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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
番外編「他人に恐怖を抱いた令嬢」
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他人に恐怖を抱いた令嬢・中

 沙希(さき)にとって、人の心を(のぞ)くことが出来るという能力は、相手の考えていることを読み取ることが出来る反面、自分が抱いていた他人の像が壊れてしまったりと、失うものが多かった。


 しかし、以前から自分に対する周りの視線が気になっていたので、失うとわかっていたとしても、知りたくて使ってしまう。


「自分を立派な地嶋(ちしま)の娘として、淑女(しゅくじょ)に育てようと必死な母。」


 それが沙希にとっての母の姿。でも実際は違う。


「地嶋家に嫁入りした女として、ただただ「こうしろ」と言われたことをする。『地嶋グループの社長夫人』というポストを守ることを第一に考える」。


 それが母の本当の姿。



「普段から厳しいのは、自分を立派な大人にするため。」


 それが沙希にとっての祖母の姿。でも実際は違う。


「地嶋家の伝統を守るため。妻は夫を支えるために尽くすべし。本当は、後継者として『男の子』が欲しかったが、それでも地嶋家の血を受け継ぐ者として恥じぬ振る舞いをせよと、孫にも厳しくする。」


 それが祖母の本当の姿。



 家族の誰もが皆、お互いを……「家族」を大切にするのではなく「地嶋家の価値」を大切にしている。


 父も、母も、祖母も、心に思っていることはかなり鋭利なのに、口から出す言葉はどれも鋭さを隠したものだ。


 誰も本心から、心から出た言葉をそのまま紡ごうとしない。


 沙希は「家族」というものが、よくわからなくなっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地嶋グループで食品を扱っている部門が、新商品を発表した。


 当然、式典が開かれ、父に連れられて沙希も参加することになる。


 それは沙希にとって、いつも通りのことだ。


 開発責任者に「おめでとうございます」と笑顔で祝辞を述べ、その後も父と並んで愛想笑いを浮かべる。


 そこで沙希はまた、能力を使った。



(この人は、今何を考えているのだろう?)



 開発責任者に至っては実に単純だった。


 開発に成功し、こうしてお披露目出来ているのだから、それが嬉しくてたまらない。


 単純だが、その純粋な気持ちは、沙希にとって安心できるものだった。


 しかし他はどうだろうか?


 口に出さず、心の中で(ねた)む者。


「どうせ売れまい」と心の中で批判する者。


 開発の苦労と、成功の喜びを心から分かち合っている者。


「俺も頑張ったのにな……」と開発責任者ばかり評価されるのに納得いかない者。


 建前として参加しているだけで、特に関心のない者。


 ……と、様々だった。


 だが、それはまだ沙希に直接関わってくる事ではないので、気にする必要は無かった。


 一方で、沙希にとって最も怖いのは「開発成功の式典よりも、地嶋家に()び売ろうと考える者」だった。



(えっ……これは一体、どういうこと!?)



 他に子供を連れてくる大人。彼らが考えていることに、沙希は戦慄(せんりつ)した。



(結婚!? 私、まだ10歳よ!? それに、こんな好きでもない人と結婚なんかしたくない!)



 我が子と結婚させようと、沙希と越郎に近付く者達。


 彼らの思考に沙希は気色悪さを感じて───



「申し訳ありません。少し失礼させていただきます」



 と、頭を下げて足早に化粧室へと向かった。



「うっ……」



 出てくる感じはしない。けど、嗚咽感に似た何かを感じる。


 沙希は蛇口から水を出したまま鏡に映る自分を見つめ、記憶を辿っていく。


 よくよく思い出しみると、以前会ったことがあるような子供もいた。


 地嶋の娘として、才能を受け継いだせいで頭のキレが良いばかりに、気付いてしまった。



(あの人達は、ずっと前から私を狙って……?)


(あの子達も、ご両親に褒められたいがために……)


(私は……私は……)


(怖い……怖い、怖い、怖い)


(どうしたら……いいの?)



