求愛と破壊のすれ違い part11
「えっ!? い、いや、きっと偶々よ!! うん偶々!!」
「そうなのか? ……というか、何故動揺している?」
「動揺なんか、してない!!」
「そ、そうか……」
どう言い繕うとも動揺しているのは一目瞭然なのだが、ここで引き下がるべきだと本能が告げているので、黒山は流されることにした。
というか、動揺していないと言い張る詩織の表情を見て、身の危険を感じたのだ。
……が、しかし! 今度はこの映画館が詩織に追い打ちをかけた。
チケットを買う人たちの列に並び、やがて2人の番が来た。
「この映画をお願いしますっ!」
詩織はまだ興奮が収まっていないのか、ほんの少し勢いが強めになってしまった。
それに対し、店員は……。
「はい。大人2枚ですね? 男女ペアですので、大人2枚を買うよりも男女ペア限定チケットの方がいくらかお安くなりますが、いかがしましょうか?」
「だ、男女ペア……!? あっ、えっと、そ、それでお願いします! そ、それでいいよね、黒山君!?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます!」
結局、男女ペアチケットを割り勘して購入し、それぞれ好きなドリンクを買って劇場内へ入っていった。
黒山は詩織の顔がずっと赤くなっているのに気付き、心配になって声を掛けた。
「梶谷。顔が赤くなっているが、具合悪くなったか?」
「えっ? き、気のせいじゃないの!? 私は元気だから大丈夫よ!!」
「そ、そうか、わかった。……何かあったらすぐに言ってくれ」
「う、うん!」
なんとなくだが、ここで詩織の顔を見ると自分にとって良くないことが起こりそうだと思った黒山は、声を掛けたものの詩織の顔は見なかった。
もしここで彼が詩織の顔を見ていたのなら、彼の左頬も赤くなっていたかもしれない。
「……暗いな。どの辺りに座るか?」
「えっと、そうね。端っこの方が空いているから、あそこ」
詩織が指差した方向を正確に捉えた黒山は、自分を先頭に歩き始めた。
普通に映画館の中で危険はないはずなのに、視界の悪い場所だという条件がキーとなって、黒山は無意識に警戒してしまっていた。
もっとも、詩織は詩織でこの状況に心がいっぱいいっぱいなので、黒山のそんな様子に気づくことはなかったが。
2人が座るのとほぼ同時に、ほんの少しだけ照らされていたオレンジ色の光が徐々に暗くなっていき、やがて真っ暗になると、映画本編の前に流れる予告が流れ始まった。
「……? これで始まりなのか?」
「先に、ほぼ同時期か後に公開される映画の予告が流れるの。もう少しで始まるから、大人しく観てなさい」
「わかった」
黒山は初めてスクリーンに映る映画を観るわけだが、周囲の空気を読んで、その後は詩織に話しかけなかった。
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「さて、帰ろーぜ」
「うん!」
颯太は意外と紳士的にも、唯香の買った荷物を持って帰り道を歩き始めた。
ガードレールに守られた歩道が少し狭いこともあるが、颯太は唯香より少し前の車道側を歩く。
「……にしても、何度目って感じだろうが、本当に2人とも高校に受かって良かったよなー」
「うん、そうだね!」
「ま、唯香は余裕だったろうけどな! 俺もそれなりに頑張った成果が出て、ほんの少し余裕持った点数で合格出来たから、教えてくれた唯香には感謝しねーとな! ありがと!」
「えっ、いいよー! ふーたは昔から勉強が苦手だもんね。幼馴染なんだから助け合って当然じゃん?」
「へへっ……なんか照れちまうな。ま、これでしばらく勉強とはおさらば」
「何言ってるの?」
しばらく自由できると浮かれてる颯太に、唯香は顔『だけ』笑ってそう言った。
振り返り「へ?」と間抜けな声で返すと、唯香は至って冷静な声で言葉を続けた。
「まだスタート地点に立ったばかりだよ? いや、将来のことを視野に入れて考えると、ようやく準備運動始めたってとこかな?? ふーたは高校卒業後、どうするつもり?」
「は? んなもん、もっと先の話じゃねーかよ。まだ考えてないっての!」
「はぁ」
唯香は「やれやれ」と言いたげに、手を額に当てて首を振った。
普段はほんわかしている唯香だが、親の方針である『無駄のない学業』に則って、将来の目標を固めた上で高校に進学しており、こういった話になるとやけに真面目になる。
「いい、ふーた? 進路なんて3年生になってから考えればいいやなんて考えてない? それじゃあ遅いの! 今からある程度進路を決めて、日々の勉学に励まなきゃ!」
まるで優等生といった感じの言葉だが、実際のところ、唯香の言っていることは事実である。
瑠璃ヶ丘高校は進学校ではなく、就職と進学の両方に力を入れている。
