13
『なんだよ…これ…』
孤児院の敷地内は、荒れに荒れていた。
あんなに綺麗に咲いていた花も花壇も、跡形もなく粉砕されている。
孤児院の建物も、あちらこちらに銃弾の乱射跡があり、1つとして無事な窓ガラスが無い。
こんな中、皆はどこに隠れているんだろう…。
イヤな予感が頭を過る。
割れて床に飛び散ったガラスをジャリ…ジャリ…と踏みしめながら、リビングだった場所に向かった。
そこで俺が目にしたものは、まさに地獄絵図とでもいおうか…。
小さな子を守ろうとしたのだろう、年長者が小さな子達に覆い被さったまま床に倒れている。
だからと言って、庇われた子が生きている様子もない。
床にあるおびただしい血溜まりが、その場にいる全員の絶命を告げていた。
『嘘…だろ…?』
ショックのあまり、ともすれば立ち止まりそうになる足を必死に動かして、皆の元に近づく。
近づくたびに強くなる噎せ返る程の生臭い血の匂いに、吐き気が込み上げてきた。
今朝まで笑っていたはずの皆の顔には、いまや赤い血がへばりつき、顔は青白くなって、幸せそうだったあの時の表情は見る影もない。
『…ど…して…』
ガクリと床に膝を着いた。
その途端、ジーンズに血が染みこんでくる。
既に冷たくなっているその感触に、本当に死んでしまったのだと理解した。
周りのセイバー達の同情を含んだ視線が、全て俺に向けられている。
その時、隣の部屋にいたセイバーの一人が声を上げた。
『おい!この人まだ息があるぞ!』
途端にバネのように床から立ち上がって隣の部屋に向かう。
誰だ?…誰が生きてるんだ?!
誰でもいい、とにかく生きていてくれれば誰でもいい!
祈るような思いで部屋に入ると、そこに倒れていたのは数人の幼児と…院長だった…。
俺が部屋に飛び込んだ瞬間、その気配を感じたのか院長の目がゆっくり開いた。
『…こ…うづき…君…』
『院長!』
息せき切って走り寄ると、院長の横にいた隊員がその場をどいて場所をあけてくれる。
『院長、どうしてこんな事に!』
『煌…月…くん…、落ち着いて…。私の息がある内に、言っておきたい…ことが…あるの…』
『そんな事より、病院へ!』
『もう…無理だって…わかってるわ…。それよりも、話を…聞いて…ちょうだい』
途切れ途切れの息の合間に必死に言葉を紡ぐ院長の様子に、愕然とした。
目が虚ろだ。顔からは血の気が無くなっている。
…もう…助からない…。
床に両膝を着いて、院長の片手を両手でギュッと包みこんだ。
俺の生命力が少しでも院長に流れ込めばいいのに!
『…貴方を…セイバーに…入れたのは、…少しでも、貴方に…人を好きになって…ほしかったから…なの…』
『…え…?』
『人を…信じられないまま…進んでいったら…、っ…貴方はとても…辛くなるわ…。セイバーなら…大丈夫だと…思ったの…』
『院長…、そんな…事を…』
俺がいなくなれば孤児院の運営が楽になるからだろう…とか、そんなネガティブな想像して、全く院長の事を信じていなかった自分が情けなくなった。
…なんて馬鹿なんだ…っ…。こんな…、こんな最後になって、院長の愛情を知るなんて…!
涙が馬鹿みたいに零れ出す。
ボタボタボタボタ
床に落ちる透明な雫。
そんな俺を見て、まるで我が子を見るような微笑みを浮かべる院長。
『セイバー隊に…理由を話して…貴方を見守ってくれるように…お願いしたの。…でも、どこの隊も、足手まといになるから…って引き受けてくれなくて…。その時、鈴原さんだけが…こころよく…承諾してくれた…のよ…』
『…鈴原さん…が…?』
『そう…よ。…あの人は、信じて大丈夫だから…安心…しなさい…。私が言いたかったのは…それだけ…。貴方が…生きていてくれて…本当に……良かっ…た……』
『……い…んちょう…?』
微笑を浮かべたまま、静かに瞳が閉じられた。
『…嘘…だ、俺まだゴメンナサイも言ってない……ありがとうさえ…言ってない…のに…、なんで…っ…!』
ダン!っと、拳を床に叩きつけた。
何度も、何度も…、床が壊れてしまうんじゃないかというくらいに、叩き続けた。
どうして死ななければいけないんだ?!
誰も悪い事はしてないのに、なんで!
一番捻くれていた俺だけが生き残って、なんで皆が死ななきゃならないんだよ!
…こんな事なら、こんな事になるならこの世界全部が破壊されてしまえばいい!
そんな思いで何度も何度も拳を床に叩きつけた。痛みすら感じない。
ただ、…悔しくて…哀しくて…。
けれど突然、俺の手が何かに包み込まれた。優しく暖かな何か。
驚いて横を見ると、いつの間にか来ていた鈴原さんが、同じように床に膝を着いて俺の拳を両手で包み込んでいた。
その顔は、苦しみに満ちていた。
『煌月…、もうやめろ。…そんな煌月を見たら、ルイズ院長が悲しむ。今までありがとうって、感謝の気持ちを込めて見送ってやるんだ。…悲しみだけじゃ、逝く者も、生きてる者も、辛いだろ』
『…鈴…原さん…』
《鈴原さんだけが、こころよく承諾してくれたのよ》
苦しさに満ちた表情の鈴原さんを見ていたら、そんな院長の声が頭に響いた。
その瞬間、凍っていた心が緩やかに溶け出し、それが号泣という形となって溢れ出す。
『…っ…ぅ…ぁああああーーーーー!』
鈴原さんの胸に縋り付いて、喉が裂けるほど声を出して泣いた。
馬鹿みたいに、狂ったみたいに、ただひたすら喚いて涙を流した。
泣いても泣いても、涙が止まることはなく…。
そしてその間、鈴原さんは俺を力いっぱい抱きしめていてくれた。




