求愛と破壊のすれ違い part10
無言でパスタを食べながら、黒山は考えていた。
しばらく色々と忙しく、思い出して考えるだけの余裕がなかったので忘れかけていたが、そもそも『孤高となる為の拒絶』に目覚めたのはいつで、どうして目覚めたのか。
重度の中二病患者というのは「自分はこうあるべきだ」という強い自己定義が原因となっている。
そして、夢の中でもう1人の自分と話してから目覚めることとなる。
しかし、黒山の記憶では『孤高となる為の拒絶』に目覚める要因となった「孤高であるべきだ」という自己定義をいつから持っていたのかもわからないし、『全てを覆う為の黒』に目覚める時は、自分自身と会話していない。
自分の中で当たり前となっている決まりや法則が、自分に当てはまっていないのに気付き、そのショックから瞬間的に視界が揺らぐ。
「えっと……大丈夫?」
「…………っ!」
気付けば食事の手を止めていたようで、心配そうにこちらを向いている詩織の声で我に帰った。
「すまない、何でもないんだ……」
「そ、そう? っていうか、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「ああ、そうだな……」
思考が現実に、目の前にいる詩織に戻されたところで、その思考がいつも通りに働いてはくれなかった。
ほんの少し、頭に靄がかかった気分で、黒山は詩織に話しかけた。
「……白と出会ったのは、最初にいた施設だった」
「え?」
一方、詩織は驚いた。
まさか黒山が、自分から自分の話をし始めるとは思わなかったからだ。
そんな詩織に構うことなく、黒山はどこか遠くを見るような表情で話を続ける。
「俺と白の他に、7人の子供がいた。食事は一緒にしてたけど、みんな部屋は別々だった」
詩織はかなりレアな……針岡も知らないであろう黒山の幼少期の話を黙って聞くことにした。
「食事の時、俺と1番仲良く話してくれたのが白だった。普段は孤独を感じる生活なのに、あいつと食事して話す時間は、すごく暖かく感じていたのを今でも憶えている」
「小学校に上がる時には、食事以外でもみんなと顔を合わせるようになった。ずっと、勉強しながら重度の中二病患者と戦う術を身につけていた」
「しばらくして、俺は別の施設へ移されることが決まった。当時の俺にはわからなかったことだが、事情あっての移動ではなく、追い出された形でな。その時にはもう『孤高となる為の拒絶』は使えていた」
「重度の中二病患者と戦う力を身につけていたが、最初の転校は重度の中二病患者を取り締まる為ではなかった。稀に暴走した重度の中二病患者を取り押さえていたくらいだったな」
「そしてまた施設の移動が決まった。それは施設側の事情だった。移動した先で俺は、奈月や沙希と出会って仲良くなった」
「このままそこでの生活が続くと思っていたが、俺の知らないところで勝手に話が進み、俺はまた移動することになった。そこで白と再会し……そして裏切られた。その時『全てを覆う為の黒』に目覚めて以降、俺は針岡の指示に従って重度の中二病患者を取り締まることになった」
そこまで話したところで、黒山はグラスに残っていた水を飲み干した。
それが話の一区切りなのだろうと、詩織は解釈した。色々と疑問に思った点があったので、遠慮なく質問して見ることにした。
「最初の施設で戦う力を身につけていたのよね? それは何でなの?」
「……すまないが、それには答えられない」
「瑠璃ヶ丘に転校してきたのは、針岡先生の指示?」
「そうだ。俺は針岡に呼ばれて来た」
「……どうして、この話を私にしようと思ったの?」
その問いに対する答えを見つける為に、黒山は腕を組んで考えた。
しかし答えは見つからない。結局、直感で思ったことを答えるしかなかった。
「なんでだろうな。……多分、特に理由はなくて、ただ君に聞いてもらいたかっただけなのかもしれない」
そんな黒山の意外な一面を見て、詩織は「ふふっ」と小さく笑った。
「とても、孤高でいたい、だなんて言う人の発言じゃないわね……!」
「そうだな……本当にそうだ。俺らしくない」
「別にいいんじゃない? いくら、あんたが重度の中二病患者相手に強くたって1人の人間なのだもの。時には自分を出して甘えることだって許されると思う」
黒山は血の繋がった両親を見た記憶がない。
だから、甘え方がわからないのだと思うと、詩織は黒山に少し可愛げを感じて微笑んだ。
そんな詩織の発言に、黒山は目を見開いて驚いていた。
今まで、重度の中二病患者関係で色んな学校を転々としてきたが、関わった人間には皆等しく、事件に関係したことは忘れさせているし、その後も特別仲良くしたりはせず、常に『拒絶』してきた。
