他人に恐怖を抱いた令嬢・上
ようやく投稿しようという決心がついた「沙希の過去回」です。
楽しんで頂けると幸いです。
時は奈月と沙希が、瑠璃ヶ丘高等学校への転入が決まった透夜に会う為、沙苗の家へ遊びに行った時に戻る。
ケーキを買ってきた透夜を出迎えた後、そのケーキを食べながら、透夜に話を聞いて貰っていた奈月と沙希の2人。
昔話をしながら沙希は、彼……黒山透夜に出会う前から救ってもらうまでのことを思い出していた。
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地嶋沙希は地嶋家の長女として生まれた。
沙希の父・地嶋越郎は「地嶋グループ」という会社を経営しており、自動車販売や飲食店など幅広く事業を展開している大企業だ。
そんな「地嶋グループ」は代々、地嶋家の長男が受け継ぎ守ってきた。越郎を含めた地嶋家は沙希が生まれた後も、次期社長となる長男が誕生することを願い続けてきたが、結局沙希以外の子宝には恵まれなかった。
沙希の祖母……越郎の母は、越郎に「離婚して次の妻を迎え入れて長男を誕生させる」ことを提案したようだが、越郎本人はその提案に対し……。
「代々受け継がれることは大事だ。しかし、だからと言って、その為だけに妻を変えることなど人としてやってはならないことだ」
と言って、提案を拒否した。
そういった道徳的な考えを持っている越郎ではあったが、その代わり娘には厳しくせざるを得なくなった。
沙希がまだ小学生に上がる前。年長組に入った頃から、習い事を始めさせた。
学問・茶道・楽器・礼儀作法等、一般的な「淑女」としてイメージされる像へ近付く為だ。
これら全て、越郎が沙希に課した課題ではあるが、中でも楽器だけはどの楽器を習いたいか選ばせてくれた。
沙希が選んだのはピアノ。これは単に、保育園の先生がピアノを弾いているところを見て憧れたからだ。
やがて沙希が小学校へ上がると、地嶋グループ主催のパーティーに参加させられるようになった。
大人ばかりの空間ではあるが、中にはちらほら同い年の子がいるのがわかった。
しかし、決して自分と同じ性別の女の子はいない。当時の沙希にはわからない事情ではあったが、越郎が「次期社長は地嶋家に婿入りした者とする」と方針付けた為、我が子を婿とすべく連れて出席したという背景があるからだ。
年齢的に考えて、かなり気の早い話だと思われるが、パーティーの出席者にとっては方針が決まった時点で競争が始まっている。今すぐに結婚は出来ずとも、婚約を取り付けてしまえば勝ちも同然なのだ。
今のところ越郎が沙希に「この子はどうだ?」という話もしてこないので、彼女は結婚など考えもしていなかった。
パーティーの出席に数を重ねているうちに、同い年か少し上の女の子達も出席しているのが見えるようになった。
沙希としては「一緒に遊びたい」「友達になりたい」と言うのが本音だったが、越郎がそれを許さなかった。地嶋グループの令嬢として、他の子達と同じ土俵に上がることは禁止されており、まだ10歳にも満たない少女であるにも関わらず「大人の対応」を要求された。
常に父の横に立ち、大人達のお世辞(実際はお世辞でないが、本人はそう感じている)に笑みを向ける。もちろん、愛想笑いであることに違いは無いが、沙希は自分の気持ちに対する「建前」が既に出来ていた。
ここまでで言えば、沙希は地嶋グループの令嬢としての歩み方は完璧だった。幸い、容姿にも恵まれているので越郎的にも「令嬢として」の沙希的にも不満は無かった。
しかし、自分を見ている同年代の少女達がどう思っているか、というのが気掛かりだったが、当時の沙希にはわからなかった。だが彼女達が自分に対して、遠くから非友好的な目線を送ってきていることは何となく気付いていた。
……もちろん、気付いていないフリをしていたが。
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小学校4年生になった沙希は、ある日突然、ふと疑問に思った。
それは下校後、習い事へ向かう途中でのことだ。
いくら地嶋グループを取り締まる一家でお金はあっても、特に使用人は雇わず、習い事の送迎は専業主婦として普段から家にいる母がいつもしている。
母が運転する車で後部座席に座っている沙希は、いつも道中で見えている光景の1つ、他の小学生が友達と一緒に下校しているのを見て「何故、私はみんなと違うのだろう」と思ったのだ。
沙希は私立の小学校に通っている為、たまたま見かけた他の小学生の名前や学年・クラスを知らなかったが、それでも自分と彼女らにここまでわかりやすく違いがあるのは変だと感じた。