 自分の鼓動が、恐怖によって高鳴っていることを自覚した沙希は、首を左右に振ってどうにか鎮め、会場へと戻った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日、帰宅した後のこと。


 息子を連れて寄ってきた大人達の思惑に気付いた沙希は、それを父……越郎に言ってみることにした。


 かつて投げかけた質問。


 もしかしたらその答えは、今日を経て予想したものなのかもしれない。


 そう思って、書斎の扉をノックした。



「入れ」


「失礼致します」



 越郎の素っ気ない態度に、沙希も機械的な態度でおきまりの言葉を言う。



「……沙希か。どうかしたのか?」


「その……お父さん。間違ってたらごめんなさい」


「何?」


「お子さんを連れてきた方々。あの方達の目的は、私とお子さんを婚約させること……なのでしょう?」


「…………」



 越郎はキーボードを打つ手を止め、沙希の言葉に目を見開いた。


 そして答えに迷ったのか、少しの間沙希の目を睨むように見る。言葉が決まったのか口を開いた。



「……だったら、なんだと言うのだ?」


「なっ!?」



 ─── 否定しなかった。否定せず、むしろ「だから?」と聞き返してきたのだ。


 ただ、沙希にとって驚きだったのはそこではない。一企業を取りまとめる者として、周りの思惑に気付くのは当然だ、と沙希は考えている。


 ではどこに驚いたのか。



「お父さんは、それを知っていて放置しているの!?」



 令嬢といえども、沙希は1人の女の子。


 現時点で好意を抱いている相手の有無は別として、将来は好きな人とロマンチックな恋をして結婚したいと願っている。


 それが、今の沙希に思いつく幸せなのだから「父親ならそれを応援してくれるだろう」と沙希は思ったのだ。


 そんな沙希の心を知らず越郎は。



「……これでも、お前の横で値踏みをしているのだがな」


「値踏み……?」


「地嶋家の次期当主として相応しいかどうかを見ている」


「……っ!? 私は、そんな知らない人と結婚したくない! するなら好きになった人と……」



 越郎にとって、沙希の発言は単なるわがままに過ぎない。


 しかし、そんなわがままに越郎は怒鳴るのではなく、溜息を吐いて、(さと)すかのように話を始めた。



「沙希。地嶋家は代々、長男が受け継いで守られてきたことを知っているか?」


「ええ、もちろん」


「だが、お前以外の子宝には恵まれず、次期当主の座を譲れる者がいない。だから将来、お前の夫となる者に、この座を譲ることにしたのだ」


「……それはつまり、私は恋をしてもその人と結婚することは出来ない、ってこと?」


「相手にもよるが、その通りだ。地嶋家に婿入りするのであれば、それ相応の能力を持つ者でなくてはならない。今の段階で将来有望な少年に目を付け、その蕾が開花した暁には、お前の婿に迎えようと思っている」


「そ、そんな……」


「何だ、沙希。お前には好きな人でもいるのか?」


「っ! ……いない、けれど」


「ならば都合が良い。お前は自分を磨くことに専念しなさい。地嶋家の良き妻になることを願っているぞ」


「そんな! いくらお父さんと言っても、私の未来を勝手に決めないで! 私の未来は私が……」



 越郎は娘の言葉に耳を貸さず───



「黙れ!」



 と、今度は怒鳴った。



「お前は地嶋家の一人娘として生まれた時から運命は決まっている! 現実を見ろ!! 今すぐでなくとも、徐々に受け入れられるよう努力をしなさい!」


「……だけど、私は!」



 沙希は必死に言い返そうとした。


 だがその時、心と身体に感覚的な異変を感じた。


 まるで越郎の視線が「お前は私の言うことを聞いていれば、それで良い」と重くのしかかっているかのように、押し潰されそうな重圧感。


 その重圧感に耐えられず、沙希は反論の言葉を紡ぎ出せなかった。



「……もう良いだろう? 部屋に戻りなさい」


「はい」



 せめてもの、父へ失望の視線を向け、沙希は退出した。


 しかしその失望が、届くことは無かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それからの日々は、沙希の心を少しずつ確実に(えぐ)っていった。


 父や母、祖母。パーティで近付く大人達。そして、大人に同伴してくる子供達。


 思っていることは何も変わらない。


 唯一、心の中で少しだけ希望を抱いていた、パーティ出席者の娘達の心を覗いてみたが……。



(相変わらず、お高く止まって気に入らない女!)