だからこうして「甘えてもいい」と言われたことが初めてで、言われたこと自体に驚きを隠せなかった。
「困ったな……どんな顔したらいいのか、俺にはわからない」
「いつも通りでいいわよ、別に」
「あ、ああ、わかった」
そして再び、詩織は食事を再開させ、それを見た黒山も遅れて右手のフォークを動かし、食事に専念した。
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買い物を一通り済ませた颯太と唯香はファーストフード店で昼食を食べることにした。
休日はやはり混んでおり、しばらく並ぶ羽目になったが、颯太としては無駄に色んなものを見て回る時間より気が楽に感じた。
ようやく注文を済ませ、カウンターで受け取ると、先に席を取って座っている唯香の元へ向かった。
「ほいよ、席取りサンキュ」
「ん。ありがと!」
唯香の前に唯香の分を置いて、向かい側に自分の分を置いて座った。
「やれやれ、ほんと疲れたぜ……」
「ご、ごめん! 最近色々と忙しくてあまり来れなかったからつい気になっちゃって……」
「ま、いいけどよ。頼むから、今度からは必要最低限にしてくれよ? あと、俺がいる時に下着売り場に行こうとするな」
「うう……ごめんなさい」
唯香は普段、ネット通販か母親が選んできてくれたものを身に付けている。
こうして自分で直接、店に行って選べる機会が無いので、颯太がいることを瞬間的に忘れてしまい、つい下着売り場へ入って行ってしまった。
もちろん、そのまま購入したわけだが……。
「っても、なかなかに来れねーもんな。やっぱ、行くなとは言わねーから、せめて予め行くことを言ってくれよ? まあ、基本的に男は近づけねー場所だから、問題はねーと思うしな」
「うん! ありがと!!」
謝った時はシュンとしていたが、颯太がこう言うと、唯香の感情はガラリと変わって嬉しそうに返事した。
「ったく、単純なやつだな」と思いながら、ラップを広げてハンバーガーを食べ始めると……。
「ところでふーた。クラスに好みな子とかいた?」
「うっ!!!」
唯香が唐突にそんな質問をしてきたので、颯太は驚いてハンバーガーが喉に詰まる。
急いでセットで頼んだドリンクを口に流し込み、一生懸命胸を叩くと、詰まったハンバーガーはドリンクごと流れていった。
「ふう……。っておい、唯香! いきなり変な質問するんじゃねーよ!! お陰で死ぬところだったじゃねーか!」
「だ、大丈夫だよー、まだ若いんだし……」
「ふざけんじゃねー! あと、別に大して他の女子を見てねーからわかんね」
「そ、そうなんだぁ」
颯太は再びハンバーガーを嚙り、今度はちゃんと咀嚼して飲み込むと、唯香がしてした質問の意図を探ろうとする。
「つか、なんでそんなこと聞いてきたんだよ?」
「えっ? いやぁ、特に意味は無いんだけどぉ」
「そうかよ。んで、お前はどうなんだ?」
「んー、私も特に他の男子と話したりしなわけじゃないしなぁ」
実際のところ、確かにお互い、あまり他の異性とは話していない。
もっとも、クラスメイトに「付き合っている」と思われているくらいなのだから、わざわざ話しかけようと思う異性もいないだろうが。
もちろん、それは相手が「まともな人間」であることが前提だ。
「クラスメイトが敵になるだなんて、もう嫌だからな。後味わりーし」
「ごめんね、ふーた。私の変な体質のせいで……」
「別にお前が好きでなったわけじゃねーんだろ? だったら気にすんな。つか、謝るくらいなら、もっと警戒心持てよな」
「これでも持ってるつもりなんだけどなぁ」
「じゃあ、もっと持て」
「うう……」
唯香は困ったようにうな垂れた。
一方で颯太は「昼食後、帰るだけでいい」ということに少し安心した。
颯太が唯香の買い物に付き合っているのは彼女を守る為だが、こうして買い物に付き合っている時はあまり襲われることがない。
(今日もこのまま平和に過ぎるといいんだがな……)
そう思っていると、うな垂れていた唯香はいつの間にか顔を上げて、颯太の方を見ていた。
「な、なんだよ」
「颯太にもし彼女が出来たら、こうして一緒に出かけられなくなるね……」
「….…? そういうお前の方こそ、彼氏が出来たら出かけられなくなるだろ。まあ、そん時は彼氏さんがお前を守ってくれるだろうよ」
「……うん、そうだね」
その時の唯香はどこか悲しそうな顔をしていたが、颯太は気付かずハンバーガーを貪り続ける。
唯香もチビチビと食べ始め、やがて2人の会話はいつの間にか黒山の話題になったいた。
「そういや、あの人もよくわかんねーよな。不思議な力を持ってるようだしさ」
