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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
コーダー
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コーダー - 第9話

 平然と隣で腕組みをして立っている部下の姿を、磐鷲は思わず二度見した。彼女はつい先ほどまで、リビングの外に居た筈だ。


「ついさっきだが?」


「どうやってだ」


「あのなぁ、あたしだって馬鹿じゃねーんだ。この糞女が陰陽師で、あたしが倒れ込む形でリビングに入ろうとしたのをわざわざ式神使って止めた時点で、術のカラクリぐらい気づくっつうの」


 術のベースは『方違え』だろ、と、晶穂は事も無げに真実を言い当てた。青樹まどかは……声を発しない。


「災いの起こる方角を読んで、その方角に沿って目的地に向かわないよう別の場所を経由する、っつうのが本来の『方違え』。あんたはそれを、特定の方角から目的地に『向かえない』っつー形にアレンジしてたわけだ。元々、陰陽術は土着信仰と結びついて、独自の術として昇華されやすい傾向にあるしな。その程度の術の組み換えくらい何とかなるだろ。


 タネが分かりゃあ後は簡単。『向かえない』なら『向かう』っつう形以外で部屋に入ればいい。倒れ込むなり、自分の一部を中に投げ入れてやるなりな。ボスの場合は後者だろ? 元々中に『居る』ことにしちまえば、『入る』や『向かう』っつう枠組みからは外れる」


「お前セリフ長いな」


「それ、前の事件の時に涼にも言われた」


「ふ……ふざけんじゃ――!」


「誰もふざけてねーよ」


 激昂した青樹まどかがソファから起き上がろうとした瞬間、晶穂は自由の利く左手を真っすぐに相手へ向けた。その掌からは。


 深い青と、透き通る紫が混ざる、美しい――けれども邪悪な輝きが、仄かに放たれている。


「顔面凹ませられたくないなら、大人しく負けを認めろ。言っとくが、あたしゃあんたに心底ムカついてる。涼の母親だろうが容赦しねえぜ」


「……お優しいのね。だけど、あの子を悲しませたくないなら、あたしに危害を加えるのは愚策じゃない?」


「ご心配なく。うちの講には、治療の祈祷が得意な巫女さんが居てな。死んでさえなけりゃ、多少の怪我はあっという間に、傷跡ゼロで治してくれる。おまけに、涼は今日、楽しい楽しい林間学校だろ? 治療の時間は十分だ。何回でも顔の形変えてやるぜ」


 覚悟は出来てるか、と晶穂は尋ねた。


 青樹まどかは、低い声で笑った。


「やってみれば?」


「なら遠慮なく――」


 晶穂がそう告げた、直後だった。


 不意に。


 玄関の方から、「ぎゃあ」という悲鳴が聞こえた。


 部下の傍を離れ、磐鷲はリビングの入口へ引き返す。そうして暖簾を手で押し開けた彼が見たのは、玄関で大の字になって倒れている、膝まで隠れる長い丈のコートを羽織った――けれどもその下はスリップ一枚という出で立ちの、一人の女性だった。真っ黒な長い髪に、アンダーリムの黒いフレームの眼鏡をつけ、細身で、丸顔で、目鼻立ちの整った美人。間違いない。


 『青樹まどか』だ。


「……はあ」


 目をパチパチとさせていた磐鷲が振り向くと、晶穂に左手を突き付けられたままの『青樹まどか』が、観念したように溜息をついていた。


 『青樹まどか』が二人いる。玄関とリビングに、二人。


 成る程、と磐鷲は呟いた。


「リビングに居たのは、術者の姿を模した、自動操縦型の式神だったわけか」


「せいか~い。はいもう降参降参~」


 ワザとらしく肩をすくめてから、『青樹まどか』の姿をした式神は、ソファの上に寝転がった。彼女――彼女?――はボリボリと尻を掻き、先ほどまでの敵意はどこへやら、実にやる気の無い声色で続ける。


「いや~この状況じゃ~も~どうしよ~もないよね~。ねえねえ、ショウホちゃんだっけ? あたしが式神で、本体が逃げ出そうとしてるって、どうやって分かったの?」


「あー、なんだ。期待に沿えなくて悪ぃが、ありゃ単に、何かあった時のために、商売道具を地雷代わりに玄関に仕掛けておいただけだ。つうかお前、マジに式神なのか? ボス、式神って、術者が気を失ってても、ここまでぴんぴんしてられるもんなのか?」


 毒気を抜かれたのか、晶穂は左手を白衣のポケットに戻した。磐鷲はすぐには応えず、玄関に戻って、あられもない姿で倒れて動かない青樹まどかの様子を見る。……特に怪我はなさそうだ。確かに、気を失っている。どうやら、リビングへ向かう通路の左手、洗面台の方――つまりは風呂場にでも隠れていたらしい。


「おーい、ボスー?」


「喧しいぞ糞餓鬼、獲物をしまうなら確認が済んでからだ、油断しやがって。それから、よく覚えておけ。術者が気を失ってる状態で、そこまでペラペラ話せる式神は早々居らん」


「へー。じゃ、陰陽師としては優秀なんだな、涼の母親は」


 実際に術者が気絶している以上、そう考えるのが自然だろう。磐鷲は玄関に倒れたままの女性を横抱きに抱え、リビングへと引き返す。


「で、どうするの? 血判が欲しいなら、今がチャンスだと思うけど」


「勝手に指切って判押しちまえってか? ヒトとしてどうかと思うぜ」


「最終通告は終わっている」


 晶穂のボヤキに対し、磐鷲は躊躇いなく、青樹まどかの親指の先に小さな切り傷を付け、血を滲ませた。そして、持参した書類に、ぐりぐりとその指を当ててやる。


 任務内容――ターゲットから、用意した書面に血判を貰うこと。


 結果――用意した書面に、ターゲットの血判を押すことに成功。

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