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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.2 野心と欲望のウォーゲーマー
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#24 エモーショナルコントロール

 アインラード市の市庁舎会議室。かつてウーデットやキミヒコらが会議をしていたその部屋に、王女派の武官たちと騎士ヴェルトロがいた。


 重苦しい空気の漂うその部屋の扉が開かれ、老年の騎士が入室した。騎士サジタリオである。


「……どうだった?」


 ヴェルトロのその短い問いにサジタリオは首を横に振って答える。


 部屋にいる人間の何人かからため息が漏れた。ヴェルトロもその一人だ。


「ヘンリエッタ様にも困ったものだな」


「そう言うな、ヴェルトロ卿。お歳を考えれば致し方あるまい」


「だが、いつまでも塞ぎ込んでおられては困る。これから決戦というのに、士気に関わるぞ。ただでさえ、ウーデットの奴に好き放題やられて状況は芳しくないというのに」


 このところ、彼ら王女派の内情は良くない状況が続いていた。


 アインラード市は制圧することができたものの、糧秣は確保できなかったうえに、騎士フォルゴーレが討たれた。


 これからの決戦においては、ウーデットのみならずハインケルも出てくるのは確実だ。優勢であったはずの騎士の数は二対二で並ばれたうえに、敵には騎士殺しの殺戮人形までいる。さらに悪いことに、連戦続きの上に物資の不足で王女派の軍は疲弊しているのに対して、王弟派の軍は準備万端で待ち構えているだろう。


 そしてこの苦しいときに、彼らの首領であるヘンリエッタは、フォルゴーレが討たれたショックで部屋に閉じこもってしまっていた。


 会議の出席者の武官たちの顔は、皆一様に暗い。


「そうだな。確かに状況はよくない。このまま決戦というわけには、いかんだろうな」


 はっきりとは言わないが、このままでは負けると暗に示すサジタリオ。

 彼は降伏も視野に入れていた。その場合はなんとかして、ヘンリエッタの助命だけはしなければならない。


「フン。暗君におもねる連中が、なにするものぞ。なあに多少の劣勢くらい、この騎士ヴェルトロがひっくり返してくれるわ」


 そう言って快活に笑うヴェルトロ。

 彼の様子にあてられて、会議の空気が少し軽くなった。サジタリオも自分が思っていた以上に弱気になっていたことを自覚し、笑った。


「そうか……、そうだな。我々はまだ負けていない。まだやれることはあるはずだ」


「おうよ。我らの力をあのアルフォンソめに見せてやるぞ」


 ヴェルトロに引っ張られるようにして、会議は前向きなものに切り替わっていく。

 なんとか状況を好転させるすべがないか。武官たちも必死に考えを巡らし、意見をぶつけ合う。


 会議が進む中、突然に部屋の扉が勢いよく開かれた。


「会議中失礼いたします!」


「何事か」


 突然の来訪者にサジタリオが短く問いかける。


「ハインケル卿がアインラード市上空に来ています。単騎で、白旗が掲げられています」


 どよめきが起きる。


 もしやハインケルが王女派に降るのか。アルフォンソの性格を考えれば、それは不思議なことではない。

 ここにいる全員がそう期待した。もしそうなれば騎士の数は三対一となる。武官たちの顔が、突如として現れた希望に紅潮する。


「確かか?」


「しかとこの目で。間違いございません」


「すぐに出迎えの準備を。庁舎前の大通りに飛竜の着陸地点を確保して誘導するのだ。決して失礼のないようにな」


 サジタリオは伝令に命令を出し、自らもハインケルの出迎えのために席を立つ。


 ここでハインケルが味方となってくれれば、まだ希望はある。そう意気込んで会議はヴェルトロに任せ、サジタリオは歩き出した。


 実際には彼の意気込みなど、もはや無用のものなのだが、さすがのサジタリオも自分たちのあずかり知らぬところでこの戦争の決着がついていようとは、想像だにしていなかった。



