可能性
体育館に辿り着くと、早速おかしな事に気が付いた。
部員達に見覚えはなかったのだけど、唯一顧問の先生だけは見知った顔だったのである。
思わず「伊東先生?」と声に出してしまった。
すると、こちらに気付いたらしい伊東先生が「林田? 姉もか、どうした?」と近づきながら聞いてくる。
お姉ちゃんが私の前に出て「実は部活のことで……」と切り出すと、伊東先生は「ああ、続けるのは難しそうなんだったか?」と渋い顔で頷いた。
私は申し訳ない気持ちで「大事を取った方が良いと言われたので……」と伝えると、伊東先生は「顧問としては、人気のある林田妹が辞めてしまうのは残念だが、頭への衝撃は避けられないからな。大事を取るべきだと、俺も思う」と言ってくれる。
「申し訳ありません」
私がそう言って頭を下げると、伊東先生は「そらなら、たまにマネージャーとして力を貸してくれ、それだけでも男子はやる気を出すからな。女子も喜ぶだろうしな」とニッと笑みを浮かべた。
伊東先生の気遣いに私は「私で役に立てることがあるならお願いします」と返す。
「よし、じゃあ、無理のない範囲でよろしく頼むぞ」
そう言って頭を下げてくれた伊東先生に、私は「はい」と返した。
私についての話をするので、少し待っていて欲しいと言われたので、私は体育館で部活の様子を見ている間、リンリン様に『どう思いますか?』と切り出してみた。
意見を聞きたいのは伊東先生について、どう思うかと言うことである。
何しろ、今話をしていた伊東先生は、私が知る元の世界の先生そのままの容姿だった。
昭和の……過去の世界の筈なのに、元の世界にいた人がそのままの姿で出てくる事には何か意味があるんじゃ無いかと、私は考えている。
けど、リンリン様の見解は少し違っていた。
『主様のイメージが反映されているからじゃないかの?』
想定していなかった言葉に、私は『どういうことですか?』と即座に尋ねる。
すると、リンリン様はゆっくりとした口調で話し出した。
『既に主様に伝えていると思うのじゃが、この世界は作り出されたばかりだと思われるのじゃ』
その話がどう繋がるんだろうと思いつつ『はい』とそこまでは疑問が無いことを伝える。
『世界を構築するのに、誰か……個人か、複数人かは未だ断定は出来ないが、その記憶が使われているのは間違いがいないはずじゃ……ゼロからは生み出されない故にの』
『……確かに、その可能性が高そうですね』
ゼロから世界は作れないというのは、もの凄く説得力のある言葉だった。
同時に、誰かの記憶を元に生み出されているというのも、それが個人に限らず、複数人の記憶というのもしっくりくる。
だから、私もリンリン様の話の行き着く先にめどを立てることが出来た。
『……つまり、この世界を構築する記憶の出所の一つに、私が含まれているって言うことですね』
リンリン様は『剣道部の顧問については、主様のイメージ、記憶の方が強かったから、採用されたとこ考えると、伊東という教師だけが元の世界のママと言うことの説明が付くのではないかの?』と結ぶ。
なるほどと思いながらも、そうなるとおかしなところがあるのに気が付いた。
ベースになった他の人の記憶よりも、私の記憶の方が鮮明なとき、私の記憶が世界に反映されるとするならば、我が家の状況はおかしい。
林田家は外見も内装も、おそらくだけど、昭和64年当時のものに巻き戻っていた。
現在で同じ家に暮らしている私よりも濃密な記憶を持っている人が記憶の提供者にいなければ、私のイメージで書き換わるのではないかと思う。
それが起こっていないと言うことは、私の家なのに、私よりもはっきりとウチを記憶している人がこの世界を構築した記憶の提供者の中にいるということになる筈だ。
リンリン様も私の推論に異論は無いようで『確かに、その可能性は高いの』と同意する。
だとすると、この世界を造り上げたのは『お姉ちゃん』なのだろうかという推測が頭に過った。
この世界では、私のお姉ちゃんであり、リアルの世界では実の母であり、京一お父さんと分離した今では義理の祖母である。
昭和64年のこの世界で、私以上に林田家のことを知っているのは、どう考えてもお姉ちゃん以外にいるとは思えなかった。
それじゃあ、この世界を生み出したのは、お姉ちゃんなんだろうかと、考えたところで、リンリン様に『主様、結論を急くのは良くないのじゃ』とストップを掛けられる。
『世界の構築に、良枝殿の記憶を使われている可能性は高いが、それがそのままこの世界の構築者というわけではないのじゃ』
思い描いてしまったのが想像もしていなかった事だっただけに、少し焦ってしまったようだと、リンリン様の指摘に気付かされた。
実際、お姉ちゃんがこの世界を造り上げた可能性はある。
だけど、未だ可能性の段階だ。
早急に事件解決に進みたい思いはあるけど、確証が無い状態で攻め込むのは得策じゃないと思う。
それになりより、私自身がやっしいお姉ちゃんを疑いたくはなかった。
『しばらくは様子見で良いんじゃないかの』
リンリン様の言葉に、私はズルイかなと思いながらも『そうだね』と乗ることに決める。
この先、もしかしたらお姉ちゃんが犯人である可能性を外せる何かを見つけられるかもしれないし、今はまだ状況に身を任せることにした。