その日の夜、沙希は越郎の書斎を訪れた。
普段、特に話す事が無いので呼び出されない限り入室することが無い。故に、ノックをして入室した相手が沙希であったことに越郎は驚いた。
「沙希! ……どうかしたのか?」
「あのね、お父さん。なんで私は他の子達と違うの?」
この質問の答えを出すのに少し時間が掛かった。
沙希が何を思ってこんな質問をしてきたのか、越郎には100%の理解は出来なかった。
とはいえ、ある程度の見当はついている。かつて自分も父に投げかけた問いであるからだ。
もっとも、その答えは10歳の女の子が理解できるはずもない簡潔なものだった。
「何故……か。それはお前が地嶋家の一人娘だからだ」
「うん? どういうこと?」
「今は考えなくていい。いずれ自ずとわかってくるはずだ」
「わからない……。わからないよ、お父さん」
「今は考えなくていいと言った! それより、宿題はやったのか!?」
越郎は決して答えるのが面倒になったわけではない。ただ、結婚の話を出すには早く、理解ができないだろうと思い、敢えて強めに言うことで退出を促したのだ。
そんな意図が沙希に伝わることは当然無かった。
沙希は父を怒らせてしまったと思い、慌てて「失礼しました!」と言って、父の書斎を後にした。
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父の書斎から自分の部屋へ歩き始めてから、沙希はずっと考えていた。
父は自分をどう思っているのか?
いや、父だけではない。母も祖母も、パーティに出席する周りの大人達や、自分と同じくらいの子供達。
自分を取り囲む全ての人が本当は心の中でどう思っているのか知りたかった。
普段の勉学や習い事をどれだけ頑張ったところで、両親が沙希に向ける言葉はいつも「出来て当たり前」だ。
(お父さんもお母さんもお婆ちゃんも、私のことが嫌いなのかな?)
(……いいえ、きっと愛しているからこそ敢えて厳しくしているんだわ! きっとそう!)
沙希はそういった自問自答を繰り返し続け、やがて「あの夢」を見ることとなった。
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気付いた時、自分がいた場所はダイニングだった。
自分の席に着き、正面には祖母。横には母。そして、一家の主人が着く席に父が座っていた。
いつも通り夕食を食べ始める。
母が作った料理だが、決して誰も感想を言おうとしない。地嶋家では食事中にテレビを見るのは愚か、会話することすら許されていない。
無言で窮屈な夕食の時間が流れる。
……と思っていた。横に立つ少女に話しかけられるまでは。
『ねぇ』
「え……?」
1番厳しい祖母の顔を見るが、こちらには目もくれず夕食を食べ続けている。
『大丈夫よ。ここはあなたと私だけの世界』
「どういうこ……えっ!?」
恐る恐る隣に立つ少女の顔を見上げると、そこには自分と同じ顔があった。
しかし、幼さ故か、もしくは感性が少々他人より足りていない故か。
隣に自分と同じ顔をした少女が立っているにも関わらず、驚きはしたものの不思議と忌避感は無かった。
少女は余裕そうな笑みで、沙希の反応について感想を述べた。
『流石は私。下品に騒いだりしないのね』
「ええ、驚きはしたけれどね。……『流石は私』という言い方からして、あなたはもう1人の私……ということ?」
『厳密には違うわ。私はあなた。あなたは私。私と私が自分を見つめる為に会話しているだけよ』
「いまいちわかりにくい表現ね。それで、一体私は私にどんな話をすればいいのかしら?」
『私の話を聞いてくれるだけでいいわ』
立っている方の沙希は余裕そうな笑みから真剣な表情に顔を変え、本題に入る。
『今までずっと、お父さんやお婆さんの言うことを聞いて生きてきた私だけれど、実際周りの人が私のことをどう思っているのか気にならない?』
「…………」
『それに、何故私は他の子供達と違うのだろう?』
『同じ歳なのに? 同じ女の子なのに? 何故違うんだろう?』
『私と皆んなでは何が違うんだろうね?』
その答えは言うまでもなく、家柄だ。
大手企業の社長を担う父の娘として生まれた時点で、周囲との溝は既に出来ていたと言える。
だがそんなことを、まだ10歳の少女である沙希は理解出来ていない。
───だから。
「気になるわ。いえ、ずっと気になっていた……」
『……でしょう?』
「だけど……だけど、それを知る方法なんて私には無いわ」