 ハインケルが降伏の使者としてアインラード市へ向かうのを見送ったあと、キミヒコとホワイトは王城の割り当てられた部屋で待機していた。

 ホワイトから目を離してくれるなと嘆願されたうえでだ。


「はあ……。いったい、なんだってこんなことに……」


「日頃の行いでは?」


「お前、マジでいい加減にしろよ。ちょっとは申し訳なさそうにしろ」


 そう言って、ホワイトの頭をポコポコとはたく。

 とはいえ、キミヒコは口では申し訳なさそうにしろなどと言ったが、実際はそこまで怒っていなかった。


 あの狂王が毒殺など企てるのが悪い。キミヒコはそう思っていた。ホワイトはキミヒコの身の安全を確保したに過ぎない。やり過ぎではあるのだが。


 ソファの上でホワイトを膝に乗せ、その頭を撫でながら時間が過ぎるのを待つ。


 しばらくすると、部屋の扉がノックされた。


「……どうぞ」


 キミヒコが返事をすると、先程の会議にいた武官の一人が部屋に入ってくる。


「失礼します。キミヒコ殿、ハインケル卿がお戻りになられました」


「そうですか。交渉はどういう塩梅になりましたかね?」


「詳細は自分にもまだ……。どうやらそれについてお話があるようです。我々も呼ばれておりますが、キミヒコ殿も先程の会議室へ来てほしいと言伝を預かっています」


「わかりました。準備をしてすぐに向かいます。先に行っていてください」


 キミヒコがそう言うと、武官はそそくさと出ていった。


「ホワイト、糸電話の調子はどうだ?」


『問題ありません』


 耳に詰めたドレスの切れ端から、ホワイトの声が響く。

 今度はホワイトを膝から下ろし距離をとって、口に手を当て小声で囁く。


「こちらの指示も聞こえるな」


『恙無く』


 その状態でも問題なく、返事がきた。


「よし。この城に居座るにしろ脱出するにしろ、しばらくはこの通信状態を維持しろ。なにか行動を起こす前には、俺にひと言入れろよ」


「緊急時は?」


「その場合は判断を任せるが、なるべく殺生は避けろ」


「心得ました。貴方に危険が及ぶと判断したなら、先手を打ちます」


 頼もしい限りだが、ある程度の裁量を与えることに、キミヒコとしては不安がないわけではない。

 しかし、勝手に暴走されるのは困るが、先の読めない現状では、やむを得ない危険性といわざるを得なかった。


「やらざるを得ない状況なら仕方がないが、今度はやりすぎるなよ……。もう、今度やったら、完全に崖っぷちだからな……」


 ホワイトに注意するというよりは、祈るような口調でキミヒコはぼやいた。


「崖っぷちもなにも、それが嫌なら最初から不確定要素を排除しておけばいいのでは? 先手を打って、殺してきましょうか。今なら不意打ちで労せず騎士を二人とも始末できます」


「……お前、マジ、本当に、余計なことはしてくれるなよ。だいたい、ウーデット卿の取りなしで、こうして呑気にしていられるんだからな。恩人なんだぞ。こんなことになってなければ、友人として融通利かせてもらうつもりだったんだ。軽々に殺すとか、言うなよな」


 キミヒコとしては、ウーデットにはそれなりに恩義を感じていた。戦後に便宜を図ってもらうためという下心はあったものの、親しい関係を構築できたと思っていた。


「恩人? 馬鹿馬鹿しいですね。恩人だとか友人だとか、そんなレッテルがどうしたというのですか? 邪魔になったらそんなものは剥がせばいい。それだけのことでしょうに」


 あまりに冷酷なホワイトの発言に、さすがのキミヒコもムッとした。


「ふん……。お前らしい発想だな。だが、俺は人間だぞ。お前と違って、感情を重視することもある。たとえそれが合理的でなくともな」


「合理的でなくとも? では、あの騎士二人が敵に回ったなら、座して死を待つとでも?」


「そこまでは言ってねえよ。ウーデット卿とハインケル卿には悪いが、こちらを殺しにかかるような動きを見せたら容赦するな。王女派の連中の返答次第では、そういう可能性もあるからな」


 キミヒコたちは王女派の騎士二名を殺害している。いい感情を持たれているはずがない。降伏の条件に、キミヒコたちの首をよこせなどという要求もあるかもしれない。


 そうなった場合、ウーデットたちとの関係は完全に破綻してしまうのだが、殺し合いにまで発展するかは未知数だった。


 ウーデットたちとしてもホワイトとの戦闘は避けたいはずなのだから、なるべく見逃す方向で調整してくれるのではないかとキミヒコは考えていた。


「とにかく、短絡的に殺しで解決するのは駄目だぞ。穏便に事が済むなら、それに越したことはないんだ」


「そういう微妙な匙加減を要求されても、難しいのですが」


 ホワイトの困ったとばかりの発言に、キミヒコはため息で答えた。

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