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第14話 そして、貴族のはなし1

 アルフレッド・セルゲイ伯爵。


 これは、孤児院に時々来る貴族の名前だ。


 元々は、孤児院に寄付に来ていたのは、彼の奥方だった。


 だが、7年前、彼の3つ年下の奥方は、28歳という若さでこの世を去っている。


 彼は、その1年後、愛する息子をも3歳で亡くしており、広い屋敷に数人の使用人と暮らしている。


 そんな彼は、月に何度か訪れる孤児院を楽しみにしていた。


 奥方を亡くし、子どもまで亡くした、彼は失意の中にいた。


 そんな中、孤児院に来て、自分のする話をきらきらした目で聞いてくれる子どもたちに癒されていたのだ。




 その日、伯爵は、いつも通り孤児院に着いて、意外なものを見た。


 ある少年だった。


 いつもお土産を期待して、駆け寄ってくる子どもたちと違い、遠巻きに見ているか、その場にいないその少年は、息子と同じ髪と眼の色をしている。


 その少年が、珍しく、すぐ近くにいるのだ。


 お土産のお菓子を受け取って、駆けていく子どもたちを見送って、少年はじっと彼を見上げた。


 緑の瞳がまぶしそうに細められる。


「どうしたんだい?」


 ふと、いつもと違う少年の行動に驚いて、声をかける。


「…あの…」


 言いにくそうにしている少年に優しくほほ笑む。


「なんだい?」


「その…本を…貸していただけないですか?」


 指をさす少年。


 本?何のことかと思い伯爵は、自分の手に持っているものを思い出した。

 馬車の中で眼を通していた本だ。


 これか…?


「しかし、これは…君には難しいのではないか?それに…」


 文字が読めるのか?そう聞こうとして、伯爵は止めた。


 そもそも孤児院の子どもが文字が読めるわけがない。そんな教育の場は孤児には与えられないのが常だ。絵本か何かと勘違いしているんだろう。と言っても、持ってきた絵本も本当に絵ばかりだ。


「絵本なら、別の袋に…」


「いえ…。お帰りになるまでで構いませんので、その本を貸していただけないですか?


 絶対に汚しません」


 少年があまりに食い下がるので、伯爵は珍しいこともあるものだ、と思い、本を貸した。

 

 伯爵の眼から見て、少年はいつも他の子どもたちとは距離を置いているように見えた。一度、気になって、シスターに聞いてみたが、あの子はいつもあんなものです。という、答えが返ってくるだけだった。なぜ?と聞くと、少し変わった子なのだと言われる。


 だが、今日話してみて、喋り方に知性を感じた…


 一度、「『勇者』のものがたり」を熱心に聞いていたことがあったが、それ以降、子どもらしさを見たことがなかったな。


「伯爵さま、こちらへ」


 そうシスターに促され、伯爵は子どもたちと遊ぶために孤児院に入って行った。





「ありがとうございました」


 帰り際、馬車に乗り込もうとしている時、本を差し出されて、伯爵は、自分がその本を貸していたということを忘れていたことに気付いた。もう夕方だ。少年を一度も見かけなかったが、どこで本を読んでいたのか。


 受け取ろうとして、ふと思い直す。


「いいよ、この本は君にあげるよ」


 何の執着も見せなかった少年が始めて食いついたものだ。読めなくとも側に置いておけばいいし、飽きても売れば、いい値段になるだろう。

 そう考えての発言だったが…


「いいえ、こんな高価なものは受け取れません。


 それに、もう読んでしまったので、できれば次に来られるときは続きをお借りしたいです」


 さらっと言われて、思わず受け取ると、少年は頭を下げて、さっさと立ち去る。


 よんだ?もう?

 すぐに意味が理解できずにいると、少年の態度にシスターが慌てて謝罪してきた。


「あの子は…文字が読めるのですか?」


 そう聞くと、シスターは首を振る。


「いいえ、教えてませんし、読めないです」


 では、なぜ…?


 伯爵は茫然とその本を見つめていた。


 本の題名は、「『勇者』のものがたりのその後 3巻」だった。




 次の訪問の時、まさかと思い、4巻を貸すと、喜んで裏庭の方に走って行った。


 なるほど、裏庭で読んでいるのか、と思い何気なく足を向ける。




 本に眼を落していた少年が顔を上げる。


「?伯爵さま?」


 首を傾げていた。


「ここで読んでいたのか?日の下で読むと、眼が悪くなるよ」


「いいんです。中は騒がしくて、落ち着いて読めませんし、騒いでいる子どもたちに本を破られても嫌ですから」


 子どもたち?君も子どもだろう?

 どう見ても10歳に届いていない。


「君はいくつだい?」


「9歳になったと思います」


 ?なったと?

 伯爵の疑問に気付いたのか、少年は続ける。


「僕の正確な誕生日は分かりません。


 ここに来たのは、9年前の風の日です」


 そうか、息子が亡くなったのも、風の日だったな。息子と同い年か…


 考えているうちに少年は本に眼を移していた。


「君は文字が読めるのかい?」


「…はい」


 返事は端的だった。


「誰に教えてもらったんだい?」


「…」


 集中したのか、返事はなく、本に必死になっている。


 伯爵は、まあ帰りにもう一度聞いてみよう、そう思い歩いて行った。




 伯爵が見えなくなると、少年は呟く。


「失敗した…


 言い訳が思いつかない…」


 焦りを含んだその言葉に、答える者はいなかった。




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