普通の人に、他人の心を読む力などない。
表情や仕草といった、無意識の行動から察するようなことが出来ても、人の心に直接入り込むことなど出来るはずない。
しかし……。
『いいえ、可能よ。……と言っても、私なら、だけどね』
「…………?」
『もちろん、あなたにも可能よ。だって、私はあなた。あなたは私だもの』
「でも、どうすれば……?」
『私に全て委ねればいいわ。そうすれば、あとは私がやる』
「わ、わかったわ……」
『即決でよろしいこと。流石は私自身ね。……そろそろ時間だわ、それじゃあね』
別れの言葉を告げたもう1人の沙希が消えた直後、無言で窮屈な食卓を囲んでいた風景はガラスのようにひび割れ……。
「えっ? きゃああああああ!!」
地面が崩れ去り、沙希は闇に飲まれた。
最後に消えたはずの、もう1人の沙希の声が響いた。
『その力……名を《繋がられる為の類似点》というわ。覚えておいてね』
この時、沙希が知っておくべきだった言葉を上げるなら「言わぬが花、知らぬが仏」だろう。
もっとも、10歳の少女がそんな言葉を知るはずもなく、人生経験も浅いので理解できないだろう。
しかし現実は冷酷だ。彼女はこの夢を見て、能力に目覚めてしまったばかりに……。
心に傷を負うようになってしまったのだから。
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「はっ!?」
重力に引っ張られ、真っ黒な闇の空間に落っこちた感覚がスッと抜けていくのを感じながら、沙希は勢いよく目覚めた。
何かで突発的に目覚めたのではなく、いつもかけている目覚まし時計が鳴ったから、だった。
時刻は7時ジャスト。通学用の服へ着替え、身だしなみを整える為に洗面所へと向かう。
地嶋家では、パジャマで自室から出ることは許されていない。地嶋家の人間にとっての「パジャマ姿」とは自分と配偶者(結婚相手)にしか見せてはいけないことになっている。
「おはようございます」
顔を洗い、髪を整えた沙希がダイニングへ向かうと、越郎が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたので、いつも通りに挨拶をした。
「ああ、おはよう沙希」
新聞から目を離さず、挨拶を返す父……。
寂しさを感じないと言えば嘘になるが、沙希にとって越郎はそういう父親だった。
沙希はテーブルの方へ視線を移すと、朝食は既に出来上がっていたので、席に座り「いただきます」と小声で言って食べ始めた。
朝食や夕食を作るのも、専業主婦である母の役割。しかし沙希の母は、娘や夫と一緒に朝食を食べない。
妻として、母として、越郎と沙希が家を出るのを見送った後、ようやく朝食を食べることが許されるのだ。
(お父さんは、今何を考えているんだろう……?)
沙希が朝食を食べながら考えていると……。
『私に委ねて』
昨晩の夢で、もう1人の自分が言っていたことを思い出した。
(……ええ)
沙希が心の中でそれを肯定すると、次第に別の声が聞こえるようになった。
父の声だ。
心の中に響くその感じは、自分の中で思考を広げている時のもの。
つまり沙希はこの時、初めて他人の心に侵入したのだ。そしてその最初の相手が父である越郎だった。
───しかし。
(何を言っているのか、よくわからない……)
(それに、私のことは何も……?)
既に仕事モードとなっていた越郎の頭には、もう世界情勢や会社のことしか頭になかった。
自分のことをどう思っているのか。
それを知りたかった沙希にとって、初めて越郎の心を覗いた結果は、胸を締め付けるものとなってしまったのだった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
奈月の時は、お盆休みで、なおかつモチベーションがかなり高かったので、すぐに書いてすぐに投稿しましたが、今回は2週に分けようと思います。
もしかしたらヒートアップして3週になるかもしれませんが……。
お金持ちの家……というのは、私にはよくわかりません。真逆、は言い過ぎかもしれませんが、掛け離れていますので、完全に想像です。
もう少しで黒山が出てきますので、今後の展開(特に、沙希が黒山に惚れた瞬間)をお楽しみにしてくださると嬉しいです!
来週の水曜日に下(場合によっては中)を更新しますので、また読んでください!
追伸・「隣の転校生は重度の中二病患者でした。」の設定をメモした下書きがすべて消えてしまいました……。私はただ、iOSのアップデートをしただけなのに。




