第13話 そして、大切なものの話
『師匠』は、ほとんど放置して、何も言ってくれないんだけど、『影』さんは、みっちり見てくれる人だった。
魔力を見つけた日から、数回目の修業だけど、すでに2か月が経っていた。
「もうちょっと。…もうちょっと。はい、そこで止めて。そのまま、10秒…
はい。いいよ」
「はっ!はぁ…っ!!はぁ!!」
息が切れる。走っているときより、キツイ。
右手に集中していた魔力を空気中に散らす。
「はい、よくできました」
『影』さんはにっこり笑って、頭を撫でてくれる。
「じゃあ、次は左ね」
ただ、『影』さんは、甘いようで厳しい。
「…はい」
魔力を左手に集める。
「ちょっと多い。1割って言ったよね?
もっと絞って。もっと…もっと。もっと!はい、そのまま…20秒…」
手が震える。汗が落ちる。
「はい、いいよ」
「っはっ!!はあ!!はぁ…っ!!」
魔力を思うところに思う量、固定する。こんな単純なことが、かなり難しい。
でも、『影』さんは、ほとんどできてるって言ってくれてるので、まだ正確じゃないけど、大丈夫なんだと思う。
『影』さんは、魔力量を見ることができる魔法を使っているようで、かなり細かいところまで見えるみたいだ。
「頑張ったね、休憩しようか」
「…は…い」
『影』さんが出してくれた木の椅子に座る。
「休憩かね?」
『師匠』はいつもの椅子に座って、のんびりお茶を飲んでいる。
「あんた、何しに来てるんすか?」
「もちろん、かわいい弟子と友人の様子を見にだよ」
「…そうっすか…」
『影』さんは、困惑顔だ。
『師匠』が友人って言うと、いつも『影』さんは困った顔をする。思うに、前『師匠』が言ってた、向うはどう思っているかわからない友人って…
どうして『影』さんは、『師匠』のことを友人って言わないんだろう?
そう言えば、『影』さんが『師匠』と話す時の軽口は、僕にはほとんど言わない。
「さて…ちょっと早いが、失礼するよ」
いつもより『師匠』の帰りが早い。『師匠』はさっさと裏庭から出ていく。
「また明日、『師匠』」
『師匠』がいなくなって、しばらくすると『影』さんが口を開く。
「少年はあの人のこと好きなんだねー」
「はい!尊敬してます」
「…ねえ、少年。君は…あの人が死んだらどう思う?」
え???
『師匠』が死んだら?
「君は以前は、大切なのは自分の命だけって言っていたよね?
だったら、今は?」
今…
今は…
『師匠』のことは尊敬している…。
きっと、失くしてしまったら、悲しい…!!
失くしたくない…
「うん。悩むってことは、きっとあの人は、君の中では、大切な人だ」
はっとした。
大切…?
そうか!僕にとって、『師匠』は大切だ!!
「『影』さんは…『師匠』が大切じゃないのですか?」
『影』さんは困ったようにふっと笑う。
「大切だよ。だけど…」
頭を抱えて、うつむいてしまった『影』さんに、僕は話を変えなきゃという気になった。
「そう言えば、『影』さんもお名前は言えないんですか?『師匠』には名前は言えないって言われたんです。
『影』さんがお名前ではないですよね?」
頭を上げた『影』さんは、僕の頭をぽんと撫でた。
『影』さんは笑う。
「少年、君はこれから大人になるにつれ、大事な人、大切な守りたいもの、命を懸けられるもの、がどんどん増えるだろう。
それを守るために、自分を守るために、強くなるんだ。
弱いままでは……何も守れない…」
僕は…この人も『師匠』と同じなんだと思った。
『師匠』も大切な人はもういない、そう言っていた。
「『影』さんは…」
「さて、少年。続きだよ!
次は、手のひらじゃなくて指にしよう!
指の先になると、もっと難しいよ」
『影』さんはにっこりと笑って、イスから立ち上がる。
確かに指になると、難しい。
手のひらの時より、手がひどく震える。
「どうしたの?集中力が切れてるよ」
「くっ!!」
さあっと魔力が散ってしまう。
「残念…失敗だよ」
息がひどく切れる。肩が上下する。
「今日は終わりにしよう」
『影』さんが太陽の位置を確認しながら言った。
「はぁ…はっ!あり、がとうござい、ました」
息も絶え絶えに言うと、ぽんと頭を撫でてくれる。
「またね」
するっと影に入り込んでいなくなってしまう。
撫でられた頭に触れながら、僕は考えていた。
きっと『影』さんは、大切ななにかを無くしたんだ。
僕と話しているときに感じる壁…
あれはきっと、守らなくてはならないものを作る気はないっていうことだ。
『師匠』はきっと強いから、だから、守る必要がない。
僕は弱いから、守らなきゃならないほど弱いから、『影』さんは壁の中に入れる気はないんだ。
僕はいつの間にか、『師匠』や『影』さんの気持ちが気になるようになっていた。




