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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
フォルスフッド
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フォルスフッド - 第3話

 あれはアサミが自分に憑いて、二週間ほど経った頃だった、と中村は話した。


 彼女を遊園地に連れて行ってやろうと思い立った中村は、平日にわざわざ有休を取って、目的地に向かうべく、混雑する電車に乗り込んだ。混雑の原因は、遠足か学外実習にでも向かうのであろう、小学校低学年の子供たちが同じ車両に乗り込んでいたためだという。引率の先生がどれだけ注意をしても、子供たちの溢れんばかりの生命力は、社内に甲高い無数の話し声を生み出していた。人によっては微笑ましく、或いは騒音以外の何者でも無い――そんな状況だった。中村はというと、子供は苦手だそうで、車両を移動すべきかどうか迷っていたそうだ。


「子供が苦手? ですがその少女は」


「アサミは特別なんです」


 成程、と磐鷲(ばんしゅう)は頷く。彼の感情がプラトニックなものであればいい、と胸中で願った。


「その時、突然、アサミが私から離れたんです」


 少女はまるで海中を漂うクラゲのように、フラフラと、騒ぐ小学生たちの方へ向かっていった。中村はぽかんと口を開けてアサミの後姿を見つめていた。そんなことは、この二週間で初めての出来事だったからだ。


 やがて彼女は、元気にはしゃいでいる一人の少年の前に立った。そして。


「噛みついたんです……その子の喉元に。まるで……まるで、凶暴な野犬のような荒々しさでした。普段のアサミではない、何か全く別の存在が、彼女に乗り移ったような……それくらいの変わりようでした」


「幽霊が、別の幽霊に乗り移られた? なかなか興味深いことを仰いますな」


「あ、いえ……いや、しかし、そうでもないと納得できないような勢いだったんです。あんな……あんな獣のような」


 中村はその時のことを思い出したように、細身の体をより縮こませた。それで、と磐鷲は促す。


「噛みつかれた相手の少年は?」


「……倒れました。気を失ったようで」


 車内は騒然となったそうだ。小学生たちは倒れた少年を取り囲んで顔色を覗き込み、その輪の中央では担任の教師らしき女性が少年の名を呼び掛けていた。そしてその中を、またアサミはフラフラと帰ってきた。何事も無かったかのように。


「その日はもう、遊園地どころではなくて。次の駅で引き返して、急いで家に帰りました。ですが」


 中村はそこで言葉を切った。何を思ったのか、今度はローテーブルと磐鷲の顔とで視線を往復させている。……また何か、後ろ暗いことがあるらしい。


「何度も言いますが」


 他言はしない。そう伝えると、恐る恐る、中村は口を開いた。


「帰る途中に、その。確かめたくて」


「何を?」


「彼女が本当に……子供を襲うのか。それで……まだ陽も高かったし、帰り道に、傍を通ったんです。その――」


「その少女と遭遇した小学校の傍を、ですか」


 ごにょごにょと言い淀む中村の言葉に割って入りながら、磐鷲は灰皿に灰を落とした。


 成程、と思う。


 少女の正体を知るための行動を、彼も起こしてはいたわけだ。但し、それは除霊の手がかりを探すためではなく、彼女の危険性を確かめるためのものだったわけだが。


「それで?」


 彼女は小学校に居た子供を襲ったのですか――磐鷲は答えを知っていながらそう尋ねた。努めて、淡々とした口調で。


 中村は。


「……はい」


 消え入りそうな声で答えた。


 ちょうど休憩時間だったらしく、校庭には多数の児童が居たそうだ。そこへ――大きなフェンスなど半透明の体ですり抜けて――アサミは向かっていった。やがて彼女は、鉄棒の近くに居た児童に接近して――。


「――事が済むと、彼女は私のもとに戻ってきました。小学校は大騒ぎで、私は……走って帰りました……」


 暫く、事務所には沈黙が流れた。中村は怯えた様子で磐鷲(ばんしゅう)の様子を窺っており、対する磐鷲はというと、無言で煙草を吸い続ける。相手からすると、実に居心地の悪い状況だっただろう。何せ彼は、『確認』のために、名前も顔も知らないどこかの子供を、あえて少女に差し出したのだ。誰に詰られようが文句は言えまい。


 だが。


「『祓ってもらうべきか』――あなたはそう仰いましたな」


 磐鷲は敢えて、そのことに触れず話を進めた。


「仮に私が『祓うべき』と伝えたとして、あなたは私の判断に従いますか?」


「それは……」


 中村が口ごもる。磐鷲は二本目の煙草に火をつけた。煙が静かに天井へと立ち上っていく。


「ど、どう……どうして? どうして、なのでしょうか」


「どうして、とは?」


「だ、だって、アサミが子供を襲うとして、じゃあ子供に近づかなければいいだけじゃないですか」


 中村は膝の上の拳をぐっと握り、そう言い放った。




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