして『魔王』を封印ができたのかを、魔法学的に分析していたり(3巻)、『勇者』が勝てなかった場合のその後の予測話を書いていたり(4巻)、とにかく、小難しいことをぐだぐだと書いているのだ。


 それを、半日で読んでしまうとは…


 伯爵は少し高揚している自分に気が付いた。

 あの子は、天才かもしれない!



 次の訪問に、1巻を持って行ってみた。

 帰り際に感想を聞くと、「おもしろくなかったです」という答えだった。

 たしか1巻は『勇者』が魔族の大陸に放った広範囲魔法についての分析が書かれていたか…

 確かに、魔族とはいえ、かなりの被害が出たようだし、気分がいいものではないだろう。



 2巻の感想は「最悪です」の一言だった。

 なにが?と聞くと、不快そうな顔をしていた。

 2巻は『魔王』が生きていた場合の対策だったか?

 そんなに最悪な内容だった記憶はないが…?



 ちなみに、3、4巻の感想を聞くと、「おもしろかったです」と言われた。

 あまりに基準がわからなすぎて、首を傾げるしかなかった。


 

 次の時には別の本を持って行ってみた。

 何冊かを貸して、次の時に返してもらう。

 少年は感想を気まぐれのように言う。


 伯爵は楽しんでいた。そんなやり取りが、楽しくなっていた。

 次はどんな本を貸そうか、次はどんな感想を聞けるか…

 ここ数年、元気がなかった主人のいきいきした姿に、使用人たちも嬉しかった。


「楽しそうでございますね。旦那さま」


 執事の言葉に伯爵は頷く。


「あの子は天才だよ!!」


 あまりの親バカのような発言に執事は驚く。


 浮かれている伯爵を見て、執事は少し危うさを感じていた。

 もしも、もしもだ!そんなに賢い子ならば、伯爵に取り入るためにワザとそんなことをしているのかもしれない。


 執事は伯爵の親友、ユーリウス・ヴェルナンド侯爵に連絡を取ることを決める。


 主を止めてもらいたいと考えたのだ。





 ユーリウス侯爵は手紙を受け取って、驚いた。


 伯爵の執事から、主を止めてほしいとの懇願だったのだ。


 3人は同じ学校に通っていた学友でもあったので、手紙を貰っても不思議はないが、あの伯爵が子どもにハマっているという手紙に興味をもった。


 女性ではなく…子ども!?


 笑いが止まらなくなりながら、侯爵は伯爵の自宅を訪れた。


 

 

 しかし、笑いごとにならないくらいの伯爵のハマりように引いてしまった。


 これは、やばくないか?とも思ったが、


「俺も今度一緒に行っていいか?」


 侯爵は次の訪問に着いていくことを決めた。


 変わった子どもとも言われているのだ。確認しなくてはいけない。


 



 伯爵が来たことも気付いているにも関わらず、少年は裏庭で一人で木陰に座り込んで、本を読んでいた。


「こんにちは」


 伯爵が声をかけると、本から顔をあげる。


「こんにちは」


 少年は本を閉じて、伯爵たちの方に歩いてくるが、途中で止まる。


 侯爵は、お!と思う。少年が止まったのは、ちょうど間合いの外だ。この子は剣が使えるのか。


「こちらの方は?」


 少年は本を左手で持ったまま、右手を腰のあたりに添えている。


「私の親友だよ、ユーリウスと言うんだ」


「ユーリウスだよ。…名前は?」


 にっこり笑う侯爵に少年は警戒を解かない。


「テインと申します、ユーリウスさま」


「なあ、なんで近づかない?」


「…ユーリウスさまが警戒を解いてくだされば近付きます」


 へえ、と侯爵はおもしろそうに笑う。


「君は剣が使えるのか?」


「…自己流ですが…」


 ますますおもしろい!孤児院にいて、剣を使いたいと思うなんて!!


「強くなりたいのか?」


「…はい」


「なんで?」


「…言いたくありません」


 これは、確かに変わっている。が、賢い子だ。孤児院にいるのがもったいないくらいに…


「君、文字も剣も誰かに習っているの?」


「言いたくありません」


「はは!その答えは失敗だ!いると言っているようなものだよ」


 少年は顔色を変えないが、ちらりと自分の後ろに視線を送った。


 見渡せるほど小さな裏庭に誰もいるはずはないが、つい視線を追ってしまう。


「いません」


 少年は言いなおす。


 だが、侯爵は確信を持っていた。

 この子に文字や知識、剣を教えている人間がいる。


 おもしろそうな展開に侯爵はにっこりと笑った。


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