「ふーた、ちゃんと明後日、お礼を言うんだよ?」
「わかってるって! 正直、マジで助かったからなぁ」
気楽そうに話している一方、内心では考えていた。
(あの人なら、唯香の体質や、俺の力について何か知ってるかもしれねーな……。聞いてみるか)
「おい、唯香」
「ん? 何?」
「その体質、いつかちゃんとどうにかなるといいな」
「うん」
いつもの颯太なら、唯香の機嫌がどこか斜めだと言うことに気付くが、思考のほとんどが「唯香の体質、自分の力」に割かれていたので、気付くことができなかった。
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黒山と詩織は昼食後、映画を観に行くことにした。
「やっぱり、映画代は私が……」
「いや、いい」
今回も食事代は黒山が持ったので、せめて映画代は……と申し出たのだが、黒山はきっぱりと断った。
前回、真悠を合わせた3人の時は、詩織と真悠の2人で黒山の映画代を負担すると言うお返しの仕方をしようとしたが、道中でハプニングに遭遇してしまい、それどころではなくなってしまった。
だから余計に映画代は負担したいと考えたのだ。
「別に自分の分は出すから、梶谷も自分の分だけでいい」
先程、昼食の席で本音を語ったしまったからか、黒山は少し恥ずかしそうに、顔を見せまいと詩織より少し前を歩いている。
だから詩織は「うん、わかった」とにやにやしながらそう答えた。
映画館に着くと、黒山は恥ずかしさを忘れて感慨深さを胸に抱いた。
「そういえば、映画館に来るのは生まれて初めてかもしれないな……」
「え? そうなの? てっきり、沙希や奈月と来たことがあったと思っていたけど?」
「……2人と遊んでいたのは、まだ小学生の頃だったからな。それに今は、2人と会う時はだいたい見回りか定例報告会の時くらいだからな。一緒に遊んだりはしていない」
「へー、そうなんだ、ちょっと意外かも」
映画館の扉を潜ると、初めてであっても黒山はキョロキョロとしなかった。
カウンターがあるのと、その奥に飲み物や食べ物の値段表があるのを見て、ある程度システムを理解したようだ。
「ところで、何を観るんだ? まだそれを聞いていなかったな」
「ん? あれあれ」
詩織が指差した先にあったポスターを見て、黒山は首を傾げた。
「これは一体、どういう内容なんだ?」
「それは観てからのお楽しみでしょ? まあ、大まかな内容は恋愛モノ、かな」
「…………」
それを聞いて、黒山は言葉を失った。
恋愛モノに抵抗があるわけではないが、テレビドラマをはじめとして、こういったものを観たことがないために耐性がない。
『拒絶』することすら忘れ、黒山の心には緊張が走る。
「大丈夫よ。表現は結構、優しいって聞いてるし! っていうか、すごく気になってたのよねぇ。本当は真悠と観に行こうと思ってたんだけど、この際、黒山君でもいいかー!」
「そ、そうか」
黒山は観念し、そのままチケットを買おうとする列に並んだ。
映画ごとの列ではなく、ごちゃ混ぜの列なので色んな映画のチケットを購入しようとしている人が並んでいるわけだが、恋愛モノのチケットを購入する人は決まってカップルだった。
もちろん、たまたまだったのかもしれないが、それを見て詩織は意識してしまう。
そしてそこに、黒山は追い討ちをかける。
「成る程。こういったものは男女で観るものなのだな……」
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
「悪を裁く審判の歌」に続いて……というか、もう一歩踏み込んだデート回でしたね(笑)
「じれってぇなぁ」って感じる方もいらっしゃるでしょうが、焦りは禁物です! 短期的な急接近よりも、少しずつ心を交わしていくほ(ry
最近は「愛される」というのは、どういうことなのかを考えています。
「あなたにとって愛するとは?」という質問に答えられる方は割と多いと思います。それは自分から他者に向けるものですからね。
ではどうやったら「自分は愛されている」と思えるのでしょうか? 他人に胸を張って言えるのでしょうか?
きっと私の場合はむしろ「本当に愛されているのだろうか? 都合良くなっているだけではないのか?」と思ってしまう要因があるから、考えてしまうのかもしれませんね。
もっと考えなくてはならないことがあるだろうに、こんなことを深く考えてしまうのが、私の悪い癖だと思っております。
黒山透夜も、いつか『孤高』ではなく『繋がり』ということはどういうことなのかをわかってほしいですね(笑)
それではまた次回! 来週もよろしくお願いいたします!
それと、ハッピーハロウィン!




