第10話 そして、聖カルリナ神皇国で
聖カルリナ神皇国では、その日、大きな事件が起こった。
いや、正確には、ただの偶然と勘違いと、信仰心の起こしたもので、本人にしてみれば大迷惑にしかなりえない事件だった。
聖カルリナ神皇国が崇めているのは、『聖女』だ。
初代『聖女』が、光の精霊長と、自分の血族に力を貸してもらえるように契約した、と言われている。
それからは、血族でも、より慈悲深く、人に愛される少女の中から、光の精霊長との契約者が現れた。
光とは、癒しの力が強い属性だ。
病を治し、傷を癒し、その慈悲深さで人を救う『聖女』。
尊敬は崇拝を呼び、崇拝は信仰を呼び、いつしか彼らは、光の精霊を神として信仰するようになった。
だが、歴代『聖女』は光の精霊長の力を借りることはできても、初代のように心を交わすことは出来なかったのだ。
しかし、当代『聖女』は、かつてないほどの魔力をもち、光の魔法に優れており、その姿はまるで、初代の再臨とさえ言われている人物であった。
そして、運命のあの日…
なんの力だったのか、精霊のものとしかいえない力で『聖女』は確かに視たのだ。
それは『過去』だったのか『未来』だったのか…
1人の少年…
強い眼はまっすぐに前を見据える。
なにかを叫んでいるが、声は聞こえない。
少年は剣を構えている。
そして、目の前の『闇』にきりかかっていく。
ああ…
この方は…
やめて!
やめて!!
あなたが!
あなたが、死んでしまう!!
ああ…
『勇者』さま!
『勇者』さま!!
死なないで!!
『夢』から覚めた。
涙が零れていた。
「どう…なさいました?怖い夢でも?」
声をかけられて、初めて気付く。
『夢』?あれは『夢』だったの?
過去の?それとも…未来の?
『勇者』さまがいた…
あれは…?
「なんでもないわ。朝のお祈りにいきましょう」
起き上って『聖女』は、侍女にほほ笑んだ。
そして、彼女は聞かれていると思わずに、呟いてしまったのだ。
「『勇者』さま…ようやく(夢ででも)お会いできる(なんて)…」
これを聞いていた、侍女は、大層信心深い者だった。
『聖女』の独り言を、他の者に話してしまったのだ。
しかも、若干の脚色付きで…
いつしか、噂が噂を呼び、『聖女』さまに神託が下った!
と言う、本人が聞いたら、全く身に覚えのない話しになってしまったのだ。
あの『夢』は、というと、おそらく過去に起きたことを、たまたまその日、精霊とのシンクロ率が高ったために、精霊の記憶を夢として垣間見てしまったものに過ぎなかったりするのだが…
つまりは、過去の話、というわけだ。
後で、彼女はそんなことに気付いたのだが、すでに手遅れだった…
もはや、訂正もできないほど、国中にひろまってしまった「『勇者』の再来」…
笑うしかないような冗談のような話だった。
本人は、もう2度と独り言なんて口にするもんか!!
と心に決めるのだが、泣くに泣けない状況に1人肩を落とすだけだった。
『勇者』の誕生というのは、裏をとればこんなものなのだが、事実は『聖女』しか知りえないことなので、『影』のとったという裏というのは、せいぜいが侍女どまりということになる。
こうして、全ての人に『勇者』の誕生を信じさせた『聖女』は、その秘密を墓場まで持って行く覚悟で、『魔王』が復活しないことをなぜか信仰する光の精霊に祈るようになる。
ちなみに、その日に生まれた子どもは、後に、幼いころから『勇者』教育をうけることにもなるのだが、それはまた別のお話…
折しも、その日はテインが木の棒を振り始めた、最初の日だった。
それは、ある意味で言えば、『予言』だったのかもしれない。
当代『聖女』シルフィーナ・ミ・ラ・ピュル。
そのとき、まだ5歳だった。