変な話、就職から進学へ進路を変えるのはそこまで難しくないとされるが(ただし、本人の成績に見合っていることが絶対)、進学から就職へ進路を変えるのはかなり難しいと言われている。
というのも、2つの進路を扱う以上、それぞれに合った指導をしていかなければならないので、3年生で進路変更をした場合、他の生徒と並べるくらいに就職試験に向けた勉強をしなければならない。
更に、当たり前の話だがどんな会社でも「休まない人材」を求めている。最初から就職志望でも、3年間の学校生活で欠席数が多い生徒は志望先の企業を受けることさえ、学校から許されないことだってある。
高校・大学を猶予期間だと考えていた生徒だと余計に進路変更は難しいだろう。
唯香に謎の体質がある以上、颯太が過度に欠席することはないだろうが、それでも唯香は颯太の将来を心配せずにはいられなかった。
「な、なるようになるだろ……!」
「ならないのっ! ちゃんと将来のこと考えた方がいいと思うよ?」
「へいへい。……そういうお前はどうなんだよ?」
「私? 私はねー……」
幼い頃、何かと将来の夢とかを語り合った2人だが、中学生になってからはそういったことがなかった。
特にここ最近は、受験やら卒業式やら入学式で忙しかったので尚更語り合う時間など無かった。
どんな目標を持っているのか、その答えをその口から紡がれるのを期待した颯太だったが……。
「ふふっ、まだ秘密。ふーたが、ちゃんと将来の目標を持ったら教えてあげるね」
「……………」
右手の人差し指を立て、鼻と口の前に出して「内緒」のポーズを取った唯香に、颯太は胸の高鳴りを感じた。
「お嫁さんって答えを期待した」「なんだよそりゃ」などといった言葉が頭の中で渦巻いたが、そんな唯香の姿を見た瞬間、消え去ってしまった。
「な、なんだってんだよ。さっさと帰るぞ!」
「はーい!」
見惚れて固まり、ようやく出た言葉がそれで、そんな自分の表情を隠す為に、すぐ帰宅方向へ体を向け、再び歩き出した。
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(な、何なのよ……これ!)
恋愛モノ……というだけあって、当然キスシーンがある。
散々すれ違いまくった2人がようやく結ばれるその時、どちらからというわけでもなく自然に2人の距離は縮まり、口付ける。
そんなドラマや映画ではありふれているのに、家で見るときには普通に感動したりできるというのに、この日、この瞬間は感動できなかった。
そう、詩織は隣に黒山がいることで、どこか気恥ずかしく感じるからだ。
(くぅ〜……! 普通にキスシーンなだけだというのに……!)
だが、それはまだ序の口だった。
(えっ、えっ? しちゃう? しちゃうの!?)
場所が場所で、布団のように隠せるものがないので描写的には影だったり、絡み合う手だったりだが、それはもう完全に一線を超えていた。
(どこが優しめの描写よ……! 完全にしちゃってるじゃない……。あっ、もしかして、こういった描写の中ではってこと?)
(そ、それにしても、なんだか気まずい……)
詩織的には、隣の黒山がどんな顔で映画を見ているのか非常に気になるが、変に頭を動かすと後ろの人の邪魔になってしまうだろうし、そもそも劇場内は暗いので明確な表情を認識することが出来ない。
そればかりが気になって、映画の内容が頭に入ってこないことを詩織は心の中で嘆いた。
…………。
やがて映画が終わり、立ち上がって退場する人たちに続いて退出すると、変な緊張の牢獄から解き放たれて、詩織は伸びと深呼吸をした。
「…………ふう」
「……………」
2人は無言で映画館の出入り口を潜り、何となく駅の方へ向かって歩き始めた。
「く、黒山君」
「……なんだ?」
「その、映画はどうだった?」
黒山は照れる様子も見せず、顎に手を当てて「うーむ」と言ってから、率直な感想を述べた。
「そうだな。……意外と過激だったな」
「た、確かにねぇ! 表現、優しめって聞いてたんだけどなぁ!」
「ん、あれで優しめなのか……。梶谷はどうだった?」
「えっ、私!? んんとまあ、ああいうのって最後はどっちかが死んじゃうのが鉄板なんだけど、ハッピーエンドで良かったなぁって思ったかな。私、ヒロインとかが死んじゃうような物語は苦手だし」
「なるほど。確かにこういった終わり方のほうがいいな」
「……ちょっと意外かも」
述べた感想に対して黒山がした反応を見て、詩織は意外性を感じてしまった。
それを隠すことなく、無意識に口にしてしまった自分にも驚いたのだが、一方で黒山は不思議そうな顔をしていた。
「意外……か?」
「え、あ、うん。黒山君って、どんな物語にも関心が無さそうなイメージがあるから……」
「心外だな。俺は俺で、いろんな物語に触れていろんなことを思っているんだがな」
