求愛と破壊のすれ違い part20
翌日の放課後、唯香は詩織に呼び出されていた。今回は特段秘密にしなければならない内容ではないので、場所は進路指導室ではなく下駄箱だった。
「昨日の今日でまた呼び出してごめんね」
「いえ……。それで、えっとぉ……」
唯香は少し困惑した。詩織だけではなく真悠も一緒にいたのは昨日と同じなので気にしなかったが、今日は更に1人増えて黒山がいるからだ。
「唯香ちゃん」
「は、はいっ!」
「しばらくの間、唯香ちゃんの下校時には彼をつけようと思うんだけど、どう?」
「く、黒山先輩を……ですか?」
「そう。私たちは唯香ちゃんを助けたいと思っているけれど、解決には時間がかかる。颯太君があてにならない以上、代わりに唯香ちゃんを守る存在が必要だと考えたの」
「えっ、あの、えっと、ありがとうございます……」
その提案は唯香にとってもありがたいものではあったが、だからといって正直なところ、あまり乗り気ではない。
というのも、黒山の実力は既に目にしているのだから疑いようはないが、なんといっても黒山がこのような暗い性格であるから唯香としてはどう接したらいいのかわからない。
襲われることに関しての対策は完璧だといえるが、気の重くなる下校になることは間違いないだろう。
「どう?」と真剣な顔で聞いてくる詩織に対する答えに迷っていると、唯香にとって意外な人物がそこに現れた。
「せっかくですが、その必要はございませんよ。彼女のことは俺が守ります」
「え、萩野君!?」
「えっと……君は?」
そう聞いてきた詩織に充は慌ててお辞儀をした。
「申し遅れました。俺の名前は萩野充。槙田さんのクラスメイトで、颯太とはいつも仲良くさせていただいています」
充は明らかに詩織に対して自己紹介をしていたが、それに返そうとした詩織の前に黒山が立った。
「俺の名前は黒山透夜だ。去年の夏に彼女らが所属するクラスへ転入した」
割って入った黒山に女子3人は驚いた。充としては予期せぬ乱入であまり面白くはなかったが、それでもにこやかな表情を崩さなかった。
「そうなんですか。黒山先輩、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、な。それよりも、君が彼女を守ると?」
「ええ。俺なら彼女を守ることができます」
「何故?」
「それは、どういう意味での何故でしょうか」
「何故、君が彼女を守る必要がある?」
「クラスメイトだから……では駄目でしょうか?」
「……まあ、いい。君はどう思う?」
一同、一斉に唯香の方を見る。
少しビクッとしたように見えたが、すぐに自分の考えを述べた。
「梶谷先輩……。黒山先輩の強さは十分に承知の上で言……申し上げます。せっかく頂いたお話ですが、私は萩野君にお願いしたいと……」
「そ。唯香ちゃんから見て、彼はあてになる存在なの?」
「はい! 先日も助けて貰いましたから」
「わかったわ。……萩野君。わかっていると思うけど、危険が伴うから十分に気をつけて! 唯香ちゃんのことお願いね?」
「はい。先輩方にも、颯太にも誓って、俺は槙田さんを守ってみせます」
充は自信と決意を込めて宣言した。
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その場で1年生2人と別れた詩織、真悠、黒山の3人は1度教室に戻っていた。
教室にはまだ何人か残って施錠の時間まで駄弁っているが、気にせず3人も自分の席に座る。
この前行われた席替えのお陰で3人の席はかなり近い。黒山は詩織の隣であり、真悠は詩織の前である。
それによって、自分の席に座るだけですぐに話し合う体制が整っていた。
「ごめん、黒山君。せっかく残ってもらったのに……」
今日は水曜日。普段の水曜日なら、黒山は誰よりも早く教室から出て行き、旧・虹園塾に向かって定例報告会に参加しているところなのだが、唯香に護衛の話をして今日から護衛するという予定だったので、定例報告会は欠席した。
極力休むわけにはいかないものなのだが、逆に平和だと話し合うこともなくて単に駄弁って終わることもある。
ここ最近はそれぞれ事件があるようで対応しているらしいが、もし黒山の助けが必要なら連絡をしてくるだろう。
そう思っていた黒山はあまり気にしていなかった。
「いや、気にしないでくれ。俺も予想出来なかった展開だからな」
「うん……。ああは言ったけど、萩野君で大丈夫だと思う?」
「……彼も重度の中二病患者だ」
