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「ごちそうさまでした」

「全部食べられたんだな、良かった」

「…旨かったから、つい」


コンソメスープまで一滴も残さず飲み終わった瞬間、子供に対するように頭をクシャっと撫でられた。

そして不意に立ち上がった先生が、食べ終わった食器を持ってキッチンに向かったのを見て、俺も慌てて立ち上がった。

一晩ベッドを借りたあげくにシャワーと服まで貸してもらい、尚且つ昼ごはんを作ってもらって更に洗い物までさせてしまっては、とても立つ瀬がない。


「待って、鈴原先生!それは俺が洗うから」

「…え…?」


そんなに驚かれるくらい変な事を言ったつもりはないのに、振り向いた先生は数度目を瞬かせて固まってしまった。


「大丈夫だよ。皿洗いくらい普通に出来るし、割ったりしないから」


そう言って食器を流しに置いてジャージの袖を捲っていると、任せてくれる気になったのか、自分の分の食器を置いた先生はカウンターに寄りかかって軽く腕を組んだ。

その間にスポンジを手に取り、洗剤を付けてモコモコと泡立てる。


言ったからには絶対に割らないように気をつけなければ…と、真剣に洗っていると、不意に、カウンターに寄りかかってこっちを見ている先生の視線が痛いほどに突き刺さってくるのを感じ取った。

見られている立場としては、居心地悪い事この上ない程に強い視線。


「…先生。…見られてると洗いづらいんだけど…」


皿に付いている泡を水で洗い流しながら、視線を向けずに抗議の意を伝えてみる。

けれど、何の反応も返ってこない。

そのおかげで更に居心地が悪くなってしまった。


ムズムズするような妙な気まずさを払拭するべく、猛スピードで食器を洗い流す。

当初に思っていた、食器を割らないように…なんていう丁寧さは微塵もない。

これは絶対に文句を言ってやらなければ…。

そんな思いを胸に、最後の皿を水切りカゴに入れてから先生の方を振り向いた。その瞬間、


「煌月」

「せ…んせ…?」


背中に腕が回され、まるでしがみつかれるようにギュッと抱きしめられた。

顔を俯かせているらしい鈴原先生の唇が耳元にぶつかって、切ない声で名前を呼ばれる。

心の苦しさを表したかのようなその声色に、知らぬうちに自分の瞳から涙が溢れだした。


…なんで、俺は記憶を失ってしまったんだろう。


なんでこの人の存在を、忘れてしまったんだろう…。


…………なんて馬鹿なんだろう…俺は…。


次から次へと、声にならない涙がボロボロと零れ落ちる。

それは頬から顎を伝い、ポタリポタリと鈴原先生の肩を濡らした。


「…煌月、…泣いて…るのか?」

「…ック…ぅ……ッ…」


唇を噛み締めても、嗚咽を隠し切れない。

そんな俺に戸惑ったのか、抱きしめている力が弱まった。


「泣くな…、俺はお前を泣かせたいわけじゃない」

「ごめん……、思い出せなくて…ホントに…ごめんなさい…っ」

「…煌月…」


優しい吐息と共に呼ばれる俺の名前が、こんなに心地良く感じられるなんて…。

もっと呼んでほしいなんて、そんな事を思える自分に驚いた。

今までの記憶は無いけれど、たぶん俺はこの人の事が好きだ。


…とても大切にしたいと思うほどに…。







そしてその日の夜。

俺達は、夜を共に過ごした。

まさか自分が同性に抱かれる事になるとは、少し前までなら考えられなかった事。

怖くなかったわけじゃない、躊躇いがなかったわけじゃない。

でも、そんな事よりも、自分の全てで鈴原先生を…、夏樹を感じる事が出来た事が何よりも嬉しかった。

まるで壊れ物でも扱うかのような優しい行為、夏樹の想いの深さ。

それを余すことなく全身で受け止めた。







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