「ほーう? 例えば?」
「心外だな」と言われた時には少し申し訳なさを感じた詩織だが、その後に続いた言葉から、普段何を考えているのかよくわからない彼が、その日常の中で何を感じているのかが気になり、気付けばニヤケが止まらなくなっていた。
そんな詩織に対しても、黒山は真面目な顔で答える。
「例えば、森鴎外の『高瀬舟』だ。話の内容は憶えているか?」
「えっと……? どんな話だっけ?」
「……説明は省く。俺は喜助の行動は間違っていなかったと思うが、時代風景があるとはいえ、あの理不尽さはあまり好ましく思っていない。だからといって、あれ以上に良い選択があったとは思えないから複雑なところなんだがな」
「そ、そう……? っていうか、テレビドラマの内容で話せないの?」
「そういったものは見ていないから無理だ」
「……日本文学を否定するわけじゃないけど、もう少しテレビドラマとか見て、周囲と話題の共通点を作ったらどう?」
「考えておく」
実際、沙苗と同居していると、ゴールデンタイムにはチャンネルがテレビドラマに変わっているわけだが、黒山はまったくもって見ない。
夕食時はどちらかというとバラエティの方が多いので、そちらの方はほんの少しながら見ていることには見ている。
「考えておく」と言いながら、基本的に興味がないので見るかどうかはまた別の話だ。
「さて、そうこう話しているうちに駅へ着いたぞ」
「あ、うん」
黒山と詩織は普通に帰ろうとすれば同じ方向なので、帰りの電車は一緒だった。
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「……ちっ」
斜め前を歩く颯太が突如として舌打ちを始め、唯香はなおも歩き続ける颯太を見て首を捻った。
「どうしたの、ふーた?」
「何事もなければ、と思っていたが、どうもそうはいかないらしいな。目の前から近づいてきやがる」
颯太の言う通り帰り道を歩いていると、前方から男が1人やってきた。
狙いが初めからわかっているので、颯太は唯香を庇うような姿勢で通り過ぎようとした。
しかし。
何事もないかのように、男の右手が唯香の肌に触れようとした時、颯太はその男の右手を掴んだ。
「なかなか珍しく。今回は割とおとなしいやつじゃねーかよ」
「……………」
相手はそんな颯太の皮肉に表情を変えることなく、少しばかり目を細めて黙り続けている。
「このまま退いてくれると、お互いに楽でいいんだがなぁ?」
颯太の「譲れない」はいつも通りだが、それは相手も同じようだ。
無言をつらぬくと思いきや、重そうにその口を開いた。
「そうもいかない。そこの彼女に僕は呼ばれたんだ。君の方こそ、ここは空気を読んでくれないかな?」
「呼ばれた……? わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
「残念だ」
誰に見られてもおかしくないというのに、その男は右手の指をまっすぐに揃えて、形を鋼鉄の刃物を思わせるものに変えた。
「仕方ない。僕は男として、君からその子を奪おう」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
前々回くらいだったかな? お陰様で4000PVを突破しました! ありがとうございます!!
おめでたいことでしょうし、アクセスして下さった方々に感謝しなくてはならないことなのですが、正直なところ、書き始めて1年と4ヶ月で4000PVというのは、多いのか少ないのかわかりません。
ただ、ツイッターであげられている他の方を見ると、ものすごいアクセス数なので、比べちゃいけないとわかっていても、複雑な心境はあります。
話は変わりますが、今回「高瀬舟」話を少し出しました。
本当は夏目漱石の「こゝろ」にしようと思ったのですが(抜け駆けがあるので)高校2年生になったばかりの黒山と詩織は普通、知らないだろうなぁという理由から出しませんでした。確か、高校2年生の中盤あたりにやったような……?
「走れメロス」や「羅生門」は中学生だった気がするので「高瀬舟」と3作品で考えた結果、一番身近? だと思った作品にしました。
ちなみにですが、現代文の授業で他に印象的だったのは「山月記」と「檸檬」ですね。
いつか読んでみたいのは「人間失格」と「トロッコ」です。
さて、ツイッターでの宣伝でも言っていますが、モチベがあまり上がっていません。
よって『もしかすると』来週はおやすみして、別の小説を書いているかもしれませんが、いずれにせよ、ツイッターでどうするかを火曜日の夜にツイートする予定ですので「続き、あるんだろうなぁ?」と気にかけてくださる方は、来週の水曜日になった瞬間に見てくださると嬉しいです。
それでは、書けましたらまた来週! 次回もよろしくお願いします!