「「えっ!?」」
詩織と真悠は黒山の発言に、周囲を忘れて大声で驚いてしまった。そして、詩織は黒山の行動に納得がいった。
「あ、だから自己紹介してきたときに、黒山君が間に入ったんだね」
「あっ、なるほどー!」
黒山は頷く。
「彼の本性が良い奴にせよ悪い奴にせよ、能力の暴走は心配無いだろう。彼の宣言は『能力をちゃんと操れる』という自信もあったように俺は感じている」
「悪い人だと困るんだけどねー……」
黒山の推測に真悠がそう突っ込んだ。確かに、能力をちゃんと操れても悪い人間だと、むしろ唯香が危険だと言える。
だがその説は詩織が否定した。
「唯香ちゃんが選んだのだから多分大丈夫だと思う。ちゃんと守った実績はあるのだし、唯香ちゃんも彼のことは信頼しているようだしね」
「そうか」
唯香を守る存在が現れた以上、あとは唯香が颯太に想いを告げる『その日』を待つしかない。つまり、彼らの中で「自分たちに出来ることはここまでだ」と思っている。
しかし、真悠は少々複雑な気分だった。確かに、充がちゃんと唯香を守れれば危険は回避されていくわけだが、その先に唯香が颯太に告白する未来が待っているのであるとしたら、危険を承知で唯香を守った充は報われないことになるからだ。
何が最善なのか、これが本当に最善なのか。真悠はわからなくなっていた。
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それから2週間程度が経ち、ゴールデンウィークを翌週に控えた火曜日のこと。
1年生の間ではちょこちょこ話題になっていた噂を、颯太は偶然耳にした。
それは「1年2組の槙田唯香はついこの前まで嶺井颯太と付き合っていたが、喧嘩別れして萩野充に乗り換えた」という内容だ。
その他にもう1つあって「1年2組の萩野充は、元彼と喧嘩別れして傷心していた槙田唯香を口説き落とし、女先輩を含めたハーレム計画を遂行している」という内容もある。
少なくともクラス内では「唯香と颯太は幼馴染であって恋人ではない」という情報がちゃんと浸透していたはずなのだが、他人からすれば「付き合っていた方が」噂としては面白いのだろう。
とはいえ、友人として喧嘩別れしてしまったのは事実。わざわざ噂を訂正する気にはなれなかったし、そうはいっても何だかんだで唯香に異性としての好意を抱いている颯太にとっては、何故か聞いているとイライラしてくる話なので、そんな時はすぐにイヤホンで耳を塞いだ。
1つ目の噂はともかくとして、2つ目の噂は気掛かりだったので、最近では登校も唯香と一緒にするようになったらしく、今日も一緒に登校してきたであろう充を捕まえて、問い質すことにした。
「おい、充」
「おはよう、颯太。それでどうかしたのかい?」
「おう。お前、なんかハーレム計画を遂行中とか噂されてるけど、大丈夫なんだろうな?」
「……颯太。君は俺が本当にそんなことをしているとでも?」
「思っちゃいねーよ。俺はお前の言葉を疑っちゃいねー。けど、ちゃんと事情を知っている俺や唯香はともかく、お前と仲良くしている女先輩からすれば、面白くねー話だと思うぜ?」
「彼女達にもちゃんと話はしているとも」
「そんなことわかってて言ってんだ。本当に、女先輩はそれで納得したのか? お前の知らないところで、唯香は釘刺されるかもしれねーんだぞ?」
もし、颯太が当事者であるなら気付くことの出来なかっただろうが、外から見ている立場であるので冷静な考えを述べることが出来た。しかし、友から冷静な忠告を受けたにも関わらず、充は受け止めなかった。
「大丈夫だよ、颯太。登下校は俺が槙田さんを守っているのだし、昼休みの俺は先輩方とご飯を食べている。そんな隙は無いよ」
「だといいがな」
「そんなに心配だったら、君が今まで通りに槙田さんを守ればいいじゃないか。自分の問題を棚に上げておいて、俺にだけ『どうなんだ?』と責めるのは筋違いなんじゃないかな」
「ちっ……!」
「やれやれ、だよ」
充はそう言って、自分の席へ座って準備を始めた。
唯香絡みの話をすると、だいたいこういう流れになるのだが、それ以外では普通に2人は仲が良い。お互いに軽い衝突を引きずらない性格だからだろう。
颯太は再びイヤホンで耳を塞ぎ、予鈴が鳴るまで机に顔を突っ伏した。
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いかにちゃんとした理屈で説明したとしても、人の心を簡単に納得させることは難しい。それが人間関係といったまさに「心」が直結した話だと尚更のこと。
