コーダー - 第7話
磐鷲はリビングルームの入り口にて腕を引き、次の一突きの準備をしている鎧武者――の先に見える、二つの白い足を見つめた。もう、相手の両足は、宙をパタパタと蹴るような真似はしていない。静かに、次のアクションを待つように。
じっと、止まっている。
「コーダーか」
磐鷲はサングラスのブリッジを、もう一度、指で持ち上げた。そして、慎重に言葉を選び、放つ。
「だが、『だから』どうした? 確かに、コーダーの地位は特殊だ。国からコードネームを付けられ、他の除霊師とは別枠扱いされる。厄介な仕事を依頼されることもあるだろう。しかし、重宝こそされ、邪険にされることは無いがね」
嘘は言っていない。
「あんたの言う通り。でも、『だから』気に食わない」
彼女もまた、事実を告げる。
「『道具の使用が前提の除霊師は二流、知識と技術で祓える除霊師は一流』――この業界の常識よね。
コーダーは問答無用で一流の除霊師。だからこそ、コーダーを国に紹介した講は、国から大きな報酬と信頼を得られる。
……ああ、ほんと、反吐が出る。なんだっけ? 『大恩ある師の家族に、不自由な生活を』? 馬鹿じゃないの」
『自分に利益が出るから』の間違いでしょ、と彼女は言った。
それは。
「あんたこそ」
誤りだ。
「よくもそこまで、それらしい理由を白々しく並び立てられるな」
磐鷲は右腕を伸ばした。そして、狙いを定める。警戒したように頭を低くする鎧武者へと。
「最終通告だ。素直に術を解き、部屋に通し、俺の用意した書面に血判をしろ。でなければ、その武者型の式神を破壊する」
スミス&ウェッソン社製自動拳銃、M&P。その銃口を、微細なブレなく鎧武者の眉間へ向けても、相手は低く笑うばかりだった。効くわけがないだろう、とでも言わんばかりに。
「何それ? モデルガン突きつけて、ガキじゃあるまいし」
「実銃だ。脆い式神風情が、実銃の威力に耐えきれるか――試してみるか?」
あまり喜ばしくないがね、と磐鷲は呟くように言う。式神を破壊すると、そのダメージはそのまま術者に跳ね返る。磐鷲とて、恩人の娘を式神返しでボロボロにすることに、心が痛まないわけではない。
だが、それ以上に許容できないことがある。
「仮に俺たちが退けば、次にあんたへ勧告書を持ってくるのは、十中八九、通廊の者だろう。あんたはこう告げる筈だ。『娘を仕事に行かせた? 馬鹿を言うな。あれは娘ではない。自分の式神だ』と。知識はあっても所詮通廊は役所勤め、あっさりとその言い分を通す。こうして、公的に道具扱いされる少女が一人出来上がる。……それだけは何が何でも許さん」
どうして、と、リビングの声は尋ねた。磐鷲の推測を否定するのではなく、どうして、と尋ねたのだ。
「俺は了さん――あんたの母親、俺の師から、あんたら親子のことを頼まれた」
磐鷲は思う。ああ。
否定してくれたならば、どんなに良かっただろう。
「あんたは十八で結婚し、子を産んだ。だがすぐに別れた――いや、捨てられた。その経歴と、これまで娘を単独で向かわせた仕事の数、あんたを知る者たちへの聞き込みを通せば、あんたの娘への愛情の薄さも、今回の事態にあんたがどう対応しようとするかも、嫌というほど容易に推測できる。この業界で一般常識が通用せんことは『業界の常識』だからな。どんな非人道的な理屈でもまかり通る。
だが、そんなことは許さん。恩人の娘を、子を道具として登録するような畜生道になぞ、俺が絶対に堕とさせん」
「やってみたら?」
――くそったれ。
磐鷲は迷わずに引き金を引いた。何度も何度も引き金を引いた。四十口径の銃口から煙と重音がマンションの一室にこだまし、音と同時に空の薬莢が宙を舞う。くそったれ。本当にくそったれだ。嫌な予感がこうまで的中するとは――彼が胸中で舌打ちした、その瞬間だった。
鎧武者は、美しい軌跡で、空を何度も斬り裂いた。
サングラス越しに、磐鷲は目撃する。宙を進む特製の銃弾。それが。
鎧武者の数閃で、真っ二つに裂かれていく様を。
やがて。
彼の手にしているM&Pから、銃弾は全て消えた。





