#23 簒奪の勧め
王城の一室。常であれば家臣団による会議室として使われるであろうその部屋に、騎士二人と十人ばかりの武官が集まっていた。傭兵であるキミヒコとホワイトもいる。
広々とした部屋の空気は、鉛のように重く沈み込んでいた。
「……どうしたものだろうか」
ウーデットの小さい呟きが、静まりかえった部屋に響いた。その意気消沈ぶりは、顔を見ればすぐにわかった。
もともと実年齢より上に見えるような、落ち着いた雰囲気を持つウーデットだったが、今はさらに老け込んで見える。ハインケルもまた、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいる。
なんでこの場に来てしまったのだろうか。
冷や汗を流しながら、そんなことをキミヒコは思う。
ホワイトの王殺しが発覚してからすぐ、臨時会議の召集がかかった。
無視して逃げた方がよかったと、キミヒコは今になって後悔しているのだが、凄まじい急展開に気が動転していて、呼ばれるがままにこの会議に出席してしまった。
今のところ、追及はない。だが、雰囲気でキミヒコにはわかった。ホワイトが王を殺したことは、もう絶対バレている。
トイレとかなんとか理由をつけて、退散すべきだろうか。そんなことをキミヒコが考えていると、ハインケルが重い口を開いた。
「……これより臨時会議を開始する。すでに箝口令が敷かれているが、この場の全員が知っているでしょう。陛下が、お隠れになった」
王が死んだ。その事実が騎士の口から告げられるが、誰もなにも言わない。この部屋の面子には周知の事実ということだ。
それどころかこの場には下手人もいる。当の本人は素知らぬ顔ではあるが。
「今後、我々がどうするのか、方針を固める必要がある。……だがその前に、キミヒコ殿に聞いておかねばならないことがある。陛下になにがあったか、ご存知でしょうか?」
ハインケルから、キミヒコに質問が飛ぶ。
どうすれば、この場を切り抜けられるか。キミヒコは脳をフル回転させて、どうにかアイデアを出そうとした。
今ここで説得すべきは、ウーデットである。質問をしてきたハインケルではない。
キミヒコはここ数日の交流で、ハインケルはなにかにつけてウーデットに追従することを見抜いていた。おそらく、王弟派についたのもウーデットがいるからだ。
理由はわからない。だが、時折彼女がウーデットに向ける視線から、なにか含むところがあるらしいことを察していた。
単に先輩騎士だからなどということではないだろう。同じく先輩騎士であるサエッタが殺害されたことは、軽く流していた。サエッタの生死などさして関心がない、そういう態度だった。
ウーデットに恩義でもあるのだろうか。騎士になる際に、後ろ盾になってもらったというのはありそうな話である。あるいは、なにか血縁でもあるのか。実は隠し子だったなどということも、あるかもしれない。
そこまで考えて、キミヒコはそれ以上の推察をやめた。下衆の勘繰りなどしている場合ではない。
とにかく今はハインケルではなく、ウーデットだ。
現状、軍はウーデットの手の内にあるといって過言ではない。ハインケルも彼に従う。ならば、どうにか彼にとりなして貰えばなんとかなる。
ではどう説得するか。
キミヒコはウーデットとはそれなりに付き合いが長い。彼が清廉な人間であることを知っていた。
必要とあれば、土下座もするし、金で解決できるならいくらでも支払う。靴を舐めろと言われれば躊躇なくそうする。キミヒコはそういう人間だったが、ウーデットにはゴマすりが通用しないことも理解していた。
ではどうするのか。下手な小細工は反感を買うだけだ。なら、もう、素直に白状して、誠実な態度を見せるしかない。
この結論に至るまでの時間は、およそ十数秒。結局、そのまま自供するしかないという事実は、キミヒコを大いに不安にさせた。
いやでも、俺たちはそんなに悪くないだろ。あの狂王が悪い。これは正当防衛だ。たとえやりすぎだったとしても、先に手を出したのは向こうなんだぞ……!
ホワイトから詳細を聞いて、王が毒殺を企てていたことをキミヒコは知っていた。
情状酌量の余地はあるはず。それで駄目なら、ホワイトの暴力でこの場を脱する。
キミヒコは腹を括った。
「……はい、大まかなことは、ホワイトから報告を受けました」
「その内容を、この場で聞かせてもらっても?」
ハインケルに促され、キミヒコはゆっくりと語り出した。視線はウーデットへと向けて、平静な態度を装いながら。
王がホワイト欲しさにキミヒコに毒を盛ろうとしたこと。朝食に毒を混入させ、キミヒコの部屋へ配膳しようとしたメイドを、企みを察知したホワイトが殺したこと。そのまま王の下へホワイトが乗り込み、近衛兵とメイドを諸共にして王を殺害したこと。
キミヒコの説明を、全員が黙って聞いていた。
話が終わると、再び会議室に沈黙が満ちる。
一拍置いて、その沈黙を破ったのはウーデットだった。
「そうか。よく、話してくれた」
ウーデットは絞り出すようにしてそう言った。それだけだった。
怒号が飛び交うのか、はたまた斬りかかってきて血の雨が降るのか。戦々恐々としていたキミヒコとしては、拍子抜けだった。
「……なにも仰らないので?」
修羅場にならずに済みそうなことに安堵しつつ、キミヒコはそう問い返した。
なにしろ王殺しである。キミヒコたちに対して思うところは、一つ二つどころではないだろう。この場で斬りかかってこないのが不思議なくらいである。
「貴公の話は、こちらで集めた情報と一致している。虚偽はあるまい。それにいまさら、なにを言っても……仕方があるまい。我々は陛下を止めることができなかった。亡き陛下の仇討ちをしたところで状況は変わらないし、そもそもそんなことができるかもわからん」
ウーデットの言葉を聞いて、キミヒコは内心で快哉を叫ぶ。
た、助かった……! そうだよな、ホワイトを敵に回してまで、あんな奴の仇討ちなんかするわけないよな。さすがはウーデット卿だ!