「頭ではわかっていても、心が付いていかない」ということは、年齢に関係なくよくあることである。
それを充は知っているにも関わらず「ちゃんとどうにかなっている」という傲慢な考えが、この日に1つの事件を起こした。
それは昼休みのことだ。
いつも通りに女先輩数人と一緒に昼食をとる充は1つの違和感に気付いた。
「あれ……? 1人足りないような気がするのですが」
「ああ! なんかちょっと具合が悪いんだってー」
「そうなのですか? それでは、お昼を食べ終わったら様子を伺いに行きます。今どちらにいらっしゃるのですか?」
そこで何故か静寂に包まれる。そして1人が別の話題に切り替えて、充の質問に誰も答えようとしない。
充は嫌な予感がして、もう一度質問をする。
「あの……! 彼女は保健室にいるのですか?」
またも静寂に包まれた。今度は別の女先輩がわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「あのさー萩野君。私達の間にもさ、ルールってのがあんの。それを皆んな守ってんのに、最近調子に乗った1年がいるって言うじゃない? これはほっとけないよねー……なんて」
他の女先輩が話を続ける。
「前に『ストーカーに狙われているから』って言ってたけど、それって警察に言えば良くない? 警察に言ってこれなら仕方のない部分もあるかもしれないけど、それにしたってなんかべったりし過ぎじゃん? ここは先輩として教訓を与えてあげないとね」
「ま、まさか……! くっ!」
充は弁当を広げたまま、その場を立とうとした。しかし、近くにいた女先輩に止められる。
「離してください!」
「落ち着いて萩野君。もし君が、ここで1年生を助けに行ったのだとしたら、それは火に油だよ。これ以上、その1年生を傷付けたくないのなら、ここで待っていることね」
「くっ……!」
その先輩の言うことは最もだった。もし仮に、充が唯香を助けに行ったのだとしたら、彼女らはそれに嫉妬して、唯香に当たるだろう。
暴力沙汰にならないことを祈りながら、充はその場に座り直した。
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1年2組の教室でも、いつも通りな昼休みになるだろうと誰も疑わなかった。
しかし、唯香と友達2人が弁当を広げている最中、静かに入り口から教室に入ってきた2年女子が大声で叫んだ。
「1年2組の槙田唯香! ちょっと顔貸してもらおーか!」
教室にいる生徒が皆、静まり返る。
この近くに教師がいたら「何事か!?」と寄ってくるだろうが、残念ながら誰も来ないし、他クラスの教室では生徒たちの声が混ざり合って聞こえていないだろう。
名前を呼ばれ、唯香が恐る恐るその2年女子に近付く。
「な、何か御用でしょうか……?」
「ああ、御用だ。ちょっとあたしと来てもらう」
「えっ、あの、ちょっ……」
2年女子は肩を組むように唯香を捕まえると、そのまま無理矢理廊下へ連れ出した。
その姿を見ていた颯太は何が起こったのかを大体把握し、立ち上がる。
「先生に言った方がいいかな……」と不安がるクラスメイトに颯太はこう言った。
「皆んなが巻き込まれることはねー。先生にチクった(言った)として、あの先輩から復讐されるかもしれねーからここは黙っておいてくれ。……あいつのことは俺がどうにかする」
教室にいるクラスメイト一同が首を縦に振って納得してくれたところで、颯太はすぐに教室から飛び出していった。
先輩に目をつけられようと、戦い続ける覚悟が颯太には既にあったが、2年女子と唯香が入っていった場所を見て、颯太は立ち止まった。
「くそっ、女子トイレかよ……」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
そんなこんなでpart20! やはり章を重ねる度に増えてる気がします。
普段から小説を書くことに専念できる方を、私はやはりすごいと思います。どうしても書ける時と書けない時があって、むしろ「書く気が起きない」という日の方が多いので、更新も1週間に1回しか出来ていません。
始めた頃の熱はどこへ行ってしまったんでしょうね……。
もちろん、書いているうちは楽しいし、時間が経つのもあっという間なのですが。
それではまた来週。次回も読んで下さるとうれしいです!