(あんな女さえいなければ、お父さんもお母さんも「見習え」なんて言わないのになぁ)


(外見も振る舞いも完璧なのだから、さぞモテるんでしょうね!)



 と、妬んでばかりだった。


 誰も対等な友達になろうとしてくれない。


 クラスメイトも、親に注意されているようで、対等な目線で話してくれない。まるで、父の部下が父に話しかけているかのような感じだった。



 そんな中、小学5年生になった沙希は、ふと家出を決意した。



(この家に、私の自由なんてない! だったら出て行けばいいんだわ!)



 沙希は「家出」という言葉自体は知らないものの、それを実行するだけの行動力を持ち合わせていた。


 父は仕事中。祖母はいつも通り、母に家事のあれこれの小言を言っている隙に、沙希は家を出た。


 持っていったものは、懐中電灯・換えの電池・棚にあったスティック状のパン・古い新聞紙。


 それらを外出用のリュックに詰め込んだ。


 あてもなく、知らない方向へただ歩き出す。


 所々ある街灯の光を頼りにし、すれ違う大人の心を覗いては害意が無いことを確認しつつ、どんどん家から離れていく。


 そして1時間程歩いたところで足の疲れを感じ、少しだけ立ち止まった。


 すると……。



「えっ? あ、えっ!?」



 今まで覗いてきた人達の心が、自分の心の中でごちゃごちゃと渦巻き始めた。



「や、やめて……!」



 自我が吸い込まれようとしている。


 自分が自分で無くなるような……そんな恐怖に沙希は頭を押さえて(うずくま)った。



「いや……いや……いや!!」



 どんなに拒んでも、その渦は消えない。何処までも沙希の自我を吸い込み、混ぜて1つになろうと迫ってくる。



「だ、誰か……助け……て」



 こんなに弱々しい声では、誰にも届かない。


 仮に誰かに届いたとしても、どうすることもできないだろう。



(も、もう……)



 駄目だ。


 そう思いかけた時、誰かが右手を握ってきた。



「頑張れ、そのまま拒むんだ」


「え、ええ……」



(もうやめて! 来ないで!!)



 そう、強く願うと、色んな人の心が渦巻いたものは何処かへ吹き飛ばされ、沙希は解放された。



「大丈夫か?」



 同い年くらいの男の子の声。


 顔を上げると、そこには真っ暗な闇に包み込まれた……ように錯覚するほど、全身真っ黒な服装をした少年が立っていた。



(だ、誰……!?)



 沙希は彼が今、何を考えているか心を覗こうとした。



(……あれ?)



 しかし、心は読み取れない。


 確かに発動した感触があるのに、少年の心が侵入を『拒絶』している。


 能力に目覚めて以来、こんな相手は初めてだった。



「えっと……あの……その」


「しばらくはその能力を使わない方がいい。使った人数が多くなる程、代償は重いものになっていくみたいだからな」


「えっ!?」



 沙希は驚きを隠せなかった。


 能力が通用しないに留まらず、心を覗く能力『繋がられる為の類似点』を沙希が有していることを見抜いたからだ。



「どうして……? どうして私に能力があるのがわかったの!?」



 少年は後頭部のあたりを軽く掻きながら、苦笑いで答えた。



「俺には、見ただけでその人が能力を持っているかどうかがわかる。君の場合、俺の心に何かしようとした結果『拒絶』が反応したから、心に何か作用する能力なんだな、とわかったのさ」


「それはつまり、あなたも……?」


「ああ、俺も能力が使える。……そんなことより、君はここで何をしているんだ?」


「えっ? わ、私は……その……」


「家に帰らないのか? 送っていくぞ?」


「い、いえ、いいわ! 私は家にいるのが嫌で、出てきただけだから……!」


「そうなのか? けど、今日はもう帰った方がいいな。俺も帰らないといけない」


「いや、だから……!」


「行くぞ」


「ちょっ、ちょっと!」



 沙希は無理やり少年に手を引かれ、歩き始めた。


 沙希が通った道をそのまま引き返しており、沙希は不審に思った。



(なんで、私が通った道を知っているんだろう?)