危機を脱したことで、キミヒコの内心は狂喜乱舞といった有様だった。無論、それを表に出すわけにはいかないので、うやうやしく黙礼して顔を伏せる。
もうこのあとは、神妙な顔をして俯いているだけでいい。キミヒコにできることは、会議の成り行きを見守ることだけだった。
「……そう。卿がそう言うのなら、私から言うことはないよ。問題はこれからどうするか、だね。私たちは錦の御旗を失った。決戦はどうする?」
キミヒコの目論見どおり、ハインケルはウーデットの意見に追従した。武官たちも同様らしく、キミヒコたちをどうこうしようという空気ではなくなった。
議題は、これからの王女派との戦争についてに変わった。
「もはや血を流す意味はない。陛下には跡継ぎがいないのだからな。ヘンリエッタ王女の軍門に降る他ない」
「ウーデット卿、お待ちください。ここまできて、それは忍び難くあります。我々の勝利まではあとひと息です。陛下のことはまだ知られていません。隠したまま、決戦に持ち込むことは十分に可能です」
降伏するというウーデットに対して、武官の一人が戦争の継続を進言する。
「それをしてどうする? 決戦を制したとして、そのあとは? 我々の誰かが王を名乗るか?」
ウーデットの言葉に、戦争継続を唱えていた武官が黙る。
しかし彼は諦めたわけではなく、期待を込めた視線をウーデットに向けていた。そして、そうした視線は彼だけではなく、他の武官もハインケルもそうだった。
特にハインケルなどは、顔が紅潮し、瞳が爛々と輝いている。
……これはあれか。王位簒奪への期待か。
ヘンリエッタを殺してブルッケンブルク家を断絶させるか、その身柄を抑えて実権を奪ってしまえば、不可能ではない。
権力というものは暴力によって保障されている。そして現在、暴力機関である軍の実権を握っているのはウーデットである。ウーデットさえその気になれば、国盗りできる公算は高い。
……悪くないな。これは、悪くない話だ。
キミヒコは状況を察して、内心でそうひとりごちる。
ウーデットが王となるなら、それはキミヒコとしても望むところだった。やらかしたことがことだけに戦後に好待遇とはいかないだろうが、このまま王女派の軍門に降るよりはよっぽどいい。
「王国騎士は反逆しない。私は簒奪者になるつもりは、ない」
だが、肝心のウーデットにその意思はなかったようだ。
「じゃあ、降伏か……。致し方ない、か」
ハインケルが心底残念そうに呟く。
「そう悲観することはない。……王国は疲弊した。ヘンリエッタ王女やサジタリオ卿は我々を無下には扱うまいよ」
ウーデットの言ったとおり、降伏した騎士や武官を無下に扱うことはないだろう。しかし、自分たちはどうだろうか。
もはや発言権などあるはずもないので、黙って聞いていたキミヒコだったが、そこがどうしても気になるところだった。
騎士二人に加え、王を殺しているのだ。札付きの危険人物扱いされることに疑いはない。逃亡するのなら、早急にするべきだ。
そんなふうなことをキミヒコが考えていると、ハインケルから声がかかった。
「キミヒコ殿はどうする? 連中からすれば、先王の仇を討ったのはあなたということになる。これまでのこともあるから、どういう扱いになるのか判断はできないけれど……」
ハインケルがキミヒコに身の振り方を尋ねる。
王女派の言い分では、先王は王弟アルフォンソに暗殺されたことになっている。それを討ったといえなくもないが、だからといって王女派に取り入るにしてはホワイトは戦場で暴れすぎた。
即刻逃げるのが安牌ではあるが、王女派の出方次第では美味しい状況に持っていける可能性もないことはない。
「まあ、今すぐ決める必要はあるまいよ。これから降伏を申し入れて、ヘンリエッタ王女が王都へ入るまでは時間がある」
悩むキミヒコに、ウーデットがそう言ってくれる。
この会議に出席する前のキミヒコなら、悩む余地もなく逃亡一択だっただろう。だが、とりあえずの危機が去ったことで、少しでも得な方を選びたいという欲がでていた。
しばらく居座って、情勢を見極めてから決断してもいいかもしれない。そう思ってしまった。
「……ご配慮いただき、感謝します。今後の身の振り方は、しばらく考えさせていただきます」
キミヒコが決断をいったん保留にする旨を伝えると、ウーデットは短く「そうか」とだけ言って、降伏交渉の段取りに入っていった。
完全に蚊帳の外となったキミヒコは、ただぼんやりと会議を眺めていた。