 心を読もうとするが、読めない。


 何度でもやろうと考えたが、先程少年から忠告されたことを思い出し、諦めることにした。


 ───実のところ、単に帰り道が同じだというだけなのだが。



「この先に、児童施設があるのを知っているか?」


「え、ええ……」



 記憶を辿ってみると、気になって母に尋ねたことがあったのを思い出した。


 酷い言い様だったことも。



「俺は今、そこで暮らしている」


「えっ!?」



 母が全否定した児童施設に、自分を助けてくれた少年がいる。


 それはかなり驚きだった。


 そして同時に、気になったことがあった。



「あなた、ご両親は……?」


「……わからない。気付いたら、俺は施設を転々としていた」


「そ、そう……」



 この質問は、後になって沙希を何度も苦しめることとなる。


「なんてデリカシーの無い……」と、高校生になってからも、顔から火が出るほど恥知らずの質問だったので、将来の沙希としては「思い出したくないが、いい思い出を思い出そうとするとセットで付いてくる黒歴史」と認識している出来事だった。



 歩くこと40分。


 児童施設が見えてきたので、沙希は「少年が別れを告げて帰るだろう」と思った。しかし、その予想に反して少年は、沙希の手を握ったまま施設を素通りしていった。



「えっ? あなた、帰らないの?」



 そんな少年に対し、沙希は咄嗟に出た言葉をそのまま口にした。



「帰る……けど、こんな真っ暗なところで女子を1人で歩かせられるか。せめて家の近くまで送って行く」


「どうして、そこまで……? 私とあなた、今日初めて会ったばかりでしょう?」


「だから何だ? 俺は男として当たり前のことをするだけだ」


「…………」



 沙希はコクリと頷いて、そのまま歩き続けた。



「あなたは……私のこと、嫌じゃないの?」


「嫌じゃない」


「そんな! だって私は、人の心を……覗けちゃうのよ?」


「そんなの、俺には通用しない。君に人の心を覗く能力があろうと、俺の前では1人の女の子に過ぎない。だから俺は、1人の男として君を……1人の女の子を家まで送って行く」



 沙希はそれ以上、何も言わなかった。


 ただその少年に手を引かれ、その後をついて行くだけ。


 たった「それだけ」でも、最近傷付いてばかりだった沙希の心に、温かく優しい火が灯って心を温め、癒してくれる。


 言葉は知らなくとも、沙希は間違いなくこの瞬間を愛おしく思った。


 そしてその時間は永遠に続かず、沙希が思っている以上に早く、家の前まで辿り着いた。


 気付かず通り過ぎようとする少年を止める。



「えっと、私の家、ここなの」


「そうか。それじゃあ、俺はもう行く」


「ええ。ここまで送ってくれて、ありがとう」



 少年は無言で頷き、踵を返した。


 元来た道を辿って、闇の中へ消えて行こうとする少年に、沙希はちゃんと聞き取れる大きめの声で問う。



「ねぇ! 私の名前は地嶋(ちしま)沙希(さき)!あなたの名前……教えて!」



 少年は振り返り、沙希の目を真っ直ぐ見て答えた。



「俺の名前は黒山(くろやま)透夜(とうや)! もし困ったことがあったら遠慮なく来いよ。俺はあそこで待っている!」



 再び少年……黒山透夜は、闇の中へ消えて行った。


 それを見届けた沙希も、まだ明かりが灯る家の中へ入った。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


結局、3つに分かれてしまいました……。


奈月の時との大きな違いは、奈月は自分の両親とのアレコレが無い一方で、沙希は両親や祖母という存在との衝突があるところ……でしょうか。


実は今回の黒山、奈月の時より少し精神的に大人にしています。


何故なのか? ……フフ、何故でしょうね?



話は変わりますが、終戦記念日です。


長きに渡る戦で多大な犠牲者の上、築かれた平和に感謝と哀悼の意をここに。


終戦の直前、1945年8月14日は「ポツダム宣言」を受託した日なのですが、実は私の誕生日も8月14日でして、つい昨日歳が一つ増えました。

流石に1945年生まれではありませんが……そうですね。

私の敬愛する先生の1人。鼠色猫先生(長月達平先生)が、丁度「両手を全部突き指をした」という年の月に私は生まれました。


今年は色んな方に祝っていただけて、本当に嬉しかったです。



どうにか次回で締めくくりますので、お楽しみにして下さると嬉しいです!


それではまた来週。今後ともよろしくお願い致します!

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